8 / 24
第7話 お花畑な思考
翌朝。公爵家本邸のテラスには、これ以上ないほど澄み渡った青空が広がっていた。
「……美味しいわ」
エレオノーラは淹れたてのアールグレイを一口含み、至福の吐息を漏らした。
小鳥のさえずりが心地よく、庭園の薔薇は朝露に濡れてきらきらと輝いている。
「契約の期限が切れ、ユリウス王子という『重り』が外れただけで、世界がこれほどまでに鮮やかに見えるなんて」
十年間、いかに自分が息を詰めて生きてきたかを思い知らされる。
「お姉様、おはようございます! ……まあ、なんだか今日のお姉様、とても顔色がよろしいですね。お肌が発光しているみたい!」
「おはよう、セシリア。ふふ、そう見えるかしら。『憑き物が落ちた』からかもしれないわね」
私を心配してやってきた妹のセシリアと、彼女の足元にまとわりつく甥っ子のルカ。
平和で温かくて、愛おしい日常。エレオノーラが焼き立てのスコーンに手を伸ばそうとした、まさにその時だった。
「――エレオノーラ様! 押し留めたのですが、どうしてもお会いになると!」
ドタバタという無作法な足音と共に、執事のセバスチャンが眉間を深く寄せてテラスに現れた。
その後ろから、ズカズカと我が物顔で踏み込んできたのは見覚えのある男女だった。
「失礼するよ、エレオノーラ嬢! 今日の非礼は詫びるが、どうしても君に言っておかねばならないことがあってね!」
王立騎士団の制服を着崩した、赤毛の青年騎士ジャック。その後ろで、扇で口元を隠しながらも勝ち誇ったような目をしているのは、子爵令嬢のクロエ。
二人とも、ユリウス王子とリリアーナ男爵令嬢の熱烈な取り巻きであり、自らを真実の愛の理解者だと公言して憚らない頭の痛いコンビだった。
「……食事の席に、アポイントメントもなく押し入るなど。王立騎士団と子爵家では、どのような礼儀作法を教えていらっしゃるのかしら」
エレオノーラはティーカップをことりと置き、温度のない声で告げた。
その凛と張り詰めた冷徹な空気に、ジャックもクロエも一瞬ひるんだが、すぐに正義を盾に息を吹き返した。
「君のそういう冷たいところが、ユリウス殿下を苦しめているとなぜ分からないんだ!」
「そうですわ、エレオノーラ様。昨晩の記念日のこと、殿下から伺いました。リリアーナ様が高熱で苦しんでおられるのに、ご自分の晩餐を優先なさるなんて……血も涙もありませんの?」
ジャックが身を乗り出し、クロエが甲高い声で非難の言葉を浴びせかける。
「殿下は仰っていたぞ! 『エレオノーラは冷たい。私がリリアーナの看病で身を粉にしているのに、何の心配もしてくれなかった』とね! 君はそれでも、未来の国母となる公爵令嬢か! 病に苦しむ民(リリアーナ)一人を思いやれない女に、殿下の隣に立つ資格などない!」
「ほんとうに、殿下とリリアーナ様が可哀想でなりませんわ。『愛のない政略結婚』で縛り付けるなんて、横暴ですわ!」
彼らは劇の主人公にでもなったかのように、陶酔しきった顔で演説を打った。
セシリアが青ざめ、ルカを庇うように抱き寄せる。
エレオノーラは、あまりの滑稽さに思わずふき出しそうになった。
「……美味しいわ」
エレオノーラは淹れたてのアールグレイを一口含み、至福の吐息を漏らした。
小鳥のさえずりが心地よく、庭園の薔薇は朝露に濡れてきらきらと輝いている。
「契約の期限が切れ、ユリウス王子という『重り』が外れただけで、世界がこれほどまでに鮮やかに見えるなんて」
十年間、いかに自分が息を詰めて生きてきたかを思い知らされる。
「お姉様、おはようございます! ……まあ、なんだか今日のお姉様、とても顔色がよろしいですね。お肌が発光しているみたい!」
「おはよう、セシリア。ふふ、そう見えるかしら。『憑き物が落ちた』からかもしれないわね」
私を心配してやってきた妹のセシリアと、彼女の足元にまとわりつく甥っ子のルカ。
平和で温かくて、愛おしい日常。エレオノーラが焼き立てのスコーンに手を伸ばそうとした、まさにその時だった。
「――エレオノーラ様! 押し留めたのですが、どうしてもお会いになると!」
ドタバタという無作法な足音と共に、執事のセバスチャンが眉間を深く寄せてテラスに現れた。
その後ろから、ズカズカと我が物顔で踏み込んできたのは見覚えのある男女だった。
「失礼するよ、エレオノーラ嬢! 今日の非礼は詫びるが、どうしても君に言っておかねばならないことがあってね!」
王立騎士団の制服を着崩した、赤毛の青年騎士ジャック。その後ろで、扇で口元を隠しながらも勝ち誇ったような目をしているのは、子爵令嬢のクロエ。
二人とも、ユリウス王子とリリアーナ男爵令嬢の熱烈な取り巻きであり、自らを真実の愛の理解者だと公言して憚らない頭の痛いコンビだった。
「……食事の席に、アポイントメントもなく押し入るなど。王立騎士団と子爵家では、どのような礼儀作法を教えていらっしゃるのかしら」
エレオノーラはティーカップをことりと置き、温度のない声で告げた。
その凛と張り詰めた冷徹な空気に、ジャックもクロエも一瞬ひるんだが、すぐに正義を盾に息を吹き返した。
「君のそういう冷たいところが、ユリウス殿下を苦しめているとなぜ分からないんだ!」
「そうですわ、エレオノーラ様。昨晩の記念日のこと、殿下から伺いました。リリアーナ様が高熱で苦しんでおられるのに、ご自分の晩餐を優先なさるなんて……血も涙もありませんの?」
ジャックが身を乗り出し、クロエが甲高い声で非難の言葉を浴びせかける。
「殿下は仰っていたぞ! 『エレオノーラは冷たい。私がリリアーナの看病で身を粉にしているのに、何の心配もしてくれなかった』とね! 君はそれでも、未来の国母となる公爵令嬢か! 病に苦しむ民(リリアーナ)一人を思いやれない女に、殿下の隣に立つ資格などない!」
