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第12話 夫の愚かさの露呈
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「エリザ様ぁ、私もそっちでお話ししたいですぅ」
護衛の騎士が動こうとするのを、ヴィヴィアン様が目で制した。マリアが私の背後に立つ。来る。私は背筋を伸ばしたまま身構えた。
「だって、私だけ仲間外れなんてひど……あっ!」
とってつけたような悲鳴。マリアの足が、何もない平坦な芝生の上でつまずいた。彼女の手から離れたグラスが、美しい弧を描いて宙を舞う。重力に従い赤黒い液体が私の背中へと降り注いだ。
バシャッ。
冷たい感触が背中に広がる。純白のシルクドレスが、一瞬にして鮮血のような赤に染まった。会場が完全に静まり返った。
「きゃあ! ごめんなさぁい! 私、ドジだからぁ!」
マリアは大げさに口元を手で覆い、上目遣いで私を見た。その瞳の奥には、隠しきれない優越感が宿っている。
『ざまあみろ、綺麗なドレスが台無しね』という声が聞こえてきそうだ。
私はゆっくりと立ち上がった。背中からワインが滴り落ち、白い芝生を汚していく。私は無表情のままマリアを見下ろした。怒鳴りもしないし慌てもしない。ただ、憐れむような目で。
「……マリア様。お怪我はありませんか?」
「えっ?」
マリアが拍子抜けした顔をする。私が激怒するか、泣き出すと思っていたのだろう。
「エリザ! 大丈夫か!」
そこに、オスカーが駆け寄ってきた。彼は私の惨状を見て息を呑んだが、すぐにマリアの肩を抱いた。
「すまない、エリザ。マリアは履き慣れない靴で転んでしまったんだ。悪気はないんだ、許してやってくれ」
「……悪気はない、ですか」
「ああ! そうだろマリア? わざとじゃないよな?」
「うんっ、わざとじゃないのぉ。エリザ様、怒らないでぇ……怖ぁい」
マリアがオスカーの胸に顔を埋めて嘘泣きを始める。オスカーは私を睨みつけた。
「おいエリザ、そんな怖い顔をするな。たかがドレス一枚だろう? マリアが反省しているんだから、笑って許すのが貴族の余裕じゃないのか? 器の小さい女だと思われるぞ」
出た。伝家の宝刀の器が小さい。懐中時計の時と同じだ。彼はいつも被害者である私やノアに我慢を強要し、加害者を擁護する。
周囲の貴族夫人たちが扇子で顔を隠しながら、冷ややかな視線をオスカーに向けていることに彼は気づかない。私は深く息を吸い言った。
「オスカー様。私は別に、怒ってなどおりませんわ」
「そうか! ならいいんだ。クリーニング代なら出すから……」
「ただ」
私は言葉を遮り、視線を彼らの背後の玉座に座るヴィヴィアン様へと向けた。
「このドレスの『持ち主』が、どう思われるかは分かりませんが」
「は? 持ち主? お前のドレスだろう?」
オスカーが首を傾げた瞬間。パチン、と扇子を閉じる音が雷鳴のように響き渡った。
「オスカー」
ヴィヴィアン様の声だった。低く温度のない声。オスカーとマリアがびくりと震えて振り返る。
ヴィヴィアン様は笑っていた。けれど、その目は一切笑っていない。氷の刃のような瞳が二人を貫いていた。
「『たかがドレス一枚』。今、そう言ったわね?」
ヴィヴィアン様が優雅に立ち上がり、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。モーゼの海割りのように、周囲の貴族たちが道を開ける。
「あ、姉上……いや、これは言葉の綾で……」
「そのドレスはね」
ヴィヴィアン様は私の隣に立ち、ワインで汚れた背中をそっと撫でた。
護衛の騎士が動こうとするのを、ヴィヴィアン様が目で制した。マリアが私の背後に立つ。来る。私は背筋を伸ばしたまま身構えた。
「だって、私だけ仲間外れなんてひど……あっ!」
とってつけたような悲鳴。マリアの足が、何もない平坦な芝生の上でつまずいた。彼女の手から離れたグラスが、美しい弧を描いて宙を舞う。重力に従い赤黒い液体が私の背中へと降り注いだ。
バシャッ。
冷たい感触が背中に広がる。純白のシルクドレスが、一瞬にして鮮血のような赤に染まった。会場が完全に静まり返った。
「きゃあ! ごめんなさぁい! 私、ドジだからぁ!」
マリアは大げさに口元を手で覆い、上目遣いで私を見た。その瞳の奥には、隠しきれない優越感が宿っている。
『ざまあみろ、綺麗なドレスが台無しね』という声が聞こえてきそうだ。
私はゆっくりと立ち上がった。背中からワインが滴り落ち、白い芝生を汚していく。私は無表情のままマリアを見下ろした。怒鳴りもしないし慌てもしない。ただ、憐れむような目で。
「……マリア様。お怪我はありませんか?」
「えっ?」
マリアが拍子抜けした顔をする。私が激怒するか、泣き出すと思っていたのだろう。
「エリザ! 大丈夫か!」
そこに、オスカーが駆け寄ってきた。彼は私の惨状を見て息を呑んだが、すぐにマリアの肩を抱いた。
「すまない、エリザ。マリアは履き慣れない靴で転んでしまったんだ。悪気はないんだ、許してやってくれ」
「……悪気はない、ですか」
「ああ! そうだろマリア? わざとじゃないよな?」
「うんっ、わざとじゃないのぉ。エリザ様、怒らないでぇ……怖ぁい」
マリアがオスカーの胸に顔を埋めて嘘泣きを始める。オスカーは私を睨みつけた。
「おいエリザ、そんな怖い顔をするな。たかがドレス一枚だろう? マリアが反省しているんだから、笑って許すのが貴族の余裕じゃないのか? 器の小さい女だと思われるぞ」
出た。伝家の宝刀の器が小さい。懐中時計の時と同じだ。彼はいつも被害者である私やノアに我慢を強要し、加害者を擁護する。
周囲の貴族夫人たちが扇子で顔を隠しながら、冷ややかな視線をオスカーに向けていることに彼は気づかない。私は深く息を吸い言った。
「オスカー様。私は別に、怒ってなどおりませんわ」
「そうか! ならいいんだ。クリーニング代なら出すから……」
「ただ」
私は言葉を遮り、視線を彼らの背後の玉座に座るヴィヴィアン様へと向けた。
「このドレスの『持ち主』が、どう思われるかは分かりませんが」
「は? 持ち主? お前のドレスだろう?」
オスカーが首を傾げた瞬間。パチン、と扇子を閉じる音が雷鳴のように響き渡った。
「オスカー」
ヴィヴィアン様の声だった。低く温度のない声。オスカーとマリアがびくりと震えて振り返る。
ヴィヴィアン様は笑っていた。けれど、その目は一切笑っていない。氷の刃のような瞳が二人を貫いていた。
「『たかがドレス一枚』。今、そう言ったわね?」
ヴィヴィアン様が優雅に立ち上がり、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。モーゼの海割りのように、周囲の貴族たちが道を開ける。
「あ、姉上……いや、これは言葉の綾で……」
「そのドレスはね」
ヴィヴィアン様は私の隣に立ち、ワインで汚れた背中をそっと撫でた。
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