はじめまして

ぽてポテチ

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第6話

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そこは僕の知らない空間だった。知らない場所。知らない人。知らないものが行き交う小さい交差点。ただ信号がないだけ。白線がないだけ。
会場は盛り上がっていた。道は人が混み合いとても狭く横に並んで歩けるほどのスペースはない。
波留と僕はくぐり抜けるように開けた場所まで移動する。その間に波留が口を開く。口を開く?喋れないはずなのになんで。
そう思いながら話を聞こうとする。だが声は聞こえない。何を言っているのかわからない。それに前の時とは違う。少しずつ、少しずつ。周りが見えなくなっていく。“見えなく”というよりも”崩れていく“という表現の方が正しい。ボロボロと崩れていく。いまだに波留は何を言っているのかわからない。でも最後だけ何か聞こえた気がした。「私のこと、気にしなくていいよ」

目が覚める。夢の光景はまだ鮮明に覚えていた。不思議な感覚が頭に残り体を鈍らせる。波留が喋っていた。でも不可解だったのは声が全く聞こえなかったこと。いや、言い方が悪い。文字として何を言ったのかだけが伝わってきた、ただ音としては聞こえてなかった。あなたの脳に直接語りかけています的なやつ。

素早く朝食を作り仕事へ出かける。駅のホームで5分ほど待つ。7駅って本当、何か電車の中でするには近すぎるし何もしないには遠すぎるからちょっと微妙なんだよな。そんなことを毎回考えながら電車を待つ。途中で読みかけていた本があったことに気づき読むことにした。内容はミステリーもの。謎が少しずつ解けていって読み進めていくごとに自分の中でも答えが少しづつわかってくる。それを答え合わせするのが好きだ。ただ自分が考えた答えであって欲しくない。当たっていること自体は嬉しいことには嬉しいがもう一つ、衝撃的で頭が吹き飛ぶようなパンチが欲しい。作者に最後の最後まで騙されていた、悔しいけど面白い展開。今回もまた読み終わる前に駅に着く。会社まで歩いていく。
「あれ?云月?」
声をかけられる。男性の声だが柔らかい音だ。
「最近くるの早いな。前までギリギリにきてたのに」
彼は同僚の“高月 要(たかつき かなめ)”いつもニコニコしていて社交性のあるやつだ。たまにデリカシーのないことを言うのが少し嫌いなところ。
「最近は早起きするようにしてるからな。それでなんとなくくるのも早くなってるだけ。」
「云月って早起きできたんだ…」
「流石にできるわ。舐められちゃ困る。」
実際はまだ眠い。いまだに早起きは慣れない。
デスクについて仕事を開始する。ある程度の事務作業を終わらせてから相談窓口の仕事に入る。
「云月ー。もう開けちゃうよー。」
「わかった。」
いつもと同じような仕事をする。お話しして、データーを調べて、確認して。大きな仕事は特にない。住民票関係は今ではコンビニでもできるからわざわざ区役所にまでくる人は少ない。今日も波留の情報は出ず終わってしまった。
部屋の冷たい空気に吐息が混じる。こんなんじゃいつまで経ってもなぁ…
「云月。」
反応をする前にそのまま言葉を繋げる。
「なんか悩み事?」
「あーちょっとね。調べたいことあるけど…個人情報とかの関係で…」
「えー、いいじゃんそういうの。どうせばれないんだし。それにずっとそんな浮かない顔されてるとこっちも困るってー。」
「えっ!?そんな顔に出てた?」
「めちゃめちゃ。勢いで会社辞めてきちゃった人ぐらい落ち込んでる顔してた。」
「そんなにか…」
「そんなに。」
少し沈黙をおく。
「要。マジお前、そういうとこだぞ。」
「は?え?どういうこと?」
「知らね。自分で考えろ。」
本当そういうとこだけはちゃんとして欲しい。個人情報は現代の生活では一つでも知られたら紐づる式で情報が出てきてしまう。怖いことにそれによる銀行口座の悪用、住所の開示、誹謗中傷などが相次いでいる。最近では未成年の被害が多い。自ら情報を発信できるようになったからだろう。とにかくそこくらいは公務員として、しっかりして欲しい。
「蒼井先輩にも忠告されてるから。勝手には見ないよ。」
「それはダメだな。蒼井先輩、怒るとめっちゃ怖いって噂だから。」
笑いながら話す要。怖いのは僕も知っている。ただいつも怒っている時は仕事の失敗で怒ったりせずに失敗したことによる報告の不備について怒っている。なんで伝えなかったの!とか、もっと早く知らせて!とか。いわゆる報連相だ。怒っている蒼井先輩が怖過ぎて報連相だけは徹底するようにした。
「じゃあ開けちゃうよー」
「あぁ」
その後仕事をいつも通りこなしていく。お目当ての仕事にはありつけないまま勤務時間が終わる。
「それで?お目当てのものは探せた?」
「いや、仕事自体来なかった」
「まぁ、個人情報系ってわざわざ変えることとかないからね。」
「そう言えば、そっちは帰らないの?もう一応勤務時間は終わってるけど。」
「まだ仕事ちょっと残ってるから終わらせて帰りたくてさ。」
「じゃあ、先に上がるな。」
「うん。じゃあ。」
外はもう夕方だ。橙色に周りが染まっている。車が少し通っている。
そう言えばと思い出す。
「まだ着付けの予約できてないな。」

家の近くまで帰ってきて人通りが少なくなってきたため電話をかけることにした。
数秒間を置き電話が取られる。
「はい、こちら着付けサービスのアリハラです。」
「すみません、着付けの予約をしたいのですが18日の土曜日って空いてますか?」
「はい、空いてますよ。時間が5時からなら空いていますが。」
「じゃあそれでお願いします。」
「はい。かしこまりました。何名様の着付け希望でしょうか?大人数の場合、少々時間がかかってしまいますが…」
「1名でお願いします。」
「はいかしこま…」
「すみません、やっぱり2名でお願いします」
何となく自分も着てみたくなってしまった。
「あ、はい、かしこまりました。お名前は?」
「草薙云月(くさなぎいつき)です。草は普通の草に、薙は草冠に…」
色々と話を終えて予約を取ることができた。

家に帰ると波留が料理を作ってくれている。何となく一人暮らしをしている身にはほっこりきた。家族とかってこういう関係を指すのかなとぼんやり思う。ただこの考えに僕の頭の奥底の何かが拒否反応を起こした。何かが違う、でも何が違うのかわからない。結局何もわからずじまいで食事をする。その味は慣れ親しんだ味だった。
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