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第5話 真実を聞く
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私の指先が凍りついたように止まる。声は、すぐそこから聞こえた。クローゼットの扉一枚を隔てたサロンのソファからだ。
「……イザベラ、だめだ……こんな、服の上からじゃ」
「焦らないで、ギルバート。ふふ、可愛いわね」
雷に打たれたような衝撃が走った。聞き間違いようがない。姉のとろけるような猫なで声。そして、情欲に染まった掠れたギルバートの声。
(嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。夢の続きだと言って)
しかし、現実は残酷なほど鮮明だった。衣擦れの音と荒い息遣い。そして、チュッ、チュッと響く水っぽい音。
それは、私の知らない音だった。私の知っているギルバートは、手をつなぐのさえ大切にしたいからと躊躇うような清廉な青年だったはずだ。それが今、獣のような吐息を漏らしている。
「……はぁ、イザベラ……愛してる……」
「私もよ。……ねえ、もう一回言って?」
「愛してる。君だけだ。君こそが僕の『運命の人』だ」
言葉の刃が、無防備な私の心臓を滅多刺しにする。
(運命? じゃあ、私との婚約は何? 私に向けてくれた笑顔は?)
サロンの灯りは点けられていないのだろう。薄暗がりの中、月明かりだけが二人を照らしている気配がする。
私は息を殺した。呼吸をするのも忘れて、嗚咽が漏れないように両手で口を強く押さえた。
ひとしきり音が止み、気怠げな空気が流れた頃、ギルバートが不安そうに呟いた。
「……ねえ、イザベラ。そろそろ、まずくないか?」
「何が?」
「アリーナだよ。最近様子がおかしい。僕を見る目が……なんというか、探るような目で」
ドキリとした。
(私の拙い演技を、彼も気づいていたのか)
今すぐ飛び出して叫ぶべきだろうか。しかし、続く姉の言葉が私を縫い止めた。
「あら、心配性ねえ。大丈夫よ」
姉の声には、慈悲も罪悪感もなかった。あるのは、純粋な嘲笑だけ。
「あの子、こういうことには疎いから」
クスクスと、楽しげな笑い声。
「……昔からそうよ。私が『これは貴方のためよ』って言えば、何でも信じるの。素直で、単純で、……本当に扱いやすい子」
「そ、そうかな……」
「ええ。それにね、ギルバート。あの子は今頃、必死に勉強しているはずよ」
「勉強?」
「フィニッシングスクールの課題よ。『完璧な私(公爵夫人)の妹』になるためにね。……ふふっ、滑稽だと思わない?」
姉は、笑い話でもするみたいに軽やかに話し続けた。
「あの子、私が嫁いだ公爵家に相応しい女になるために必死に自分を磨いているつもりなのよ。マナーを覚えて、刺繍をして、歴史を暗記して。……その間に、愛する婚約者がこうして私の胸で鳴いているとも知らないで」
血の気が引いていく。指先の感覚がなくなる。私がどれだけ努力しているかを姉は知っていたのだ。その上で、それを嘲笑っていた。
私が苦手なダンスを練習している時、彼らは踊っていたのだろうか。私が公爵家の家憲を覚えている時、彼らは愛を囁き合っていたのだろうか。私の努力は、彼らにとって極上のスパイスだったのだ。
「……ひどいな、イザベラは」
ギルバートが苦笑混じりに言う。
「……イザベラ、だめだ……こんな、服の上からじゃ」
「焦らないで、ギルバート。ふふ、可愛いわね」
雷に打たれたような衝撃が走った。聞き間違いようがない。姉のとろけるような猫なで声。そして、情欲に染まった掠れたギルバートの声。
(嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。夢の続きだと言って)
しかし、現実は残酷なほど鮮明だった。衣擦れの音と荒い息遣い。そして、チュッ、チュッと響く水っぽい音。
それは、私の知らない音だった。私の知っているギルバートは、手をつなぐのさえ大切にしたいからと躊躇うような清廉な青年だったはずだ。それが今、獣のような吐息を漏らしている。
「……はぁ、イザベラ……愛してる……」
「私もよ。……ねえ、もう一回言って?」
「愛してる。君だけだ。君こそが僕の『運命の人』だ」
言葉の刃が、無防備な私の心臓を滅多刺しにする。
(運命? じゃあ、私との婚約は何? 私に向けてくれた笑顔は?)
サロンの灯りは点けられていないのだろう。薄暗がりの中、月明かりだけが二人を照らしている気配がする。
私は息を殺した。呼吸をするのも忘れて、嗚咽が漏れないように両手で口を強く押さえた。
ひとしきり音が止み、気怠げな空気が流れた頃、ギルバートが不安そうに呟いた。
「……ねえ、イザベラ。そろそろ、まずくないか?」
「何が?」
「アリーナだよ。最近様子がおかしい。僕を見る目が……なんというか、探るような目で」
ドキリとした。
(私の拙い演技を、彼も気づいていたのか)
今すぐ飛び出して叫ぶべきだろうか。しかし、続く姉の言葉が私を縫い止めた。
「あら、心配性ねえ。大丈夫よ」
姉の声には、慈悲も罪悪感もなかった。あるのは、純粋な嘲笑だけ。
「あの子、こういうことには疎いから」
クスクスと、楽しげな笑い声。
「……昔からそうよ。私が『これは貴方のためよ』って言えば、何でも信じるの。素直で、単純で、……本当に扱いやすい子」
「そ、そうかな……」
「ええ。それにね、ギルバート。あの子は今頃、必死に勉強しているはずよ」
「勉強?」
「フィニッシングスクールの課題よ。『完璧な私(公爵夫人)の妹』になるためにね。……ふふっ、滑稽だと思わない?」
姉は、笑い話でもするみたいに軽やかに話し続けた。
「あの子、私が嫁いだ公爵家に相応しい女になるために必死に自分を磨いているつもりなのよ。マナーを覚えて、刺繍をして、歴史を暗記して。……その間に、愛する婚約者がこうして私の胸で鳴いているとも知らないで」
血の気が引いていく。指先の感覚がなくなる。私がどれだけ努力しているかを姉は知っていたのだ。その上で、それを嘲笑っていた。
私が苦手なダンスを練習している時、彼らは踊っていたのだろうか。私が公爵家の家憲を覚えている時、彼らは愛を囁き合っていたのだろうか。私の努力は、彼らにとって極上のスパイスだったのだ。
「……ひどいな、イザベラは」
ギルバートが苦笑混じりに言う。
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