私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい

文字の大きさ
4 / 104

第3話 地獄のパーティー

翌朝の食堂は、針の落ちる音さえ聞こえそうなほどの静寂に包まれていた。

私はいつも通り、背筋を伸ばして紅茶を口に運ぶ。向かいの席には、二日酔いなのか少し顔色の悪い夫のオスカーが座っていた。


「……あの、エリザ。昨夜はすまなかった」


パンにバターを塗りながら、オスカーが様子を窺うように切り出した。私はカップをソーサーに戻し、彼を見ずに答える。


「いいえ。マリア様の看病でお忙しかったのでしょう? 大変でしたわね」 

「そ、そうなんだ! あいつも体が弱くてね。放っておけなくて……。理解してくれて嬉しいよ」


オスカーの声が明るくなる。ああ、この人は本当に気づいていないのだ。私の言葉に含まれたとげにも、屋敷の使用人たちが彼に向ける視線が氷点下であることにも。

夫はという自分の都合の良い解釈の中に住んでいる。


「それでだ、エリザ。昨夜の詫びと言ってはなんだが、今日は天気も良いし、庭でティーパーティーをしないか?」 

「ティーパーティー、ですか?」 

「ああ。ノアも退屈しているだろう? それに……実はもう呼んであるんだ」


嫌な予感が背筋を走る。食堂の扉が開き、その予感は最悪の形で的中した。


「おはようございまぁす! オスカー、お邪魔しまぁす!」


場違いに高い声と共に現れたのは、フリル満載の派手なドレスを着たマリアと息子カイルだった。

使用人が止める間もない無作法極まりない登場だが、オスカーは嬉々として立ち上がり二人を迎え入れた。


「やあ、よく来たね! 昨日は熱が高かったようだが、もういいのか?」 

「うんっ。オスカーのおかげですっかり元気になっちゃった! 家にいても気が滅入っちゃうから、誘ってくれて嬉しかったぁ」


マリアは私の存在など見えていないかのように、オスカーの腕に絡みつく。そして、その足元でカイルがドタドタと走り回り、私の椅子の周りを一周した。


「おばさん、お菓子まだ? 僕、お腹空いた!」


挨拶もないし敬称もない。私は扇子を開き、口元の引きつりを隠した。これが、私の夫が「大切にすべき友人」と呼ぶ者たちの姿なのか。

午後、屋敷の庭園で私と息子のと称された地獄のようなティーパーティーが始まった。

芝生の上には白いテーブルセットが置かれ、最高級の茶葉と焼き菓子が並べられている。


「ノア、ご挨拶なさい」


私が促すと、私の隣に座っていた六歳の息子ノアが椅子から降り、完璧なカーテシーを披露した。


「初めまして、マリア様。ようこそお越しくださいました」


淡い茶色のサラサラの髪、宝石のような青い瞳。私の自慢の息子だ。年齢よりもずっと聡明で、悲しいほどに空気を読む子供だった。

ノアは、父親が自分よりもカイルを可愛がっていることを知っている。だからこそ、父に愛されようと必死にであろうと努めていた。


「あらぁ、ノア君ってば堅苦しいわねぇ。子供らしくないっていうか」


マリアはケラケラと笑い、口の端にクリームをつけながら言った。ノアの小さな肩がびくりと震える。


「ほら、カイル。ノア君と遊んであげなさい」 

「えー。こいつ、つまんなそう」


カイルは口一杯にクッキーを詰め込んだまま、値踏みするようにノアを見た。

その時、カイルの視線が一点に釘付けになった。ノアの胸ポケットから、金色の鎖が覗いていたのだ。

あなたにおすすめの小説

この結婚は王命ですから。初夜で拒絶された花嫁です、それでは自由にやらせていただきます!

夏目みや
恋愛
「どうせ、形式だけの結婚だ。だから俺に期待するな。あんたは好きに生きればいい」 北部に嫁いできたシャルロットは夫となるイザークに、初夜で冷たく拒絶されてしまう。 南部の富豪、セバスティア侯爵家シャルロットと北部のイザーク・カロン侯爵。 北部と南部を結ぶ要となるこの結婚は、すなわち王命。 王命の重さ、理解してらっしゃいますか? ――まあ、いいか。そっちがその気なら、好きにやらせていただきます! 領地改革始めましょう。南部から持ってきた食料を市井にふるまい、お金だってジャンジャン使って景気よく! 好き勝手に過ごしていると、なぜか近づいてくる旦那様。 好きにしろと言ったのはそっちでしょう? なのに今さら距離を詰めてくるのはどうして? この結婚の本当の目的を、彼はまだ知らない――。

真実の愛の裏側

藍田ひびき
恋愛
アレックス・ロートン侯爵令息の第一夫人シェリルが療養のため領地へ居を移した。それは療養とは名ばかりの放逐。 男爵家出身でありながら侯爵令息に見初められ、「真実の愛」と持て囃された彼女の身に何があったのか。その裏に隠された事情とは――? ※ 他サイトにも投稿しています。

結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です

柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。 そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。 真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。 けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。 「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」 彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。 アンリは実は、亡き国王の婚外子。 皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした

ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?  ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

旦那様、彼は仕事において必要不可欠なパートナーなのです

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵夫人フルールは、夫である伯爵と愛人の秘書に長年頭を悩ませていた。 何度夫に苦言を呈しても「彼女は仕事において必要不可欠なパートナーだから」と一切聞く耳を持たない。 困り果てていたそのとき、彼女は突然前世の記憶を取り戻した。 このままだと夫と愛人の真実の愛の犠牲になってしまう。 それだけは御免だ。 結婚五年目にして、彼女はようやく夫を見限り、新たな事業を立ち上げた。 そして事業を成功させたフルールの隣には、いつも同じ男が立っていた。 その男は誰なのかと問い詰める夫に、フルールはニッコリ笑って言った。 「彼は仕事において必要不可欠なパートナーなのです」と。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。