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第63話 二人きりの語らい
夜の冷気が、火照った頬を心地よく撫でていく。
空には満月が冷たい光を放ち、眼下に広がる王宮の庭園を青白く照らし出していた。
広間から漏れ聞こえる音楽も、ここでは遠い国の出来事のように現実感を失っている。
「……これで、公爵家を蝕んでいた病巣はすべて取り除かれたことになりますね」
バルコニーの手すりに寄りかかりながら、私が静かに口火を切ると、義兄様は月を見上げたまま深く頷いた。
「ああ。これより、我々はあの大罪人たちに対する『事後処理』という名の制裁を執行する。……アリーナ。君には、協力者として彼らの末路を知る権利がある」
「はい」
「まず、我が元・妻、イザベラだ」
義兄様の口から出たその名前には、もはや怒りすらも含まれていなかった。ただの汚染物質を処理するような氷のように冷たい響きだった。
「彼女は本日をもって、不貞および公爵家財産の重大な横領の罪により、有責で離縁とする。当然、身の回りの装飾品、ドレス、財産の一切を没収した上で、北の国境付近にある『贖罪の修道院』へ送る手はずとなっている」
「贖罪の修道院……あそこはたしか、重罪を犯した貴族女性を幽閉する、過酷な労働施設では……」
「その通りだ。一生、外に出ることは許されない。彼女にはそこで、朝から晩まで機を織り、畑を耕し、自分の手で横領した莫大な金額を『労働』によって返済してもらう」
私は息を呑んだ。イザベラお姉様にとって美しく着飾ることと、他者から羨望の眼差しを向けられることは、命よりも大切なアイデンティティだ。
その彼女を誰の目にも触れない辺境に閉じ込め、粗末な麻布の服を着せて手がボロボロになるまで土を弄らせる。
それは処刑されるよりも何百倍も残酷な、虚栄心をジワジワと殺し続ける地獄の生殺しだった。
「そして、ギルバート・ロンベルク卿」
義兄様は、冷酷な裁判長のように言葉を続ける。
「彼は明日付けで王立学園を不名誉除籍。さらに、ロンベルク子爵家からは貴族籍を剥奪されるだろう」
「籍を剥奪……それでは、彼は平民になるのですか?」
「いや、ただの平民ではない。『借金奴隷』だ」
義兄様の目が、月の光を反射して鋭く光った。
「彼がイザベラに貢ぐために作った、闇金からの莫大な借金。あれはもはや、子爵家の領地を切り売りしても返せる額ではない。ロンベルク家は家門を守るため、彼を領地の最果てにある石切り場へ送り込むことに同意した。彼はそこで、身分を剥奪されただの労働力として、死ぬまで借金返済のために肉体を酷使し続けることになる」
「……」
「愛だの騎士だのという、責任を伴わない甘い言葉で現実から逃避した男には、最も泥臭く、計算と肉体疲労だけが支配する現実を味わってもらう。……それが、私の下した結論だ」
徹底的だった。何の情けも容赦もない。彼らが犯した罪の重さを最も的確な形で、最も残酷に清算させる完璧なシステム。
もし私が敵に回っていれば、一瞬で骨の髄までしゃぶり尽くされていただろう。
公爵という絶対権力者の、冷徹な統治者としての恐ろしさを私は肌で感じていた。
「……恐ろしいか?」
不意に、義兄様がこちらを向いた。
その瞳には、先ほどまでの冷酷な光は消え、どこか私の反応を探るような微かなためらいが混じっていた。
空には満月が冷たい光を放ち、眼下に広がる王宮の庭園を青白く照らし出していた。
広間から漏れ聞こえる音楽も、ここでは遠い国の出来事のように現実感を失っている。
「……これで、公爵家を蝕んでいた病巣はすべて取り除かれたことになりますね」
バルコニーの手すりに寄りかかりながら、私が静かに口火を切ると、義兄様は月を見上げたまま深く頷いた。
「ああ。これより、我々はあの大罪人たちに対する『事後処理』という名の制裁を執行する。……アリーナ。君には、協力者として彼らの末路を知る権利がある」
「はい」
「まず、我が元・妻、イザベラだ」
義兄様の口から出たその名前には、もはや怒りすらも含まれていなかった。ただの汚染物質を処理するような氷のように冷たい響きだった。
「彼女は本日をもって、不貞および公爵家財産の重大な横領の罪により、有責で離縁とする。当然、身の回りの装飾品、ドレス、財産の一切を没収した上で、北の国境付近にある『贖罪の修道院』へ送る手はずとなっている」
「贖罪の修道院……あそこはたしか、重罪を犯した貴族女性を幽閉する、過酷な労働施設では……」
「その通りだ。一生、外に出ることは許されない。彼女にはそこで、朝から晩まで機を織り、畑を耕し、自分の手で横領した莫大な金額を『労働』によって返済してもらう」
私は息を呑んだ。イザベラお姉様にとって美しく着飾ることと、他者から羨望の眼差しを向けられることは、命よりも大切なアイデンティティだ。
その彼女を誰の目にも触れない辺境に閉じ込め、粗末な麻布の服を着せて手がボロボロになるまで土を弄らせる。
それは処刑されるよりも何百倍も残酷な、虚栄心をジワジワと殺し続ける地獄の生殺しだった。
「そして、ギルバート・ロンベルク卿」
義兄様は、冷酷な裁判長のように言葉を続ける。
「彼は明日付けで王立学園を不名誉除籍。さらに、ロンベルク子爵家からは貴族籍を剥奪されるだろう」
「籍を剥奪……それでは、彼は平民になるのですか?」
「いや、ただの平民ではない。『借金奴隷』だ」
義兄様の目が、月の光を反射して鋭く光った。
「彼がイザベラに貢ぐために作った、闇金からの莫大な借金。あれはもはや、子爵家の領地を切り売りしても返せる額ではない。ロンベルク家は家門を守るため、彼を領地の最果てにある石切り場へ送り込むことに同意した。彼はそこで、身分を剥奪されただの労働力として、死ぬまで借金返済のために肉体を酷使し続けることになる」
「……」
「愛だの騎士だのという、責任を伴わない甘い言葉で現実から逃避した男には、最も泥臭く、計算と肉体疲労だけが支配する現実を味わってもらう。……それが、私の下した結論だ」
徹底的だった。何の情けも容赦もない。彼らが犯した罪の重さを最も的確な形で、最も残酷に清算させる完璧なシステム。
もし私が敵に回っていれば、一瞬で骨の髄までしゃぶり尽くされていただろう。
公爵という絶対権力者の、冷徹な統治者としての恐ろしさを私は肌で感じていた。
「……恐ろしいか?」
不意に、義兄様がこちらを向いた。
その瞳には、先ほどまでの冷酷な光は消え、どこか私の反応を探るような微かなためらいが混じっていた。
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