【完結】1000年後に目覚めた転生勇者が、もふもふ毛玉になって少年と旅をするお話

すくらった

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51. 『超』の世界

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 最後の炎をくぐり抜けた先は、夜だった。

 だが、それは自然の夜ではない。
 空は濃い藍に沈み、星の座すべき場所は、全て一点の光もない暗黒。。代わりに、宙空には無数の灯が浮かんでいた。たいまつのようでいて、風にも揺れず、炎とも魔力とも断じきれぬ艶を帯びた光。赤でも橙でもない――人の欲と夢の残滓を溶かしたような、妖しい色彩。

 石畳と建物が連なる街並みは、どこかヤトマを思わせた。色街のように華美で、しかし人の気配は一切ない。笑い声も、足音も、息遣いすら存在しない、空洞の都市。

 その中心。
 円形に開けた広場の中央に、ひとりの女が立っていた。

 艶やかな黒髪を背に流し、和服を纏う。
 背後には、夜を切り裂くように広がる九本の巨大な狐の尾。
 ただそこに立つだけで、この世界そのものが彼女を中心に回転しているかのようだった。

「……来たか」

 澄んだ声が、夜気を切る。
 その声は、強くもなく、弱くもなく、ただ当然であるかのように響く。

「七災禍、『超』のタマモ!」

 ホリーが一歩、前へ出る。
 刃を構え、声を張り上げる。

「これで最後よ! あんたを倒せば、全部終わる!」

 金の瞳が、ゆっくりと三人を映した。
 獲物を見る視線ではない。
 まして敵を見るそれでもない。

「小さな勇者たち」

 感情の起伏を含まぬ声で、タマモは問いを投げる。

「私を倒して……その先を、あなたたちは考えている?」

「……?」

 ホリーの言葉が、わずかに詰まる。
 だが、迷いを振り払うように言い切った。

「七災禍はフェイドゥーラの魔力の影。全部倒せば、本体は弱体化して、封じられる。だから……ここで終わりよ、タマモ」

 その言葉は、確信に満ちていた。
 だが同時に、胸の奥に、説明のつかない違和感が走る。

「そう」

 タマモは、くすりと微笑んだ。

「ならば、私を倒せばめでたしめでたし、だね」

 どこからともなく、長柄の薙刀が現れる。
 柄に刻まれた文様が淡く光り、空間そのものに術式を刻み始める。

「けれど」

 九本の尾が、魔力に満ちて膨れ上がる。
 宙に浮かぶ灯が一斉に震え、夜が軋んだ。

「私だって、そんな都合のいいやられ役を演じるつもりはないよ」

「来るぞ!」

 トレセルの叫びと同時に、彼の身体は白銀の剣へと変じ、ヴィーノの手に収まる。
 もう一方の手には、黒影の剣。

「先手必勝!」

 踏み込み。
 二刀の斬撃が夜を裂く。

 当たった。
 はずだった。

 タマモの姿が、霞のように揺らぐ。
 剣は虚空を切り裂き、次の瞬間、背後から衝撃波が叩きつけられた。

「くっ!」

「ほい」

 軽い声。
 薙刀の一閃で、石畳が裂け、衝撃波が走る。

 ホリーが跳ぶ。
 逆手に刃を構え、尾の根元へと踏み込む。

「はぁっ!」

 だが尾は独立した意思を持つかのようにうねり、刃を弾き返す。
 別の尾が絡みつき、ホリーを宙へ放り投げた。

「がっ……!」

 石畳に叩きつけられ、肺の空気が吐き出される。

「ホリー!」

 ヴィーノが魔力を解放する。

「エンチャント!ウィンド・ブレード!」

 幾重もの風刃が走る。
 だがタマモは薙刀を一振りし、風そのものを切り裂いた。

「なるほど……」

 楽しげな声音。

「実力は、確かに積み上げてきたようね」

 三本の尾が同時に打ち下ろされる。

 ヴィーノが受け止める。
 白銀の剣が光を放ち、尾を弾く。だが、重い。

「ぐっ……!」

 膝が沈み、腕が悲鳴を上げる。

 その隙にホリーが歯を食いしばり、再び跳躍する。

「まだ……終わらない!」

 付け根を狙った連続突き。
 一撃、二撃。確かな感触。

「……へえ」

 着物に裂け目が走る。
 だが次の瞬間、横薙ぎの尾がホリーを吹き飛ばした。

 ヴィーノが前に出る。
 黒影の剣が地面に影を走らせる。

「今だ!」

 影が絡み、一瞬の拘束。
 全力の斬撃。

 それらすべてを、薙刀が受け止めた。

 火花が散る。

「悪くない」

 至近距離で囁かれる声。

「でもね」

 一蹴。

 ヴィーノの身体が宙を舞い、石畳に叩きつけられる。

「力不足」

 息が詰まる。
 それでも立ち上がる。

 三人は全力だった。
 積み重ねた力、連携、判断。すべてを出し切っている。

 だが、追い詰めている感覚が、まるでない。

「ああ……私の魔力も、そろそろ尽きる頃かしら」

 九本の尾が、ゆっくりとほどける。
 結界が消え、術式も消える。

 タマモは、ただ立っていた。

「……もう、終わり?」

 ホリーが、息を切らしながら呟く。

 タマモは、穏やかに微笑む。

「その前に、ひとつだけ」

 金の瞳が、三人を順に見渡す。

「何のために、あなたたちは七災禍を倒してきたの?」

 ホリーの口が、勝手に動いた。

「七災禍は……フェイドゥーラの影。全部倒せば……」

 言葉が、止まる。

 胸の奥が、凍りつく。

(……待って)

(私、それを……誰から聞いた?)

 タマモが、声を立てて笑った。

「ふふ……ははははは」

 敗者の気配は、どこにもない。

「おバカな兎女」

 静かな声。

「私が、ずっとあなたの認識を書き換えていたことにも気づかないなんて」

 世界が、軋む。

 『七災禍を倒せばフェイドゥーラを封印できる』という情報が、砕け散る。

 代わりに浮かび上がる、真実。

「……違う」

 ホリーが、震える声で言う。

「七災禍は……」

「そう」

 タマモが頷く。

「七災禍は、封印そのもの」

 一拍。

「倒すたびに鎖は外れ」
「砕くたびに扉は開く」

 タマモは、自らの喉元に刃を当てる。

「そして仕上げに最後の一柱である私が消えれば――」

 金の瞳が細められる。

「フェイドゥーラ様は、完全に自由になる」

 沈黙。

 タマモの身体が、霧のように薄れていく。

「さあ」

 消え際の声。

「目覚めるわ。大魔女フェイドゥーラ様が。その時」

 最後の囁き。

「それでも、あなたたちは『勇者』でいられるかしら?」

 九つの尾が、闇に溶けた。

 世界が、静かに軋み始める。
 大地が、ゆっくりと震える。

 全てが、世界最悪の出来事の予兆を示していた。

 大魔女、復活。
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