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第80話 好意のアプローチ
「でも、アリーナが巻き込まれなくて本当に良かったわ。それにしても、あんなドロドロの愛憎劇を間近で見てしまうなんて。……アリーナ、男性不信になっていない?」
エマの心配そうな声に、私は苦笑しながらティーカップを置いた。
「ええ、もうすっかり。愛だの恋だのという言葉を聞くだけで、胃の奥がチクチクするわ。ギルバート様のポエムと、お姉様の狂気的な自己愛……あれを見せられたら、色恋沙汰なんてしばらくは結構よ」
私が心の底からそう宣言すると、ハリーがなぜかピクッと肩を揺らした。
「おいおい、そんなに枯れるなよ。お前はまだ若いんだからさ」
ハリーは少し身を乗り出し、机の上に肘をついた。その顔にはいつもの飄々とした笑みが張り付いているが、なぜか耳の先がほんのりと赤い。
「ギルバートみたいな阿呆ばかりじゃないぜ? 世の中には、もっと誠実で、お前のその……変なところまで含めて面白いって思ってくれる奴だっているんだからさ」
「あら、そうなの? でも、どういう理由であれ私のような『婚約が破談になった令嬢』を貰ってくれるような奇特な方、この王都にいるかしら」
「……いるだろ、目の前に」
ハリーは視線を少しだけ逸らし、咳払いを一つしてから不自然なほど早口で言った。
「ま、お前がいつまでも売れ残って一人でいるって言うなら。……俺が、責任取ってもらってやってもいいけどな」
その言葉がサロンに落ちた瞬間。空気が、一瞬だけピタリと止まった。
ハリーの亜麻色の瞳が、チラチラと私の顔色を窺っている。いつもの冗談めかした態度だが、机の上で組まれた彼の手にはぎゅっと力がこもっていた。
おそらく、端から見れば青春の甘酸っぱい告白シーンなのだろう。だが、今の私の心境は、山奥で悟りを開いた高僧のように澄み切っていた。
(もしかして、私のこと気にしてくれてるのかな?)
ハリーの言葉は嬉しかったけど、私の脳内にある男性の基準は、いつの間にかとんでもないレベルに引き上げられている。
一国の経済を回す頭脳と、夜会で全員を震え上がらせた絶対的な覇気。それでいて、私の「頭を撫でて」というささやかな要求に対して真っ赤になって狼狽える顔。
(あの不器用で、いじらしくて、たまらなく愛おしい義兄様)
その規格外の存在感(と重すぎるギャップ萌え)で心臓のキャパシティを100%占領されている私にとって、ハリーのこの若々しいアプローチは、仔犬のじゃれ合い程度にしか変換されなかった。
「……ハリー」
「お、おう」
「ありがとう、心配してくれて」
私は、聖母のような慈愛に満ちた笑顔を浮かべ、彼の言葉を真正面から受け止めた。
「老後の茶飲み友達の候補として、その言葉、一応は嬉しく受け取っておくわね」
「…………は?」
私の返しに、ハリーはぽかんと口を開けた。
エマの心配そうな声に、私は苦笑しながらティーカップを置いた。
「ええ、もうすっかり。愛だの恋だのという言葉を聞くだけで、胃の奥がチクチクするわ。ギルバート様のポエムと、お姉様の狂気的な自己愛……あれを見せられたら、色恋沙汰なんてしばらくは結構よ」
私が心の底からそう宣言すると、ハリーがなぜかピクッと肩を揺らした。
「おいおい、そんなに枯れるなよ。お前はまだ若いんだからさ」
ハリーは少し身を乗り出し、机の上に肘をついた。その顔にはいつもの飄々とした笑みが張り付いているが、なぜか耳の先がほんのりと赤い。
「ギルバートみたいな阿呆ばかりじゃないぜ? 世の中には、もっと誠実で、お前のその……変なところまで含めて面白いって思ってくれる奴だっているんだからさ」
「あら、そうなの? でも、どういう理由であれ私のような『婚約が破談になった令嬢』を貰ってくれるような奇特な方、この王都にいるかしら」
「……いるだろ、目の前に」
ハリーは視線を少しだけ逸らし、咳払いを一つしてから不自然なほど早口で言った。
「ま、お前がいつまでも売れ残って一人でいるって言うなら。……俺が、責任取ってもらってやってもいいけどな」
その言葉がサロンに落ちた瞬間。空気が、一瞬だけピタリと止まった。
ハリーの亜麻色の瞳が、チラチラと私の顔色を窺っている。いつもの冗談めかした態度だが、机の上で組まれた彼の手にはぎゅっと力がこもっていた。
おそらく、端から見れば青春の甘酸っぱい告白シーンなのだろう。だが、今の私の心境は、山奥で悟りを開いた高僧のように澄み切っていた。
(もしかして、私のこと気にしてくれてるのかな?)
ハリーの言葉は嬉しかったけど、私の脳内にある男性の基準は、いつの間にかとんでもないレベルに引き上げられている。
一国の経済を回す頭脳と、夜会で全員を震え上がらせた絶対的な覇気。それでいて、私の「頭を撫でて」というささやかな要求に対して真っ赤になって狼狽える顔。
(あの不器用で、いじらしくて、たまらなく愛おしい義兄様)
その規格外の存在感(と重すぎるギャップ萌え)で心臓のキャパシティを100%占領されている私にとって、ハリーのこの若々しいアプローチは、仔犬のじゃれ合い程度にしか変換されなかった。
「……ハリー」
「お、おう」
「ありがとう、心配してくれて」
私は、聖母のような慈愛に満ちた笑顔を浮かべ、彼の言葉を真正面から受け止めた。
「老後の茶飲み友達の候補として、その言葉、一応は嬉しく受け取っておくわね」
「…………は?」
私の返しに、ハリーはぽかんと口を開けた。
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