私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい

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第48話 母は息子を心配する

「でも大丈夫だ! パパは違うぞ! パパだけはお前を一番に愛している! 間男と遊んでた冷たいママとはパパは違うんだ!」

 
オスカーは井戸のある方向へ近づき、足音を忍ばせて地面に向かって囁くように声を落とした。



「……聞こえてるか、ノア。ママはお前を捨ててデートに行ってたんだぞ。お前を助けてくれるのは私だけだ。……早く『あの男よりパパのほうがいい』と言え」

 
そして、また顔を上げて大声で叫ぶ。


「ノアー! 返事をしてくれー! パパは心配で胸が張り裂けそうだー!」

 
その声は夜空に虚しく響く。実際には、張り裂けそうなのは胸ではなく、笑いをこらえる腹の皮だった。
 
この悲劇の主人公である自分と、全てをコントロールしている全能感に彼は完全に酔っていた。

 
だがその行動が、決して取り返しのつかないを生んでいることを彼は知らない。
 
穴の底で聞く父親の声は救いの声ではなく、地獄の底から響くような恐怖の声であり、その声は子供の心に消えることなく深く刻まれていた。

 

夜は深まり、レインバーグ侯爵邸の庭園は冷たい静寂に包まれていた。

松明の火が風に煽られて揺れるたび、エリザの心もまた不安という嵐の中で翻弄されていた。


「ノアが見つからない……どこにも……」

 
エリザはその場に崩れ落ちそうになっていた。レオナルドが彼女の肩を支える。


「諦めてはいけない。必ず見つかる。私が、命に代えても」

 
その二人の姿を遠くから見ながら、オスカーは木陰で冷たい笑みを浮かべていた。
 


(もう少しだ。もう少し絶望させて、ノアの腹が減り、心が折れた頃合いを見計らって、私がをしてやる! さあ、長い夜の始まりだ。たっぷりと反省してもらうよ、私の愛する家族たち)

 
オスカーはポケットから、厨房からこっそり持ち出したパンを取り出し、それを餌に息子を手懐ける瞬間を思い描いていた。



「ノア……ノア……っ」


エリザの声は枯れ、足取りはおぼつかない。ドレスの裾は泥に汚れ、美しく結い上げられていた髪も乱れているが、彼女はそれを気にする様子もなかった。
 
ただひたすらに、愛する息子の名前を呼び続けていた。


「もう深夜だ。気温が下がっている。……あの子、寒がりなのに」

 
エリザはその場にへたり込んだ。暗闇の中で一人、震えて泣いている息子の姿を想像してしまうのだ。
 
それが自分のせいだと思ってしまい、胸が押しつぶされそうだった。



「エリザ、少し休むんだ。顔色が悪い」


レオナルドが駆け寄り、自分の上着を彼女の肩にかけた。
 
自分が幸せを感じていた数時間前。その時間にノアは消えてしまったのだから、その温もりが今のエリザには痛かった。



「……触るな!」

 
鋭い怒号が飛んだ。闇の中からオスカーが現れ、レオナルドの手を乱暴に振り払った。


「貴様のその汚らわしい手が、私の妻を、そして家族を壊したんだ!」

「オスカー殿下、今はそんな言い争いをしている場合では……」

「黙れ間男! よくもぬけぬけと!」

 
オスカーはエリザの前に立ちはだかり、レオナルドを睨みつけた。その目は異様なほどぎらついていた。

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