31 / 104
第30話 妻の慈悲深さ
「それにお前、愛人を本邸に住まわせ、正妻は離れに追いやっているって話だが、本当か?」
「……そ、それは違います! エリザが勝手にノアを連れて出て行ったのです!」
「愛人と一緒に暮らしたくないからだろう? どうしてお前は、正妻の気持ちが理解できないんだ!」
国王は、オスカーの言葉がどうしても言い訳にしか聞こえなかった。
「ですが兄上! 聞いてください! 私がこうなったのは、全てエリザのせいなのです!」
国王の激しい叱責に震えながら、オスカーは藁にもすがる思いで訴えた。
「あいつは冷酷な女です! 夫である私への予算を凍結し、あまつさえ店の信用取引まで停止させました! おかげで私は、王弟でありながら自分の物を売り払って生活をし、食事も満足に取れないのです! これは不当な扱いです!」
一気にまくし立てる。兄であれば、弟の困難に共感して手を差し伸べてくれるはずだ。エリザを叱責し、元の生活に戻してくれるはずだ。
しかし、国王は深く溜息をつき、一冊の分厚いファイルを机に投げ出した。
「……ヴィヴィアンから、報告書が届いている」
「姉上から?」
「読め」
オスカーはおずおずとファイルを開いた。そこには、驚くべき詳細さで数字が並んでいた。
レインバーグ侯爵家の収支決算。エリザの実家であるヴァルティア公爵家からの支援金の流れ。
そして、使途不明金として処理されていた膨大な金額のリスト。
「お前がマリアに買い与えた宝石、ドレス、カイルへの玩具、そしてお前の遊興費……。これらは全て、エリザの実家から『領地経営のため』『ノアの養育のため』に送られた支援金だ」
国王の声が、オスカーを追い詰めるように響く。
「総額、国家予算の数パーセントに及ぶ。……これを『横領』と言わずして何と言う?」
「そ、それは……必要経費で……」
「黙れ! 他人の家の金を盗み、愛人に貢ぎ、それを咎められたら『不当な扱い』だと? 盗人猛々しいにも程がある!」
国王の眼差しが無情さを帯びる。
「エリザは、ずっと耐えていたのだ。お前という『恥知らずな夫』を立て、嫁いだ侯爵家をどうにか維持するために。予算凍結は当然の自衛措置だ。むしろ、今まで告発しなかったエリザの『慈悲深さ』に感謝すべきだぞ」
論破されたオスカーは言葉に詰まった。どこからどう見ても正論だ。だが、今のオスカーには正論などどうでもよかった。
腹が減っているのだ。明日の生活も危ういのだ。彼はプライドをかなぐり捨て、床に膝をついた。
「わ、わかりました……私が悪うございました……。ですから、兄上」
オスカーは両手を擦り合わせた。
「金を……少しでいいのです。支援してください。私は王族です。こんな生活、耐えられません。兄上なら、余っている金があるでしょう? マリアとカイルが腹を空かせているのです……どうか、慈悲を!」
その姿は、もはや王弟ではなかった。血の繋がりを人質に取った卑しい要求で、路地裏で小銭をせびる乞食と変わらない。
執務室に重い沈黙が流れた。国王は、眼下の弟を見下ろした。かつて、共に庭を駆け回った弟。愛嬌があり甘えん坊だった弟。その成れの果てが、これだ。
「……オスカー」
「は、はい! わかってくださいますね!?」
「貴様には……『王族の資格』はない」
冷徹な宣告だった。
「……そ、それは違います! エリザが勝手にノアを連れて出て行ったのです!」
「愛人と一緒に暮らしたくないからだろう? どうしてお前は、正妻の気持ちが理解できないんだ!」
国王は、オスカーの言葉がどうしても言い訳にしか聞こえなかった。
「ですが兄上! 聞いてください! 私がこうなったのは、全てエリザのせいなのです!」
国王の激しい叱責に震えながら、オスカーは藁にもすがる思いで訴えた。
「あいつは冷酷な女です! 夫である私への予算を凍結し、あまつさえ店の信用取引まで停止させました! おかげで私は、王弟でありながら自分の物を売り払って生活をし、食事も満足に取れないのです! これは不当な扱いです!」
一気にまくし立てる。兄であれば、弟の困難に共感して手を差し伸べてくれるはずだ。エリザを叱責し、元の生活に戻してくれるはずだ。
しかし、国王は深く溜息をつき、一冊の分厚いファイルを机に投げ出した。
「……ヴィヴィアンから、報告書が届いている」
「姉上から?」
「読め」
オスカーはおずおずとファイルを開いた。そこには、驚くべき詳細さで数字が並んでいた。
レインバーグ侯爵家の収支決算。エリザの実家であるヴァルティア公爵家からの支援金の流れ。
そして、使途不明金として処理されていた膨大な金額のリスト。
「お前がマリアに買い与えた宝石、ドレス、カイルへの玩具、そしてお前の遊興費……。これらは全て、エリザの実家から『領地経営のため』『ノアの養育のため』に送られた支援金だ」
国王の声が、オスカーを追い詰めるように響く。
「総額、国家予算の数パーセントに及ぶ。……これを『横領』と言わずして何と言う?」
「そ、それは……必要経費で……」
「黙れ! 他人の家の金を盗み、愛人に貢ぎ、それを咎められたら『不当な扱い』だと? 盗人猛々しいにも程がある!」
国王の眼差しが無情さを帯びる。
「エリザは、ずっと耐えていたのだ。お前という『恥知らずな夫』を立て、嫁いだ侯爵家をどうにか維持するために。予算凍結は当然の自衛措置だ。むしろ、今まで告発しなかったエリザの『慈悲深さ』に感謝すべきだぞ」
論破されたオスカーは言葉に詰まった。どこからどう見ても正論だ。だが、今のオスカーには正論などどうでもよかった。
腹が減っているのだ。明日の生活も危ういのだ。彼はプライドをかなぐり捨て、床に膝をついた。
「わ、わかりました……私が悪うございました……。ですから、兄上」
オスカーは両手を擦り合わせた。
「金を……少しでいいのです。支援してください。私は王族です。こんな生活、耐えられません。兄上なら、余っている金があるでしょう? マリアとカイルが腹を空かせているのです……どうか、慈悲を!」
