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第18話 砕け散る妄想
「な、何を言っているんだ! 契約だの借金だの、そんなものは大人の事情だろう!? 私は君に会いに来たんだ! 君は、私のことが好きで、だから『嫉妬してこんな意地悪』を……っ!」
「嫉妬?」
エレオノーラは、扇で口元を隠してくすりと笑った。
それは、哀れなピエロの滑稽な踊りを見た時の嘲りの笑みだった。
「殿下。貴方様は、ご自身の頭の中のお花畑から、まだ抜け出せていらっしゃらないようですね」
「なっ……」
「わたくしが貴方様をお慕いしていたのは、遥か昔のこと。ここ数年は、ただ公爵家としての『義務』と、投じた資金を回収するという『責任』だけで、貴方様の傍にいたに過ぎません」
エレオノーラは、鉄格子の向こう側で泥まみれになっている男に、トドメの現実を突きつけた。
「リリアーナ様への嫉妬? ……まさか。むしろ感謝しておりますわ。あの方のおかげで、わたくしは貴方様という重荷から解放される決定的な理由(契約不履行)を得ることができたのですから」
「嘘だ……! 君は、私を愛しているはずだ! 私がいなければ、君は……っ!」
「わたくしは、とても清々しい気分ですわ、ユリウス様」
エレオノーラは、初めて彼の名を過去の遺物として呼んだ。
「貴方様のような、自らの義務も責任も果たせず、他者の献身に胡坐をかき、契約の意味すら理解できない愚かな方に、わたくしの貴重な時間をこれ以上奪われずに済むのですから」
――ピシャーン!
ユリウスの脳内で、都合よく構築されていた愛の妄想という名の分厚いガラスが、粉々に砕け散る音がした。
彼女の瞳には、愛はおろか未練の欠片もない。あるのは、借金取りが債務者を見るような冷酷な計算と軽蔑だけ。
(私は、エレオノーラの特別じゃなかったのか……?)
自分は愛される王子だという世界観が、足元からガラガラと崩れ去っていく。
全てユリウスの勝手な思い込みだったのだ。
「あ……開けろ……開けてくれ! エレオノーラ! 私は、私は君と……っ!」
「お引き取りくださいませ。次にアポイントメントもなく押し入ろうとすれば、近衛騎士団を呼び、不法侵入と公爵家への不敬罪で捕縛していただきますわ」
エレオノーラは静かに方向を変え、彼の存在を気に留めることもなく、しなやかな歩みで屋敷の奥へと消えていった。
「ま、待て! エレオノーラ! エレオノーラァァァッ!!」
鉄格子を掴んで絶叫するユリウス。しかし、彼に応える者は誰もいない。
門番たちは彼を冷ややかに見下ろし、道行く人々は「泥まみれの狂人が公爵邸の前で騒いでいる」と遠巻きにヒソヒソと囁き合っている。
「う、ううっ……まさか……こんなことが……!」
ユリウスの胸に今になってようやく、この状況の尋常ならざる異様さと、拒絶の絶対性が重くのしかかった。
彼は泥と涙でぐしゃぐしゃになった顔を歪め、屈辱と敗北感に震えながら、足をもつれさせて馬車へと逃げ帰るしかなかった。
「殿下、ひどいお姿で……っ!」
「うるさい! 出せ! さっさと王宮へ戻れっ!!」
御者を怒鳴りつけ、馬車の中に転がり込む。
真紅の薔薇は公爵家の門前に泥まみれのまま打ち捨てられ、二度と拾われることはなかった。
「嫉妬?」
エレオノーラは、扇で口元を隠してくすりと笑った。
それは、哀れなピエロの滑稽な踊りを見た時の嘲りの笑みだった。
「殿下。貴方様は、ご自身の頭の中のお花畑から、まだ抜け出せていらっしゃらないようですね」
「なっ……」
「わたくしが貴方様をお慕いしていたのは、遥か昔のこと。ここ数年は、ただ公爵家としての『義務』と、投じた資金を回収するという『責任』だけで、貴方様の傍にいたに過ぎません」
エレオノーラは、鉄格子の向こう側で泥まみれになっている男に、トドメの現実を突きつけた。
「リリアーナ様への嫉妬? ……まさか。むしろ感謝しておりますわ。あの方のおかげで、わたくしは貴方様という重荷から解放される決定的な理由(契約不履行)を得ることができたのですから」
「嘘だ……! 君は、私を愛しているはずだ! 私がいなければ、君は……っ!」
「わたくしは、とても清々しい気分ですわ、ユリウス様」
エレオノーラは、初めて彼の名を過去の遺物として呼んだ。
「貴方様のような、自らの義務も責任も果たせず、他者の献身に胡坐をかき、契約の意味すら理解できない愚かな方に、わたくしの貴重な時間をこれ以上奪われずに済むのですから」
――ピシャーン!
ユリウスの脳内で、都合よく構築されていた愛の妄想という名の分厚いガラスが、粉々に砕け散る音がした。
彼女の瞳には、愛はおろか未練の欠片もない。あるのは、借金取りが債務者を見るような冷酷な計算と軽蔑だけ。
(私は、エレオノーラの特別じゃなかったのか……?)
自分は愛される王子だという世界観が、足元からガラガラと崩れ去っていく。
全てユリウスの勝手な思い込みだったのだ。
「あ……開けろ……開けてくれ! エレオノーラ! 私は、私は君と……っ!」
「お引き取りくださいませ。次にアポイントメントもなく押し入ろうとすれば、近衛騎士団を呼び、不法侵入と公爵家への不敬罪で捕縛していただきますわ」
エレオノーラは静かに方向を変え、彼の存在を気に留めることもなく、しなやかな歩みで屋敷の奥へと消えていった。
「ま、待て! エレオノーラ! エレオノーラァァァッ!!」
鉄格子を掴んで絶叫するユリウス。しかし、彼に応える者は誰もいない。
門番たちは彼を冷ややかに見下ろし、道行く人々は「泥まみれの狂人が公爵邸の前で騒いでいる」と遠巻きにヒソヒソと囁き合っている。
「う、ううっ……まさか……こんなことが……!」
ユリウスの胸に今になってようやく、この状況の尋常ならざる異様さと、拒絶の絶対性が重くのしかかった。
彼は泥と涙でぐしゃぐしゃになった顔を歪め、屈辱と敗北感に震えながら、足をもつれさせて馬車へと逃げ帰るしかなかった。
「殿下、ひどいお姿で……っ!」
「うるさい! 出せ! さっさと王宮へ戻れっ!!」
御者を怒鳴りつけ、馬車の中に転がり込む。
真紅の薔薇は公爵家の門前に泥まみれのまま打ち捨てられ、二度と拾われることはなかった。
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