私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい

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第46話 夫は息子を悩ます

(そうだ。エリザは子供に甘い。ノアが心の底から父親を求めれば、エリザは離婚を思いとどまるかもしれない。世間体もあるし、息子が父を慕っているのに追い出すのか? と言えば『形勢は逆転』する!)

 

オスカーはしゃがみ込み、底に向かって優しくも粘着質な声で呼びかけた。


「マリア? もう少し耐えられるか?」


その時、上にいるオスカーから思いもよらない言葉が投げかけられた。

彼は助けを呼ぶどころか信じがたいことに、と言ってきたのだ。



「パパ?」

「オスカー! こんな時に冗談はやめて!」


ノアは空を見上げ、首をかしげながら不思議そうに言った。

一方、マリアはそれを聞いて心の中で沸き上がる怒りを抑えきれず、厳しい口調で返した。


「ノア、マリア。災難だったね」

「何言ってるの!? 早くロープを持ってきなさいよ!」

 
マリアの金切り声を無視し、オスカーはノアだけに視線を注いだ。



「ノア、パパだぞ。助けてほしいか?」


ノアはこくりと頷いた。今の弱りきった子供には、父親へのがまだ残っていた。


「そうか、そうか。パパも助けてやりたい。……だがね、ノア。パパは今、とっても悲しいんだ」

 
オスカーは、芝居がかった仕草で胸を押さえた。


「お前が、あの『間男』……レオナルドのことを好きだなんて言うからだ。あいつは他人だぞ? お前の『本当のパパ』は私だけだ。そうだろ?」

 
ノアの表情が強張る。



「……レオナルドおじ様は、優しくて、強くて……」

「違う!」


オスカーの声が鋭く響いた。井戸の中で反響し、ノアがびくりと肩を震わせる。


「あいつは泥棒だ! かわいそうなパパからママを奪った悪い奴だ。……いいか、ノア。ここから出たかったら約束しろ」

 
オスカーは冷酷な条件を突きつけた。



「レオナルドのことは二度とパパとは呼ばないこと。それから、ママに会ったらこう言うんだ。『僕はパパと一緒に暮らしたい。パパを追い出さないで』とね。……さあ、言えるね?」


それは、七歳の子供に対する拷問に等しかった。心から慕うレオナルドを裏切れというのだ。
 
ノアは唇を噛み締めて俯いた。小さな拳が震えている。



「……いやだ」

 
蚊の鳴くような声だけど確固たる拒絶。


「なんだって?」

「いやだ! レオナルドおじ様は悪くない! 悪いのは、ママをいじめるあなただ!」

 
オスカーの顔から笑みが消えた。
 

「この期に及んで、まだあの男を選ぶのか」


プライドを傷つけられた怒りが、ふつふつと湧き上がる。



「……そうか。お前はまだ、自分が置かれている状況がわかっていないようだな」

 
オスカーは立ち上がった。そして、近くに落ちていた腐りかけた木の板を引きずってきた。



「ちょっと頭を冷やすといい。暗闇の中で、『誰が本当の保護者』なのか、じっくり考えるんだな」

 
ズズズ……と板が井戸の口を塞いでいく。わずかに残っていた空の光が細い線になり、やがて完全に遮断された。


「待って! オスカー! 私は関係ないでしょ!? 足が痛いのよ! お願い!」

 
マリアの悲鳴が聞こえるが、オスカーは無表情でその上に枯れ草や土を被せた。

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