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第2話 癒やしの時間
「エレおばさまぁーっ!」
陽光が降り注ぐ、公爵家の広大な庭園。
色とりどりの薔薇が咲き誇る中を、小さな弾丸が猛スピードで駆けてくる。
「ルカ! 走ると転びますよ」
「えへへ、つかまえた!」
ふんわりと柔らかい亜麻色の髪を揺らし、エレオノーラのドレスに抱きついてきたのは、五歳になる甥っ子のルカだった。
先ほどまでの冷え切った心が、嘘のようにじんわりと温まっていく。エレオノーラはルカの小さな体を抱き上げ、そのふっくらとした頬に自身の頬をすり寄せた。
「お日様の匂いがしますね。今日は何をして遊んでいたの?」
「あのね、騎士ごっこ! ぼくがわるいドラゴンをやっつけるの!」
「まあ、頼もしい騎士様ですこと」
ルカの純真無垢な笑顔を見ていると、王宮でのドロドロとした権力闘争や婚約者の不誠実さなど、すべてがちっぽけなものに思えてくる。
彼からすれば、私は威厳ある公爵令嬢ではなく、ただの大好きなエレおばさまなのだ。
「お姉様、またルカがご迷惑をおかけして……」
パラソルが立てられたテラス席から、優しげな声が響いた。
ルカの母親であり、エレオノーラの三つ下の妹セシリアだ。彼女は五年前、誠実な伯爵家の青年と大恋愛の末に結婚し、今はこうして愛らしい息子と共に幸せな家庭を築いている。
時々、私のいる実家に訪れてくれる、姉を大切にする思いやり深い妹である。
「迷惑だなんてとんでもない。ルカは私の最高の騎士様よ」
「もう、お姉様はルカに甘すぎるんですから」
セシリアが苦笑しながら、淹れたての紅茶を勧めてくれる。
三人でテーブルを囲み、ルカが美味しそうにクッキーを頬張る姿を眺める。これこそが、エレオノーラにとって何にも代えがたい至福の時間だった。
しかし、ふとセシリアの視線が、エレオノーラの薬指に落ちた。
そこには、十年前から形ばかりはめられている、王家の紋章が入った婚約指輪が冷たく光っている。
「……お姉様。本日は、殿下と観劇に行かれる予定ではなかったのですか?」
セシリアの言葉に、エレオノーラは少しだけ目を伏せた。
「ええ。でも、殿下は『急用』ができたそうで。リリアーナ様が、またお加減を悪くされたみたい」
「また、ですか……っ」
セシリアの顔が、キュッと痛ましげに歪む。
(妹は本当に心優しい子ですね)
いつもと同じく、殿下は約束を破った。それで、私が寂しがっていると察してこうして来てくれた。
自分が愛する夫と子供に恵まれ、幸せの絶頂にいるからこそ、未だに待たされ続けている姉の境遇に、強い罪悪感と悲しみを抱いているのだ。
「お姉様……ごめんなさい。私、お姉様より先に結婚して、こんなに幸せになってしまって……。お姉様はあんなに有能で、誰よりも国のために尽くしているのに」
「セシリア。あなたが謝ることではないわ。あなたの幸せは、私の幸せでもあるのよ」
「でも……っ! まだ、結婚してもらえないの? もう、十年ですよ? お姉様はいつまで、あんな『不誠実な殿下』を待ち続けなければならないのですか……!」
セシリアの悲痛な叫び。それは、悪意など微塵もない純粋な姉への愛情と心配から出た言葉だった。
陽光が降り注ぐ、公爵家の広大な庭園。
色とりどりの薔薇が咲き誇る中を、小さな弾丸が猛スピードで駆けてくる。
「ルカ! 走ると転びますよ」
「えへへ、つかまえた!」
ふんわりと柔らかい亜麻色の髪を揺らし、エレオノーラのドレスに抱きついてきたのは、五歳になる甥っ子のルカだった。
先ほどまでの冷え切った心が、嘘のようにじんわりと温まっていく。エレオノーラはルカの小さな体を抱き上げ、そのふっくらとした頬に自身の頬をすり寄せた。
「お日様の匂いがしますね。今日は何をして遊んでいたの?」
「あのね、騎士ごっこ! ぼくがわるいドラゴンをやっつけるの!」
「まあ、頼もしい騎士様ですこと」
ルカの純真無垢な笑顔を見ていると、王宮でのドロドロとした権力闘争や婚約者の不誠実さなど、すべてがちっぽけなものに思えてくる。
彼からすれば、私は威厳ある公爵令嬢ではなく、ただの大好きなエレおばさまなのだ。
「お姉様、またルカがご迷惑をおかけして……」
パラソルが立てられたテラス席から、優しげな声が響いた。
ルカの母親であり、エレオノーラの三つ下の妹セシリアだ。彼女は五年前、誠実な伯爵家の青年と大恋愛の末に結婚し、今はこうして愛らしい息子と共に幸せな家庭を築いている。
時々、私のいる実家に訪れてくれる、姉を大切にする思いやり深い妹である。
「迷惑だなんてとんでもない。ルカは私の最高の騎士様よ」
「もう、お姉様はルカに甘すぎるんですから」
セシリアが苦笑しながら、淹れたての紅茶を勧めてくれる。
三人でテーブルを囲み、ルカが美味しそうにクッキーを頬張る姿を眺める。これこそが、エレオノーラにとって何にも代えがたい至福の時間だった。
しかし、ふとセシリアの視線が、エレオノーラの薬指に落ちた。
そこには、十年前から形ばかりはめられている、王家の紋章が入った婚約指輪が冷たく光っている。
「……お姉様。本日は、殿下と観劇に行かれる予定ではなかったのですか?」
セシリアの言葉に、エレオノーラは少しだけ目を伏せた。
「ええ。でも、殿下は『急用』ができたそうで。リリアーナ様が、またお加減を悪くされたみたい」
「また、ですか……っ」
セシリアの顔が、キュッと痛ましげに歪む。
(妹は本当に心優しい子ですね)
いつもと同じく、殿下は約束を破った。それで、私が寂しがっていると察してこうして来てくれた。
自分が愛する夫と子供に恵まれ、幸せの絶頂にいるからこそ、未だに待たされ続けている姉の境遇に、強い罪悪感と悲しみを抱いているのだ。
「お姉様……ごめんなさい。私、お姉様より先に結婚して、こんなに幸せになってしまって……。お姉様はあんなに有能で、誰よりも国のために尽くしているのに」
「セシリア。あなたが謝ることではないわ。あなたの幸せは、私の幸せでもあるのよ」
「でも……っ! まだ、結婚してもらえないの? もう、十年ですよ? お姉様はいつまで、あんな『不誠実な殿下』を待ち続けなければならないのですか……!」
セシリアの悲痛な叫び。それは、悪意など微塵もない純粋な姉への愛情と心配から出た言葉だった。
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