私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい

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第66話 王女は恋を後押し

「すぐに戻る。すべて終わらせてくるから」


レオナルドは、そう言い残し屋敷を出ていたのだ。

彼がエリザとノアのそばを離れたのは決して冷たさからではなく、自分たちを完全に自由にするための最後の戦いに赴いていたからだった。



「彼の剣幕に、法務卿も震え上がっていたとか。……ふふっ、『本当に頼もしい殿方』ですね」

 
ヴィヴィアンは口角に柔らかな笑みをのぞかせた。


「結論から言えば、王室は今回の件を重く受け止め、ヴェルンシュタイン卿の提出した訴えを全面的に支持します。オスカーの王籍剥奪と侯爵位の返上、そして貴女との離婚は、特例中の特例として数日のうちに法的に成立するでしょう。レインバーグ家の財産は、ノアの養育費および貴女への慰謝料としてすべて譲渡される手筈が整っています」

 
それは、エリザが侯爵夫人という檻から完全に解き放たれることを意味していた。
 
オスカーはもう、法的に何の力も持たなくなる。彼がエリザやノアに触れることは、二度と許されないのだ。



「そんな……私とノアに、そこまでして頂けるなんて」

「妻と子の『当然の権利』です。むしろ、これでも足りないくらいよ」

 
ヴィヴィアンは立ち上がり、エリザの隣に腰を下ろした。そして、彼女の細い肩を優しく抱き寄せた。


「エリザ。……もう、自分を犠牲にする生き方はやめなさい。貴女は今日、オスカーの妻という鎖を断ち切った。これからは、『貴女自身の幸せ』のためだけに生きていいのよ」

「私の、幸せ……」

「ええ」

 
ヴィヴィアンはエリザの目を真っ直ぐに見つめ、いたずらっぽく微笑んだ。



「王宮で血眼になって書類を捌いている、あの銀髪の彼……貴女のためなら国の一つや二つ、平気でひっくり返しそうな目をしていたわよ」

「レオナルド、様……」

 
その名前を口にした瞬間、エリザの胸の奥がじんわりと熱くなり、頬が朱に染まるのを感じた。
 
彼がどれほど自分を愛し、守ろうとしてくれたか。絶望の淵にいた自分を、その強靭な腕と揺るぎない心で引き上げてくれたか。
 

もう、誤魔化す必要はない。という言い訳もいらない。
 
エリザの心はすでに、レオナルドというただ一人の男に対する濃密な愛情で満ち溢れていた。



「待たせてはいけないわ、エリザ。あの『誠実すぎる男』は、貴女が頷くまで、一生貴女の部屋の扉の前で膝をついて警護し続けるつもりよ」

「ふふっ……ええ、本当に……あの方は、そういう人です」

 
エリザは涙を拭い、この数年間で花が綻ぶような最も美しい笑顔を見せた。

その笑顔を見たヴィヴィアンも、心から安堵したように息を吐いた。



「さあ。未来の話はこれくらいにして……今一番大切な、『私たちの宝物』のところへ行きましょうか」



静かな寝室の中。ベッドの上ではノアが小さな体を丸め、浅い呼吸を繰り返していた。
 
鎮静剤が効いているはずだが、彼の額には汗が滲み眉間に苦しさが見える。


「怖いよ……ママ、助けて……」


時折、ビクッと体が跳ねると、細い声でうわ言を漏らしていた。

暗い井戸の底で、父親から受けた心を抉るような言葉の暴力。その恐怖の余韻が、まだ七歳の彼の心を苛み続けているのだ。

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