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第35話 恋のフラグ
(言ってしまった……! ただの護衛風情が、主君の隣に立つなどと……! 不敬だ、身の程を知れと切り捨てられるに違いない!)
背中に冷や汗をかきながら、彼は必死に大義名分を並べ立てた。
「お、お聞きください! これはあくまで、お嬢様をお守りするための『偽装』です! 私が恋人という防波堤になれば、他の貴族たちは公爵家とロードナイト辺境伯家を敵に回すことを恐れ、容易には近づけません! さらに、私が常にエスコートすることで、物理的な護衛もより完璧になります! ……もちろん、不要になればいつでも私を捨てていただいて構いません!」
息継ぎも忘れて一気に捲し立てるアーサー。
彼は目を固く閉じ、公爵からの「貴様、調子に乗るな」という雷や、エレオノーラからの「貴方とは、そういう関係は……」という冷たい拒絶の言葉を覚悟した。
しかし。数秒の沈黙の後、エレオノーラの口から零れ落ちたのは、銀の鈴を転がすような明るい声だった。
「――まあ! それは、とてもいいお考えね、アーサー!」
「……へ?」
アーサーは、間の抜けた声を上げて顔を上げた。
そこには、扇を閉じてパチンと手を合わせ、見事に晴れやかな笑顔を浮かべるエレオノーラの姿があった。
「お父様、聞かれましたか? アーサーが恋人のフリをしてくれれば、厄介な夜会のエスコートも全て彼に任せられますし、他の殿方からの誘いも『愛する人がおりますので』と堂々と断れますわ!」
「う、うむ。確かに、ロードナイト辺境伯の長男であり、剣の腕も国内最強のアーサーならば、虫除けの『案山子』としてはこれ以上ないほど優秀だろうが……」
「決まりですわね! 流石は私の自慢の騎士。そこまで私の身を案じて、汚れ役を買って出てくれるなんて。感謝しますわ、アーサー」
エレオノーラは屈託のない笑顔で、アーサーの両手をきゅっと握りしめた。
「あっ……!」
アーサーの顔が一瞬で沸騰したように赤く染まる。
彼の手を包み込むのは、信じられないほど柔らかく甘い香りのする白い手だった。
(アーサーは真面目で忠義に厚いから、任務として私に触れても、変な感情を抱いたりしない安全な殿方だわ)
エレオノーラの頭の中は、完全に優秀なビジネスパートナーとの契約成立で満たされていた。
彼女は、ユリウスという愛しているフリを要求される地獄の十年間を過ごしたせいで、恋愛感情というものにすっかり蓋をしてしまっていた。
(触れられている……! エレオノーラ様に、私が……っ!)
安全な殿方どころか今この瞬間も、アーサーの脳内は彼女への愛と興奮でショート寸前であるというのに。
「……アーサー、大丈夫ですか?」
「は、はい!」
気遣いを込めたエレオノーラの声に、つい慌てて返事を返してしまった。
背中に冷や汗をかきながら、彼は必死に大義名分を並べ立てた。
「お、お聞きください! これはあくまで、お嬢様をお守りするための『偽装』です! 私が恋人という防波堤になれば、他の貴族たちは公爵家とロードナイト辺境伯家を敵に回すことを恐れ、容易には近づけません! さらに、私が常にエスコートすることで、物理的な護衛もより完璧になります! ……もちろん、不要になればいつでも私を捨てていただいて構いません!」
息継ぎも忘れて一気に捲し立てるアーサー。
彼は目を固く閉じ、公爵からの「貴様、調子に乗るな」という雷や、エレオノーラからの「貴方とは、そういう関係は……」という冷たい拒絶の言葉を覚悟した。
しかし。数秒の沈黙の後、エレオノーラの口から零れ落ちたのは、銀の鈴を転がすような明るい声だった。
「――まあ! それは、とてもいいお考えね、アーサー!」
「……へ?」
アーサーは、間の抜けた声を上げて顔を上げた。
そこには、扇を閉じてパチンと手を合わせ、見事に晴れやかな笑顔を浮かべるエレオノーラの姿があった。
「お父様、聞かれましたか? アーサーが恋人のフリをしてくれれば、厄介な夜会のエスコートも全て彼に任せられますし、他の殿方からの誘いも『愛する人がおりますので』と堂々と断れますわ!」
「う、うむ。確かに、ロードナイト辺境伯の長男であり、剣の腕も国内最強のアーサーならば、虫除けの『案山子』としてはこれ以上ないほど優秀だろうが……」
「決まりですわね! 流石は私の自慢の騎士。そこまで私の身を案じて、汚れ役を買って出てくれるなんて。感謝しますわ、アーサー」
エレオノーラは屈託のない笑顔で、アーサーの両手をきゅっと握りしめた。
「あっ……!」
アーサーの顔が一瞬で沸騰したように赤く染まる。
彼の手を包み込むのは、信じられないほど柔らかく甘い香りのする白い手だった。
(アーサーは真面目で忠義に厚いから、任務として私に触れても、変な感情を抱いたりしない安全な殿方だわ)
エレオノーラの頭の中は、完全に優秀なビジネスパートナーとの契約成立で満たされていた。
彼女は、ユリウスという愛しているフリを要求される地獄の十年間を過ごしたせいで、恋愛感情というものにすっかり蓋をしてしまっていた。
(触れられている……! エレオノーラ様に、私が……っ!)
安全な殿方どころか今この瞬間も、アーサーの脳内は彼女への愛と興奮でショート寸前であるというのに。
「……アーサー、大丈夫ですか?」
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気遣いを込めたエレオノーラの声に、つい慌てて返事を返してしまった。
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