【完結】1000年後に目覚めた転生勇者が、もふもふ毛玉になって少年と旅をするお話

すくらった

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33. ホリーの覚悟

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 フライングドッグが雲層を突き抜けると、視界いっぱいに巨大な建造物が現れた。
 黒い岩盤のような土台に、神殿のような巨大建造物――天空図書館だ。

 ナコは天空の大地へふわりと機体を滑らせる。
「じゃあ、これで。また帰る時、呼んで」
「大丈夫、地上に戻れるシステムがあるんだ」
「そっか、また何でも呼んで」
 ナコは犬を引き連れ、飛び去っていく。

 三人は頷き、天空図書館へと入っていった。

 中は相変わらずの静寂だった。
 書架の列が地平線まで続くように並び、上方には天窓から差し込む白い光。
 無人のはずなのに、どこか『見られている』ような感覚がある。

「……何回来ても、慣れねぇな」
 トレセルが小さくつぶやく。

 すぐ近くの本棚が、ゴゴッ……と音を立てて動き、三人の前に『通路』が開けた。

 ホリーが頷く。
「これこれ。これがあるから無人でも目的地に行けるんだよね」

「図書館そのものが案内しているって感じだね」

 今回の目的はただひとつ。
『影』に有効となる手段を探すこと。

 ロンフゥに全く歯が立たなかった理由を理解し、そのうえで対策を得るためだ。

 三人は通路に従い、奥へ進む。突き当たりまで来た時、棚がわずかに揺れて、一冊だけがせり出すように飛び出してきた。

 ヴィーノが慎重に受け取る。
 古びた皮表紙に刻印がある。

「……『影との戦いの記録』?」

「開いてみて」
 ホリーが身を乗り出す。

 ページをめくると、『影』と人間との、過去の戦闘の記述が並んでいた。

「『影』を生じさせるのって、フェイドゥーラだけじゃないんだ」

過去、様々な魔王、魔人などの瘴気、怨念、悪意、魔力などが形を取り、『影』として度々人々を苦しめてきたという。

人の歴史は、魔、そしてそれが生み出す『影』との戦いの歴史であった。

「知らなかった……」

読みながらページをめくっていた、ヴィーノの指が止まる。

「『対影装備についての記述』」

 三人は息をのんだ。

「『対影装備とは』」

 文章は断片的だが、重要な点が書かれていた。

 影に有効な打撃を与えるための特殊素材、影の位相に干渉する鍛造法、使用されたとされる戦い……そして今は封印されたこと。

 トレセルが腕を組む。
「つまり、影を斬る力は『強すぎた』。将来それが引き起こすであろう災厄のことも考え、封じたってわけだな」

 また別の本が棚から浮き出る。ホリーはそれを手に持って戻ってくる。

 目を通した。古代の地名とともに、封印された場所への到達方法が書いてあるようだ。
「……この文章じゃ場所ははっきりしないけど、レーダーで特定はできるね」
 
文書をフェローストーンに触れさせる。地図上の光の一つが、ことさら明るく輝く。

「七災禍レベルを倒すには、ここにある、その装備が必要……ってことだよね」
 ホリーが静かに結論づけた。

 ヴィーノも光るフェローストーンを見つめたままつぶやく。
「封印されてる理由も……まぁ、なんとなくわかるね。でも、必要なんだ」

 その時だった。

「……ダメだな」

 唐突にトレセルが鼻で押して文書を閉じ、静かに言った。

「え?」

「この方法は使えない」

 ホリーが振り返る。眉がぴくりと跳ね上がった。

「なんでよ!」

 その声は、図書館の奥まで澄んだベルのように響き、幾重もの書架にぶつかって返ってくる。
 だがトレセルは眉ひとつ動かさない。

「忘れたか?お前は元々……」

 鋭い視線がホリーの目を貫く。

「『フェイドゥーラの影』だ。影を打ち破る装備が、お前に悪影響を与えないわけがない」

 ホリーは反論しようとして、言葉に詰まった。
 喉の奥でひっかかった声が震え、しゅん……と肩が落ちる。

「……でも、影を倒さなきゃ……」

「倒さなきゃいけないからって、最悪の手段に突っ込む必要はない。他の方法だってある」

「でも!他の方法なんていつ見つかるか」

 珍しくホリーが声を荒げた。
 それだけ、自分がロンフゥにまったく通用しなかった現実が重くのしかかっているのだろう。

「私が影だからって……! そんなの、私だって理解してる! 影を打ち破る力なら、むしろ私が使いこなせる可能性だって……」

「ないな」

 短く、鋭く切り捨てる。
 ホリーの言葉がばっさり断ち切られ、空中に死んだように残った。

「影を斬る力は、影を破壊する力だ。お前みたいな『混ざりもの』が触れたら、どうなるか……」

 冷酷な言い方をしているように聞こえるが、ヴィーノにはわかった。

 トレセルは、ホリーにこの方法を諦めさせようとしている。

 ホリーの指が震える。
 爪が食い込むほど拳を握って、それでも感情を押し殺し、ぽつりと言った。

「……じゃあ」

 顔を上げる。
 その瞳は涙ではなく、強烈な決意に震えていた。

「じゃあもし私に何かあったら……その時は、私を殺して」

 音が消えた。
 本当に、すべての音が。

 ヴィーノは言葉を失い、唇だけがわずかに動く。

「ホリー……そんな……そんな事……」

 声がかすれる。
 彼の手が伸びかけ、しかし途中で止まった。

 だがトレセルは視線をそらさない。
 長い時間をかけ、慎重に言葉を選び……最後に言った。

「いいだろう」

「トレセル!?」

 ヴィーノが叫ぶ。

「何を言ってるんだ! そんなの……」

「事実だろう」

 トレセルの声は穏やかですらあった。
 だが、その穏やかさが逆に恐ろしく感じる。

「例えばもしお前が正気を失い、世界に害を及ぼす存在になったら……」

 静かに、だが残酷なほど明確に言い切る。

「その時は、俺がお前を殺してやる」

 ホリーの喉が上下する。
 恐怖ではない。
 覚悟を飲み込み、全身に染み渡らせていく動作だ。

 額に汗が浮き、それでもホリーは、その表情に微笑みを浮かべた。

「……よろしく」

 その笑みは、震えながらも、とても美しかった。

 トレセルは目を伏せ、文書を閉じる。

「よし。なら決まりだ。……この記述の通りの場所に行ってみよう」

 ヴィーノは二人を見つめ、拳を握りしめる。
 不安も恐怖も当然ある。
 だが――それ以上に、心が前へ進もうとしていた。

「……行こう。みんなで」

 ホリーが微笑み、トレセルがうなずく。

 三人の足元で、光の柱がすうっと現れた。
 図書館が、彼らの覚悟を認めたかのように。

「光よ、この場所まで頼めるか」

 トレセルの問いかけに光が拍動する。まるで意志があるかのように。光に包まれながら、三人は胸の内に重い決意と、微かな希望を抱き……

気づいた時には、漆黒の遺跡が、三人の前に口を開けていた。
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