その姿は、もはや王弟ではなかった。血の繋がりを人質に取った卑しい要求で、路地裏で小銭をせびる乞食と変わらない。
執務室に重い沈黙が流れた。国王は、眼下の弟を見下ろした。かつて、共に庭を駆け回った弟。愛嬌があり甘えん坊だった弟。その成れの果てが、これだ。
「……オスカー」
「は、はい! わかってくださいますね!?」
「貴様には……『王族の資格』はない」
冷徹な宣告だった。
あなたにおすすめの小説
真実の愛の裏側
藍田ひびき
恋愛
アレックス・ロートン侯爵令息の第一夫人シェリルが療養のため領地へ居を移した。それは療養とは名ばかりの放逐。
男爵家出身でありながら侯爵令息に見初められ、「真実の愛」と持て囃された彼女の身に何があったのか。その裏に隠された事情とは――?
※ 他サイトにも投稿しています。
「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした
ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です
柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。
そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。
真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。
けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。
「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」
彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。
アンリは実は、亡き国王の婚外子。
皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。
結婚式当日に捨てられた私、隣国皇帝に拾われて過保護に溺愛されています~今さら姉を選んだ王子が後悔しても手遅れです~
唯崎りいち
恋愛
結婚式当日、私は“替え玉”として捨てられた。
本物の姉が戻ってきたから、もう必要ないのだと。
けれど——
私こそが、誰も知らなかった“本物の価値”を持っていた。
世界でただ一人、すべてを癒す力。
そして、その価値を知るただ一人の人が、皇帝となって私を迎えに来る。
これは、すべてを失った少女が、本当に必要とされる場所へ辿り着く物語。
【完結】すり替えられた公爵令嬢
鈴蘭
恋愛
帝国から嫁いで来た正妻キャサリンと離縁したあと、キャサリンとの間に出来た娘を捨てて、元婚約者アマンダとの間に出来た娘を嫡子として第一王子の婚約者に差し出したオルターナ公爵。
しかし王家は帝国との繋がりを求め、キャサリンの血を引く娘を欲していた。
妹が入れ替わった事に気付いた兄のルーカスは、事実を親友でもある第一王子のアルフレッドに告げるが、幼い二人にはどうする事も出来ず時間だけが流れて行く。
本来なら庶子として育つ筈だったマルゲリーターは公爵と後妻に溺愛されており、自身の中に高貴な血が流れていると信じて疑いもしていない、我儘で自分勝手な公女として育っていた。
完璧だと思われていた娘の入れ替えは、捨てた娘が学園に入学して来た事で、綻びを見せて行く。
視点がコロコロかわるので、ナレーション形式にしてみました。
お話が長いので、主要な登場人物を紹介します。
ロイズ王国
エレイン・フルール男爵令嬢 15歳
ルーカス・オルターナ公爵令息 17歳
アルフレッド・ロイズ第一王子 17歳
マルゲリーター・オルターナ公爵令嬢 15歳
マルゲリーターの母 アマンダ・オルターナ
エレインたちの父親 シルベス・オルターナ
パトリシア・アンバタサー エレインのクラスメイト
アルフレッドの側近
カシュー・イーシヤ 18歳
ダニエル・ウイロー 16歳
マシュー・イーシヤ 15歳
帝国
エレインとルーカスの母 キャサリン帝国の侯爵令嬢(前皇帝の姪)
キャサリンの再婚相手 アンドレイ(キャサリンの従兄妹)
隣国ルタオー王国
バーバラ王女
白い結婚をめぐる二年の攻防
藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」
「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」
「え、いやその」
父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。
だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。
妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。
※ なろうにも投稿しています。
〖完結〗王女殿下の最愛の人は、私の婚約者のようです。
藍川みいな
恋愛
エリック様とは、五年間婚約をしていた。
学園に入学してから、彼は他の女性に付きっきりで、一緒に過ごす時間が全くなかった。その女性の名は、オリビア様。この国の、王女殿下だ。
入学式の日、目眩を起こして倒れそうになったオリビア様を、エリック様が支えたことが始まりだった。
その日からずっと、エリック様は病弱なオリビア様の側を離れない。まるで恋人同士のような二人を見ながら、学園生活を送っていた。
ある日、オリビア様が私にいじめられていると言い出した。エリック様はそんな話を信じないと、思っていたのだけれど、彼が信じたのはオリビア様だった。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。