私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい

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第42話 二人きりの外出

その日の朝、レインバーグ侯爵邸の離れは、これ以上ないほどの幸福な空気に満ちていた。
 
雲ひとつない青空の下、屋敷の玄関前には一台の馬車が待機している。ヴェルンシュタイン家の紋章が刻まれた、重厚かつ洗練された馬車だ。



「行ってらっしゃい、お母様! レオナルドおじ様!」

 
ノアが元気よく手を振った。今日、エリザとレオナルドは街に出かけることになっていた。

名目は社交的な催しに必要な衣装を整えることだったが、実際にはまだ何も決めていなくて、二人にとってはデートのようなものだった。


エリザは少し心配そうに振り返る。


「本当にいいの、ノア? 一緒に行かなくて」

「いいの! 僕、今日は読みかけの本があるし、家庭教師の先生も来るから。……それに」

 
ノアはレオナルドの裾をちょいっと引っ張り、小さな声で少し大人びた口調で言った。



「お母様をエスコートしてあげてね。二人きりで、ゆっくりしてきていいよ」

 
まだ子供ながら、そのませた気遣いにレオナルドは思わず顔をほころばせ、ノアの頭を無邪気に撫で回した。


「ああ、任せておけ。君のお母様を『世界一幸せな顔』にして帰ってくる」

「もう、二人とも……」

 
エリザは頬を染めながらも、幸せそうに微笑んだ。
 
馬車が砂利を踏みしめて遠ざかっていく。

ノアはそれが見えなくなるまで手を振り続け、やがて満足げに屋敷の中へと戻っていった。

 

しかし、その光景をじっとりとした視線で見つめる者がいた。本館の二階、埃っぽい窓の隙間からマリアが覗いていたのだ。


「……ふん、いい気なものね」

 
マリアは爪を噛んだ。彼女の着ているドレスは薄汚れており、腹は虫が鳴くほど空いている。
 
オスカーは昨夜から「金策だ!」と言って部屋にこもり、うわ言のようにブツブツ言っているだけ。

カイルは空腹でぐずって寝てしまった。

 

マリアは視線を離れの方へ戻す。ちょうど、裏口に大きな荷馬車が到着したところだった。
 
次々と運び込まれる木箱。絹織物、宝飾品、新しい家具。レオナルドがエリザとノアのために注文した品々だ。



「……あれ、一つくらい無くなっても分からないんじゃない?」

 
悪魔の囁きが聞こえた。いや、それは彼女自身のどす黒い欲望の声だった。
 
エリザとレオナルドはいないし、使用人たちは荷物の搬入でごった返している。
 
誰も、ことになど気づかないだろう。


「貰ってやるわ。私の惨めな人生への慰謝料として」

 
マリアは足音を忍ばせ、本館を抜け出した。



離れの裏口は、予想通り手薄だった。
 

「こちらの箱は二階へ!」


業者が叫び、侍女たちが慌ただしく走り回っている。マリアは身を低くし、植え込みの陰からタイミングを計って屋内に滑り込んだ。
 

離れに足を踏み入れると、廊下を歩くだけでその違いに圧倒された。

足元にはふかふかの絨毯が広がり、鮮やかに生けられた花が目を引く。そして何より、清潔で心地よい空気が漂っていた。



「こんな差、あり得ないわ……誰か、もう少し本館の掃除をしなさいよ」


オスカーたちが住んでいる本館は手入れがされておらず、荒れた雰囲気が漂っていた。

それに、本館にあった価値のある品々は、借金や生活費のためにすべて売り払ってしまったからだ。

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