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第92話 友人たちの反応
「やっぱりか……! いや、薄々感づいてたけどな! あのピクニックの話を聞いた時点で、俺のフラグは完全に折れて粉々になってたけどな!」
ハリーは頭を掻き毟りながら、大袈裟に天を仰いだ。
「ああーっ、俺の初恋が! よりにもよって、アークライト公爵様に攫われるとは!」
「ごめんなさい、ハリー。老後の茶飲み友達の約束は、まだ有効よ?」
「やかましいわ! 旦那様に知られたら、俺がお茶を飲む前に王都から消し炭にされるだろうが!」
ハリーは恨めしそうに私を睨んだが、その瞳に暗い感情は微塵もなかった。
「……ま、相手が『国家権力の頂点』じゃあな。俺じゃ、最初から勝負の土俵にすら上がれてなかったってこった。負け惜しみじゃねえが、相手が強大すぎて、逆に清々しいぜ」
「ハリー……」
「アリーナ」
ハリーは真面目な顔になり、私を真っ直ぐに見据えた。
「幸せになれよ。お前は、人一倍苦労してきたんだ。あの氷の公爵様が相手なら、お前を絶対に泣かせたりしねえだろう。……もし泣かせるような真似をしたら、俺が国家権力に単身で殴り込んでやるからな」
「……ええ。ありがとう、ハリー。本当に、ありがとう」
私は胸の奥が熱くなるのを感じた。公爵邸という鳥籠の中で完結するのではなく、こうして外の世界の友人たちが私の選択を認めて笑って背中を押してくれる。
(ああ、こんなにも私の心を支えてくれるなんて、どれだけ救われているのかしら……)
友人たちとの穏やかな笑い声がサロンに響く。
これからは、こんな平和な日常がずっと続いていくのだ。私は心の底からそう信じて疑わなかった。
***
午後の講義を終え、図書室で借りた本を抱えて渡り廊下を歩いていた時のことだった。
「あの……アリーナ、先輩……」
ふいに、背後から細く震える声で呼び止められた。聞き覚えがあるけれど、以前とは全く違う弱々しい響きに私は足を止めて振り返った。
「……ララさん?」
そこに立っていたのは、間違いなくギルバート様の妹であるララだった。しかし、その姿は私の記憶にある彼女とは別人のように感じた。
以前の彼女は、派手なドレスを身に纏い、高価な宝石をじゃらじゃらと鳴らしながら、いつも顎をツンと上げて歩く高慢な嵐の令嬢だった。
兄のギルバート様とイザベラお姉様を神のように崇拝し、彼の婚約者であった私を「兄様に相応しくない地味な女」と見下し、取り巻きを連れては陰湿な嫌がらせを繰り返していた張本人だ。
(尖ったものが和らいだようね)
今の彼女はどうだろう。身につけているのは、装飾のない学園の規定通りのシンプルでくすんだ色の制服。髪は派手な巻き髪ではなく、黒いリボンでつつましく一つにまとめられている。化粧の気配もない顔は青白くて少し痩せたようだった。
何より違っていたのは瞳だ。かつては私を睨んでいた毒々しい傲慢さは跡形もなく消え、代わりに怯えた小動物のように震える弱さが垣間見えた。
「……久しぶりね。実家が大変なことになったと聞いていたけれど、学園には戻ってこられたのね」
私が落ち着いて声をかけると、ララはビクッと肩をすくませてギュッとスカートの裾を握りしめた。
アークライト公爵家への不敬と詐欺未遂により、ギルバート様とイザベラお姉様が断罪された後。彼らの実家である子爵家は、連帯責任を問われて事実上の没落状態となってしまった。
当主である父親は隠居に追い込まれ、財産の大半は賠償金として没収。残されたララは、王都から遠く離れた厳格な親戚の家に預けられたと風の噂で聞いていた。
ハリーは頭を掻き毟りながら、大袈裟に天を仰いだ。
「ああーっ、俺の初恋が! よりにもよって、アークライト公爵様に攫われるとは!」
「ごめんなさい、ハリー。老後の茶飲み友達の約束は、まだ有効よ?」
「やかましいわ! 旦那様に知られたら、俺がお茶を飲む前に王都から消し炭にされるだろうが!」
ハリーは恨めしそうに私を睨んだが、その瞳に暗い感情は微塵もなかった。
「……ま、相手が『国家権力の頂点』じゃあな。俺じゃ、最初から勝負の土俵にすら上がれてなかったってこった。負け惜しみじゃねえが、相手が強大すぎて、逆に清々しいぜ」
「ハリー……」
「アリーナ」
ハリーは真面目な顔になり、私を真っ直ぐに見据えた。
「幸せになれよ。お前は、人一倍苦労してきたんだ。あの氷の公爵様が相手なら、お前を絶対に泣かせたりしねえだろう。……もし泣かせるような真似をしたら、俺が国家権力に単身で殴り込んでやるからな」
「……ええ。ありがとう、ハリー。本当に、ありがとう」
私は胸の奥が熱くなるのを感じた。公爵邸という鳥籠の中で完結するのではなく、こうして外の世界の友人たちが私の選択を認めて笑って背中を押してくれる。
(ああ、こんなにも私の心を支えてくれるなんて、どれだけ救われているのかしら……)
友人たちとの穏やかな笑い声がサロンに響く。
これからは、こんな平和な日常がずっと続いていくのだ。私は心の底からそう信じて疑わなかった。
***
午後の講義を終え、図書室で借りた本を抱えて渡り廊下を歩いていた時のことだった。
「あの……アリーナ、先輩……」
ふいに、背後から細く震える声で呼び止められた。聞き覚えがあるけれど、以前とは全く違う弱々しい響きに私は足を止めて振り返った。
「……ララさん?」
そこに立っていたのは、間違いなくギルバート様の妹であるララだった。しかし、その姿は私の記憶にある彼女とは別人のように感じた。
以前の彼女は、派手なドレスを身に纏い、高価な宝石をじゃらじゃらと鳴らしながら、いつも顎をツンと上げて歩く高慢な嵐の令嬢だった。
兄のギルバート様とイザベラお姉様を神のように崇拝し、彼の婚約者であった私を「兄様に相応しくない地味な女」と見下し、取り巻きを連れては陰湿な嫌がらせを繰り返していた張本人だ。
(尖ったものが和らいだようね)
今の彼女はどうだろう。身につけているのは、装飾のない学園の規定通りのシンプルでくすんだ色の制服。髪は派手な巻き髪ではなく、黒いリボンでつつましく一つにまとめられている。化粧の気配もない顔は青白くて少し痩せたようだった。
何より違っていたのは瞳だ。かつては私を睨んでいた毒々しい傲慢さは跡形もなく消え、代わりに怯えた小動物のように震える弱さが垣間見えた。
「……久しぶりね。実家が大変なことになったと聞いていたけれど、学園には戻ってこられたのね」
私が落ち着いて声をかけると、ララはビクッと肩をすくませてギュッとスカートの裾を握りしめた。
アークライト公爵家への不敬と詐欺未遂により、ギルバート様とイザベラお姉様が断罪された後。彼らの実家である子爵家は、連帯責任を問われて事実上の没落状態となってしまった。
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