もうあなた達を愛する気持ちはありません。

小野 まい

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第49話 冷酷なユーモア

続いて数秒の沈黙の後、イザベラの呆れたような、ひどく冷めた声が流れた。


『……でもね、私にはレオがいるもの。あの子を置いて逃げるなんて、母親としてできないわ』

『そうか……君は、母親だったね。すまない、僕が浅はかだった』



――プッ
 
会場のどこかで、誰かの笑いがこぼれる気配を感じた。

無理もない。先ほどの映像で、あれほど息子を放置して発情していた女が、「母親だから貧しい暮らしへの駆け落ちはできない」と、いけしゃあしゃあと嘘をついているのだ。
 
ギルバートの「愛さえあれば」というお花畑な妄想と、イザベラの「貧乏暮らしなんて冗談じゃない」という本音の温度差。あまりにも見え透いた言い訳に、コロッと騙される男の単細胞っぷり。



「あ、ああ……違う、これは……!」


ギルバートは床に這いつくばったまま、両手で耳を塞いだ。



「嘘よ、やめて! 消して!!」


イザベラも叫ぼうとしたが、極度のパニックで大きな声が出ない。



そして、トドメの一撃が投下された。

場面は学園の温室で、婚約しているアリーナとギルバートが会話した、あの日の音声だ。



『お姉様が愛しているのは、義兄様だけですわ。夫婦ですもの。レオのために、もう一人子供を作ろうとおねだりしていましたし』

『違う!! そんなことないっ!!』


スピーカーが割れんばかりの、ギルバートの発狂した叫び声。



『イザベラ様が、あんな冷酷な男を愛しているわけがない! あんな男に抱かれるなんて、絶対に許せない!』

『どうして、他人の夫婦の問題で、ただのご友人であるギルバート様が怒るのですか?』

『ヒッ……! さ、触るなっ! ……ぼ、僕は、彼女がかわいそうで……っ!』


完全に論破され、支離滅裂なうわ言を吐きながら逃げ出すギルバートの音声が、無情にも広間いっぱいに響き渡る。

そこで、魔法のスクリーンはパツンと切れた。



再び、数千の蝋燭に火が灯る。鏡の間に、水を打ったような静寂が落ちた。

誰もが、目の前で繰り広げられた悲劇を噛みしめていた。いや、これこそ至高の喜劇だったのだ。

先ほど、涙ながらに「私には愛する夫がいるのよ!」と貞淑な妻を演じたイザベラ。
 
そして、「君の心は僕のところにある!」と大観衆の前で愛を叫んだギルバート。
 


しかし実態は、金と地位を捨てきれずに子供を盾にする強欲な女と、その女に都合よく弄ばれ、他人の夫婦生活にマジギレして発狂する見事なまでのであった。



「…………っ、くくっ」


静寂を破ったのは、初老の侯爵の漏らした笑い声だった。それを皮切りに、大広間は爆発するような大爆笑の渦に呑み込まれた。



「あははははっ! 聞いたか!? 『あんな男に抱かれるなんて許せない』だって!」

「他人の妻だぞ!? ただの学生が、公爵閣下の夫婦の営みに嫉妬して発狂するとは、傑作すぎる!」

「しかも、あんな露骨な『貧乏は嫌だ』という言い訳を、真に受けて『君は母親だったね』と涙ぐむ始末だ! 腹が痛い!」

「公爵夫人も素晴らしい演技力だ! 先ほど、あんなに堂々と『気安く触らないで!』と頬を打っていたのに、裏ではあんなに濃厚に絡み合っていたとは!」


嘲笑と爆笑と侮蔑。数百人の貴族たちが扇で口元を隠すことも忘れ、腹を抱えて二人を指差して笑っていた。

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