私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい

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第49話 息子は母を想う

「エリザ、見たか。これが『不貞の報い』だ。神が罰を下されたんだ」

 
オスカーはエリザの心の最も傷つきやすい部分を、あえて暴露するかのように突き刺してきた。


「君が母親としての自覚を捨て、この男と浮かれてデートなどしているから……ノアがいなくなったんだ! 君が殺したも同然だぞ!」

「っ……!」

 
エリザの喉から、悲鳴のような嗚咽が漏れた。

反論できない。事実、ノアの「行ってらっしゃい」という笑顔に甘えて自分は外出していた。



「私が……私が悪いの……? 私が、ノアを……」


母親としての愛情が深すぎるがゆえに、自分を責めてができなくなっていた。


「そうだ。だが、まだ間に合うかもしれない。……私が捜してくる。君はそこで、自分の罪を悔い改めて祈っているんだな」

 
オスカーはそう言い捨てると、ふらりと闇の中へ消えていった。
 
捜してくると言ったが、その足取りには焦りがなく、どこか確信めいたものが漂っていた。

 

オスカーは、捜索隊の明かりが届かない雑木林の奥へと進んだ。誰も見ていないことを確認し、足音を忍ばせて例の古井戸へ近づく。

ポケットの中には、ハンカチに包んだパンの塊と水筒が入っている。

 
彼はしゃがみ込み、カモフラージュしていた枯れ草と板を少しだけずらした。



「……おい。生きているか?」

 
小声で呼びかけると、底からすぐに反応があった。


「オスカー! やっと来たのね! もう嫌よ、出して! 暗いし、寒いし、足が痛くて死にそうなのよ!」

 
マリアの金切り声だ。その声を聞いて、オスカーは顔をしかめた。



「静かにしろ、馬鹿女。声が大きい。他の人間に見つかったらどうする」

「どうするも何もないわよ! 早く引き上げなさいよ!」

「ふん、元気そうで何よりだ」

 
オスカーは隙間からパンの欠片を落とした。ヒラヒラと闇に落ちていくそれは、まるで池の鯉に餌をやるような無造作さだった。


「ほら、食え。水もやる」

 
水筒の紐を解き、少しだけ下ろしてやる。底では、マリアが必死にパンを拾い集める音が聞こえた。その姿は、ただ生き延びようとする必死さに満ちていた。



「……ノア。お前はどうだ?」

 
オスカーは、もう一人の人質に声をかけた。


「パパの言うことを聞く気になったか? 『レオナルドなんか嫌いだ、パパがいい』と、ママの前で言う練習はできたか?」

 
沈黙。しばらくして、底から小さくもはっきりとした声が返ってきた。



「……食べ物なんて、いらない」

 
拒絶だった。


「なんだと?」

「パパは嘘つきだ。ママをいじめるし、レオナルドおじ様の悪口ばかり言う。……僕は、パパの言いなりにはならない」

 
七歳の子供とは思えない強固な意志に、オスカーのこめかみに青筋が浮かんだ。
 
ノアはから、飢餓に苦しみながらも父の誘いを拒んだ。



「ママはな、ノアが消えたのに、今もレオナルドと仲良く笑っていたぞ」

「ママの悪口を言うな! あんたなんか嫌いだ!」

「な、なにい!? お、お前こそ……パパの悪口を言うんじゃない!」


息子を前に、大人としての理性をすっかり失った父親の姿は、まるで幼稚な子供のようだった。



「生意気な。相変わらず可愛げのないガキだ。飢え死にしたいのか?」

「パパみたいな大人になるくらいなら、お腹が空いたほうがマシだ!」

 
その言葉は、オスカーの歪んだプライドを逆撫でした。


「……そうかよ。なら、勝手にしろ」

 
オスカーが板を戻そうとした時、マリアはその動きに反応して声を上げようとした。

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