私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい

文字の大きさ
59 / 104

第58話 夫は弁明と崩壊

その時、井戸からレオナルドが出てきた。泥を払いながらオスカーの前に立つ。

彼の視線は、静かに冷え切った鋭利な刃のようで、誰もが触れることを恐れるような威圧感を放っていた。



「オスカー殿下。……三文芝居はここまでだ」

「な、何を言っている! 私は……!」

 
オスカーは本能的な恐怖を感じて後ずさった。
 
自分が完全に包囲されており、全ての嘘が暴かれたことを悟った。だが、彼の矮小なプライドと保身の執念が、見苦しい言い訳を口走らせた。



「ち、違う! 誤解だ! マリアが勝手に離れに入って、ガキ……いや、ノアと一緒に落ちたんだ! 私は何も知らない! 全てこの女が勝手にやったことだ!」

 
オスカーは指を震わせながらマリアを指差した。
 

「ふざけないでよ……!」


マリアは足の痛みに耐えながらも、声を絞り出して叫び声を上げた。

 

しかし、オスカーが二人を突き落としたわけではないのだから、その弁明は事の始まりとしては事実だった。
 
だが――。



「ええ、そうでしょうね。転落自体は事故だったのでしょう」

 
レオナルドの氷のような声が、オスカーの反論を切り捨てた。


「問題は『その後』だ。……殿下は彼らがこの井戸の底にいることを知っていた。知っていながら救助をせず、あろうことか蓋をして光を奪い、実の息子を脅迫するための道具として放置した」

「そ、そんな証拠がどこに……!」

 
オスカーが叫んだ瞬間、レオナルドの背後の暗がりから音もなくダークが進み出た。



「私がこの目で確認し、この耳で聞いておりました」

 
ダークの無機質な声が響く。彼はレオナルドの命令でオスカーを監視していた。


「『朝になれば泣きついてくるだろう。大人しくしていろ』……そう言い残して、殿下がこの板の上に土を被せていく姿を部下が見ている。マリアへの口封じと、ノアへの脅迫の言葉を、一言一句違わず記録している」

「あ……」

 
オスカーの喉から、間の抜けた声が漏れた。
 


(まさか…ずっと見られていたのか!?)
 

レオナルドが勘違いだったと引き下がったのは、自分を泳がせるための罠だったのだ。
 
完璧だと思っていた自分の策は、最初からこの冷徹な騎士の手のひらの上で踊らされていたに過ぎなかった。



「マリアが勝手に落ちた? 私は知らない?」


レオナルドは一歩、また一歩とオスカーに詰め寄る。


「ならばなぜ、殿下はこの井戸に向かって話しかけていた? なぜ、ノアが『パパの言うことを聞けなかった』と怯えている? ……殿下の罪は、誘拐や不法侵入よりも重く、醜悪だ。実の子供の命と心を、己の保身のための天秤にかけたのだからな」

 
周囲を取り囲む無数の視線にオスカーは言葉を失った。使用人たちの目には怒り通り越して、汚物を忌避するような冷たさがあった。
 
彼らが持っている松明の火が、まるで罪人を裁く業火のようにオスカーを照らし出している。



「や、やめろ……そんな目で……見ないでくれ!」


声が震え、必死にその視線を避けようとした。

逃げ場はなく、言い訳も通用しない。それが、自分の愛する家族を裏切り続け、最後に最悪の選択をした男に与えられた当然の報いだった。

 
その時、ノアを抱きしめていたエリザが、何かを決意したかのように立ち上がった。
 
その瞳に、オスカーに向けられていた哀れみや、妻としての義務感は微塵も残っていなかった。
 
あるのは母としてのだけだった。

あなたにおすすめの小説

真実の愛の裏側

藍田ひびき
恋愛
アレックス・ロートン侯爵令息の第一夫人シェリルが療養のため領地へ居を移した。それは療養とは名ばかりの放逐。 男爵家出身でありながら侯爵令息に見初められ、「真実の愛」と持て囃された彼女の身に何があったのか。その裏に隠された事情とは――? ※ 他サイトにも投稿しています。

結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です

柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。 そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。 真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。 けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。 「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」 彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。 アンリは実は、亡き国王の婚外子。 皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。

この結婚は王命ですから。初夜で拒絶された花嫁です、それでは自由にやらせていただきます!

夏目みや
恋愛
「どうせ、形式だけの結婚だ。だから俺に期待するな。あんたは好きに生きればいい」 北部に嫁いできたシャルロットは夫となるイザークに、初夜で冷たく拒絶されてしまう。 南部の富豪、セバスティア侯爵家シャルロットと北部のイザーク・カロン侯爵。 北部と南部を結ぶ要となるこの結婚は、すなわち王命。 王命の重さ、理解してらっしゃいますか? ――まあ、いいか。そっちがその気なら、好きにやらせていただきます! 領地改革始めましょう。南部から持ってきた食料を市井にふるまい、お金だってジャンジャン使って景気よく! 好き勝手に過ごしていると、なぜか近づいてくる旦那様。 好きにしろと言ったのはそっちでしょう? なのに今さら距離を詰めてくるのはどうして? この結婚の本当の目的を、彼はまだ知らない――。

「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした

ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?  ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

旦那様、彼は仕事において必要不可欠なパートナーなのです

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵夫人フルールは、夫である伯爵と愛人の秘書に長年頭を悩ませていた。 何度夫に苦言を呈しても「彼女は仕事において必要不可欠なパートナーだから」と一切聞く耳を持たない。 困り果てていたそのとき、彼女は突然前世の記憶を取り戻した。 このままだと夫と愛人の真実の愛の犠牲になってしまう。 それだけは御免だ。 結婚五年目にして、彼女はようやく夫を見限り、新たな事業を立ち上げた。 そして事業を成功させたフルールの隣には、いつも同じ男が立っていた。 その男は誰なのかと問い詰める夫に、フルールはニッコリ笑って言った。 「彼は仕事において必要不可欠なパートナーなのです」と。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。