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第59話 父親失格の宣告
「ノア。少しだけ、アリスのところで休んでいなさい」
エリザは、自分の首にしがみついて離れない泥だらけの息子を、優しくも毅然とした手つきで引き剥がした。
そして、傍らに控えていた古参の侍女アリスにその小さな体を預けた。アリスは涙ぐみながらノアをしっかりと抱きとめ、彼の耳を塞ぐようにして数歩下がった。
これから始まることは、七歳の子供に見せるべき光景ではなかったからだ。
(ママ……?)
両手が空いたエリザは、ゆっくりとオスカーに向かって歩き出した。
その足取りに迷いはなかった。泥に汚れたドレスの裾を引きずりながら進む彼女の姿は、まるで戦場に向かう女王のような気高さを漂わせていた。
「エ、エリザ……違うんだ。これは、本当に誤解で……」
オスカーは、無言で迫りくる妻の威圧感に耐えきれず、後ずさりを始めた。
額からは脂汗が流れ落ち、目は宙を泳いでいる。
「私が……私がノアを危険な目に遭わせるはずがないだろう? 私はあの子の父親だぞ? 愛しているんだ。ただ、この女が勝手に……」
オスカーの言い訳が、みっともない震え声となって夜気に溶けかけた、その瞬間だった。
パァンッ!!
乾いて爆発するような破裂音が、庭園の空気を切り裂いた。
エリザが振り抜いた右手。それが、オスカーの左頬に全霊の力で叩きつけられた音だった。
「あ……?」
オスカーの顔が真横に弾き飛ばされ、彼はバランスを崩して無様に泥の上へと尻もちをついた。
頬には、くっきりと赤い手形が浮かび上がっている。打たれたショックと痛みに、オスカーは呆然と口を開けてエリザを見上げた。
エリザの右手は、まだ小さく震えていた。しかし、彼女を真っ直ぐに見下ろす瞳には、一筋の涙もなかった。
あるのは、地獄の底よりも冷たい絶対的な拒絶だけだった。
「……あなたは、『父親失格』です」
綺麗な声で響くような力強い宣告。
それは、結婚生活で積み重ねた屈辱や裏切りの悲しみ以上に、愛する息子の心を無残に踏みにじられたことへの一撃だった。
「エリ、ザ……」
「気安く私の名前を呼ばないで。貴方は自分の保身のために、ノアの『純粋な心を人質』に取りました。脅迫し、光を奪い、絶望の淵に突き落とした。……私は、どんな罪よりも、その卑劣さを絶対に許さない」
エリザの言葉は、オスカーの胸を鋭い刃のように切り刻んだ。
何も言い返せない。自分が最も恐れていた妻からの完全なる決別が、最悪の形で現実のものとなったのだ。
古井戸の周りを取り囲む使用人や警備兵たちは誰一人として声を発さず、ただ目の前で繰り広げられる王族の末路を冷ややかに見つめていた。
「痛いっ! 足が、足が折れてるのよ! 早く医者を呼んで頂戴!!」
その重苦しい空気を、場違いな金切り声がぶち壊した。泥だらけになって倒れていたマリアが、半狂乱になって叫び始めたのだ。
周囲の冷たい視線などお構いなしに、彼女は痛む右足を押さえながら憎悪の炎を燃やしてオスカーを睨みつけた。
エリザは、自分の首にしがみついて離れない泥だらけの息子を、優しくも毅然とした手つきで引き剥がした。
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これから始まることは、七歳の子供に見せるべき光景ではなかったからだ。
(ママ……?)
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その足取りに迷いはなかった。泥に汚れたドレスの裾を引きずりながら進む彼女の姿は、まるで戦場に向かう女王のような気高さを漂わせていた。
「エ、エリザ……違うんだ。これは、本当に誤解で……」
オスカーは、無言で迫りくる妻の威圧感に耐えきれず、後ずさりを始めた。
額からは脂汗が流れ落ち、目は宙を泳いでいる。
「私が……私がノアを危険な目に遭わせるはずがないだろう? 私はあの子の父親だぞ? 愛しているんだ。ただ、この女が勝手に……」
オスカーの言い訳が、みっともない震え声となって夜気に溶けかけた、その瞬間だった。
パァンッ!!
乾いて爆発するような破裂音が、庭園の空気を切り裂いた。
エリザが振り抜いた右手。それが、オスカーの左頬に全霊の力で叩きつけられた音だった。
「あ……?」
オスカーの顔が真横に弾き飛ばされ、彼はバランスを崩して無様に泥の上へと尻もちをついた。
頬には、くっきりと赤い手形が浮かび上がっている。打たれたショックと痛みに、オスカーは呆然と口を開けてエリザを見上げた。
エリザの右手は、まだ小さく震えていた。しかし、彼女を真っ直ぐに見下ろす瞳には、一筋の涙もなかった。
あるのは、地獄の底よりも冷たい絶対的な拒絶だけだった。
「……あなたは、『父親失格』です」
綺麗な声で響くような力強い宣告。
それは、結婚生活で積み重ねた屈辱や裏切りの悲しみ以上に、愛する息子の心を無残に踏みにじられたことへの一撃だった。
「エリ、ザ……」
「気安く私の名前を呼ばないで。貴方は自分の保身のために、ノアの『純粋な心を人質』に取りました。脅迫し、光を奪い、絶望の淵に突き落とした。……私は、どんな罪よりも、その卑劣さを絶対に許さない」
エリザの言葉は、オスカーの胸を鋭い刃のように切り刻んだ。
何も言い返せない。自分が最も恐れていた妻からの完全なる決別が、最悪の形で現実のものとなったのだ。
古井戸の周りを取り囲む使用人や警備兵たちは誰一人として声を発さず、ただ目の前で繰り広げられる王族の末路を冷ややかに見つめていた。
「痛いっ! 足が、足が折れてるのよ! 早く医者を呼んで頂戴!!」
その重苦しい空気を、場違いな金切り声がぶち壊した。泥だらけになって倒れていたマリアが、半狂乱になって叫び始めたのだ。
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