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第7話 妻の家から金銭的な支援
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私の父の形見の重みも息子の心の傷も、彼らにとっては些細なことで、オスカーとマリアの機嫌を損ねることの方が重罪らしい。
「それで? 私にどうしろと仰るの?」
「マリアとカイルに謝ってやってくれ」
ブライアンは真顔で言った。冗談ではないらしい。
「あいつらは今、心細いんだ。離婚して、頼れるのは俺たちしかいない。オスカーは責任を感じて面倒を見ている。それは男として立派な行動だろ? お前は妻なら、夫の友情を支えてやるのが務めじゃないか」
「そうよぉ、エリザ様。貴女、オスカー様とマリア様の関係に『嫉妬』してるんでしょう? でもね、それは見苦しいわ」
ニーナが諭すような表情で、とんでもない持論を展開し始めた。
「二人はね、運命の相手だったの。身分の差や、家の事情で引き裂かれたロミオとジュリエットなのよ。貴女との結婚は、残念ながら政略でしょう? 愛のない契約じゃない」
「……ええ、政略結婚ですわ。それが何か?」
「だからこそ! 貴女は『侯爵夫人』という地位を持っているんだから、愛くらいはマリア様に譲ってあげるべきよ。それが貴族の女性の余裕ってものでしょ? オスカー様の心はマリア様にあるの。それを邪魔するのは、物語の悪役がすることだわ」
真実の愛。運命。悪役。ニーナの口から飛び出す単語は、どれもキラキラと輝いていて中身が空っぽだった。彼女は本気で信じているのだ。不倫を純愛と呼び、本妻を邪魔者と呼ぶ自分たちの物語を。
「……つまり、貴方達の言い分はこうね」
私は指を一本ずつ立てて確認した。
「一、夫が幼馴染と浮気をし、家計を横領して貢ぐのは『美しい友情』だから許せ。二、その愛人の子供が私の息子の宝物を壊しても『子供の遊び』だから笑って許せ。三、私は地位だけあればいいから、夫の愛も時間も全てマリアに譲り、かつ彼女たちの生活を支援しろ」
「言い方が悪いなぁ! でもまぁ、大体そういうことだ!」
ブライアンが悪びれもせずに頷く。
「浮気とか愛人とか、言葉が汚いわエリザ様。『魂の双子』と言ってくださる?」
ニーナが不満げに口を尖らせる。
私は乾いた笑いを漏らした。ああ、無理だ。この人たちとは、見ている世界が違いすぎる。彼らの頭の中はお花畑だ。
一年中、枯れることのない造花が咲き乱れる無責任という名の楽園。
私はスッと表情を消した。公爵令嬢としての仮面を完璧に被り直す。
「そこまでマリア様とオスカー様の『真実の愛』を応援されるのでしたら、ご提案がありますわ」
「提案?」
「ええ。オスカー様を、自由にして差し上げましょうか」
二人の顔がぱっと明るくなる。
「おお! わかってくれたか!」
「さすがエリザ様! やっぱり話せばわかる方だわ!」
「ただし」
私は冷たく言葉を続けた。
「彼が自由になるには、私と離婚する必要があります。当然、レインバーグ侯爵家への『経済的支援』は打ち切られます。オスカー様個人の資産はほとんどありません。借金も残るでしょう」
二人の笑顔が少し固まる。
「そこで、お二人の出番です」
私はにっこりと、最高に美しい笑顔を作ってみせた。
「ブライアン様、ニーナ様。貴方達が、オスカー様とマリア様の生活を支えて差し上げてくださいな。家を用意し、マリア様の借金を返し、カイル君の養育費を払い、オスカー様の浪費を賄うのです。素晴らしいでしょう? 貴方達の尊い友情で、彼らの愛を守れるのですから」
執務室に沈黙が落ちた。ブライアンが目を泳がせて、ニーナは手で口元を押さえて動かなくなった。
「それで? 私にどうしろと仰るの?」
「マリアとカイルに謝ってやってくれ」
ブライアンは真顔で言った。冗談ではないらしい。
「あいつらは今、心細いんだ。離婚して、頼れるのは俺たちしかいない。オスカーは責任を感じて面倒を見ている。それは男として立派な行動だろ? お前は妻なら、夫の友情を支えてやるのが務めじゃないか」
「そうよぉ、エリザ様。貴女、オスカー様とマリア様の関係に『嫉妬』してるんでしょう? でもね、それは見苦しいわ」
ニーナが諭すような表情で、とんでもない持論を展開し始めた。
「二人はね、運命の相手だったの。身分の差や、家の事情で引き裂かれたロミオとジュリエットなのよ。貴女との結婚は、残念ながら政略でしょう? 愛のない契約じゃない」
「……ええ、政略結婚ですわ。それが何か?」
「だからこそ! 貴女は『侯爵夫人』という地位を持っているんだから、愛くらいはマリア様に譲ってあげるべきよ。それが貴族の女性の余裕ってものでしょ? オスカー様の心はマリア様にあるの。それを邪魔するのは、物語の悪役がすることだわ」
真実の愛。運命。悪役。ニーナの口から飛び出す単語は、どれもキラキラと輝いていて中身が空っぽだった。彼女は本気で信じているのだ。不倫を純愛と呼び、本妻を邪魔者と呼ぶ自分たちの物語を。
「……つまり、貴方達の言い分はこうね」
私は指を一本ずつ立てて確認した。
「一、夫が幼馴染と浮気をし、家計を横領して貢ぐのは『美しい友情』だから許せ。二、その愛人の子供が私の息子の宝物を壊しても『子供の遊び』だから笑って許せ。三、私は地位だけあればいいから、夫の愛も時間も全てマリアに譲り、かつ彼女たちの生活を支援しろ」
「言い方が悪いなぁ! でもまぁ、大体そういうことだ!」
ブライアンが悪びれもせずに頷く。
「浮気とか愛人とか、言葉が汚いわエリザ様。『魂の双子』と言ってくださる?」
ニーナが不満げに口を尖らせる。
私は乾いた笑いを漏らした。ああ、無理だ。この人たちとは、見ている世界が違いすぎる。彼らの頭の中はお花畑だ。
一年中、枯れることのない造花が咲き乱れる無責任という名の楽園。
私はスッと表情を消した。公爵令嬢としての仮面を完璧に被り直す。
「そこまでマリア様とオスカー様の『真実の愛』を応援されるのでしたら、ご提案がありますわ」
「提案?」
「ええ。オスカー様を、自由にして差し上げましょうか」
二人の顔がぱっと明るくなる。
「おお! わかってくれたか!」
「さすがエリザ様! やっぱり話せばわかる方だわ!」
「ただし」
私は冷たく言葉を続けた。
「彼が自由になるには、私と離婚する必要があります。当然、レインバーグ侯爵家への『経済的支援』は打ち切られます。オスカー様個人の資産はほとんどありません。借金も残るでしょう」
二人の笑顔が少し固まる。
「そこで、お二人の出番です」
私はにっこりと、最高に美しい笑顔を作ってみせた。
「ブライアン様、ニーナ様。貴方達が、オスカー様とマリア様の生活を支えて差し上げてくださいな。家を用意し、マリア様の借金を返し、カイル君の養育費を払い、オスカー様の浪費を賄うのです。素晴らしいでしょう? 貴方達の尊い友情で、彼らの愛を守れるのですから」
執務室に沈黙が落ちた。ブライアンが目を泳がせて、ニーナは手で口元を押さえて動かなくなった。
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