「ほんとうに、殿下とリリアーナ様が可哀想でなりませんわ。『愛のない政略結婚』で縛り付けるなんて、横暴ですわ!」
彼らは劇の主人公にでもなったかのように、陶酔しきった顔で演説を打った。
セシリアが青ざめ、ルカを庇うように抱き寄せる。
エレオノーラは、あまりの滑稽さに思わずふき出しそうになった。
あなたにおすすめの小説
【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。
こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。
彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。
皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。
だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。
何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。
どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。
絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。
聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──……
※在り来りなご都合主義設定です
※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です
※つまりは行き当たりばったり
※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください
4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!
【完結】他の人が好きな人を好きになる姉に愛する夫を奪われてしまいました。
山葵
恋愛
私の愛する旦那様。私は貴方と結婚して幸せでした。
姉は「協力するよ!」と言いながら友達や私の好きな人に近づき「彼、私の事を好きだって!私も話しているうちに好きになっちゃったかも♡」と言うのです。
そんな姉が離縁され実家に戻ってきました。
最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。
佐藤 美奈
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。
幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。
一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。
ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
彼女よりも幼馴染を溺愛して優先の彼と結婚するか悩む
佐藤 美奈
恋愛
公爵家の広大な庭園。その奥まった一角に佇む白いガゼボで、私はひとり思い悩んでいた。
私の名はニーナ・フォン・ローゼンベルク。名門ローゼンベルク家の令嬢として、若き騎士アンドレ・フォン・ヴァルシュタインとの婚約がすでに決まっている。けれど、その婚約に心からの喜びを感じることができずにいた。
理由はただ一つ。彼の幼馴染であるキャンディ・フォン・リエーヌ子爵令嬢の存在。
アンドレは、彼女がすべてであるかのように振る舞い、いついかなる時も彼女の望みを最優先にする。婚約者である私の気持ちなど、まるで見えていないかのように。
そして、アンドレはようやく自分の至らなさに気づくこととなった。
失われたニーナの心を取り戻すため、彼は様々なイベントであらゆる方法を試みることを決意する。その思いは、ただ一つ、彼女の笑顔を再び見ることに他ならなかった。
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
【完結】私よりも、病気(睡眠不足)になった幼馴染のことを大事にしている旦那が、嘘をついてまで居候させたいと言い出してきた件
よどら文鳥
恋愛
※あらすじにややネタバレ含みます
「ジューリア。そろそろ我が家にも執事が必要だと思うんだが」
旦那のダルムはそのように言っているが、本当の目的は執事を雇いたいわけではなかった。
彼の幼馴染のフェンフェンを家に招き入れたかっただけだったのだ。
しかし、ダルムのズル賢い喋りによって、『幼馴染は病気にかかってしまい助けてあげたい』という意味で捉えてしまう。
フェンフェンが家にやってきた時は確かに顔色が悪くてすぐにでも倒れそうな状態だった。
だが、彼女がこのような状況になってしまっていたのは理由があって……。
私は全てを知ったので、ダメな旦那とついに離婚をしたいと思うようになってしまった。
さて……誰に相談したら良いだろうか。
寡黙な貴方は今も彼女を想う
MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。
ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。
シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。
言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。
※設定はゆるいです。
※溺愛タグ追加しました。