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第62話 王女の来訪
空はどんよりとした鉛色の雲に覆われ、冷たい風がレインバーグ侯爵邸の庭園の木々を揺らしていた。
豪奢な装飾が施された王家の馬車がエントランスに滑り込むと、張り詰めた空気の中に一人の女性が降り立った。
オスカーの姉であり、現国王の妹でもあるヴィヴィアン王女だった。
彼女は華美な飾りを削ぎ落とし、喪服に近い漆黒のドレスに身を包んでいた。
その美しい顔立ちには、王族特有の優雅さよりも、悲痛な怒りと深い疲労が色濃く刻まれている。
「エリザ……!」
応接室に入るなり、ヴィヴィアンは出迎えたエリザの手を両手で強く握りしめた。
そして、王族としての矜持も、身分差もかなぐり捨て深々と頭を下げたのだ。
「申し訳ありません……! 私の、私たちの不徳の致すところです。愚かな弟が、貴女に、そして愛するノアにどれほどの苦痛を与えたか……。どんな言葉で謝罪しても足りません」
「ヴィヴィアン様、お顔を上げてください。貴女が頭を下げることではありませんわ」
エリザは静かに首を振った。
ヴィヴィアンは聡明で、何より正義感の強い女性だった。弟の不出来を誰よりも嘆き、そして甥であるノアを実の息子のように溺愛していたことをエリザはよく知っている。
「ノアの様子は……? 怪我はなかったと聞きましたが」
「体には、目立った外傷はありません。ですが……」
エリザの瞳が、ふっと暗く沈んだ。
「心は、ひどく傷ついています。暗い部屋を異常に恐れ、少しでも物音がすると毛布を被って震え上がるのです。『パパの言うことを聞かなかったから、ぼくは悪い子なんだ』と、自分を責め続けて……昨夜も、睡眠薬がなければ眠れませんでした」
その言葉を聞いた瞬間、ヴィヴィアンの目から大粒の涙が溢れ落ちた。
あんなに明るく、騎士になるのだと木剣を振り回していた愛らしい甥が、実の父親の手によって心を壊された。
その凄惨な事実は、ヴィヴィアンの胸を鋭いナイフで抉り回した。
「……オスカーは、どこにいるのですか」
ヴィヴィアンが顔を上げた時、その涙で濡れた瞳の奥には、身内に対する一切の情を焼き尽くした冷酷なまでの怒りの炎が宿っていた。
レオナルドは今、王宮への正式な報告や騎士団との手続き等で屋敷を空けている。この場には、傷ついた妻と激怒する姉しかいない。
「あの男は今、どこで反省しているのです。牢獄ですか? それとも地下牢ですか?」
「いいえ」
エリザは氷のように冷たい声で答えた。
「彼は今、ノアの気持ちを味わっています。……ご案内いたしますわ」
屋敷の裏手。鬱蒼と茂る雑木林の奥には、薄暗くひんやりとした空気が漂っている。
ノアとマリアが閉じ込められていた古井戸の前に、二人の女性は立っていた。
井戸の上には重い木板が半分ほど被せられ、微かな光と空気だけが通るようになっている。そこには、無表情で警戒を怠らない二人の警備兵が立っていた。
「……ここですか」
「はい。食事は一日一回、硬いパンと水だけを与えています。彼がノアにしたことと全く『同じ条件』で」
エリザの言葉を聞いた瞬間、ヴィヴィアンは息を呑んだまま動けなかった。
豪奢な装飾が施された王家の馬車がエントランスに滑り込むと、張り詰めた空気の中に一人の女性が降り立った。
オスカーの姉であり、現国王の妹でもあるヴィヴィアン王女だった。
彼女は華美な飾りを削ぎ落とし、喪服に近い漆黒のドレスに身を包んでいた。
その美しい顔立ちには、王族特有の優雅さよりも、悲痛な怒りと深い疲労が色濃く刻まれている。
「エリザ……!」
応接室に入るなり、ヴィヴィアンは出迎えたエリザの手を両手で強く握りしめた。
そして、王族としての矜持も、身分差もかなぐり捨て深々と頭を下げたのだ。
「申し訳ありません……! 私の、私たちの不徳の致すところです。愚かな弟が、貴女に、そして愛するノアにどれほどの苦痛を与えたか……。どんな言葉で謝罪しても足りません」
「ヴィヴィアン様、お顔を上げてください。貴女が頭を下げることではありませんわ」
エリザは静かに首を振った。
ヴィヴィアンは聡明で、何より正義感の強い女性だった。弟の不出来を誰よりも嘆き、そして甥であるノアを実の息子のように溺愛していたことをエリザはよく知っている。
「ノアの様子は……? 怪我はなかったと聞きましたが」
「体には、目立った外傷はありません。ですが……」
エリザの瞳が、ふっと暗く沈んだ。
「心は、ひどく傷ついています。暗い部屋を異常に恐れ、少しでも物音がすると毛布を被って震え上がるのです。『パパの言うことを聞かなかったから、ぼくは悪い子なんだ』と、自分を責め続けて……昨夜も、睡眠薬がなければ眠れませんでした」
その言葉を聞いた瞬間、ヴィヴィアンの目から大粒の涙が溢れ落ちた。
あんなに明るく、騎士になるのだと木剣を振り回していた愛らしい甥が、実の父親の手によって心を壊された。
その凄惨な事実は、ヴィヴィアンの胸を鋭いナイフで抉り回した。
「……オスカーは、どこにいるのですか」
ヴィヴィアンが顔を上げた時、その涙で濡れた瞳の奥には、身内に対する一切の情を焼き尽くした冷酷なまでの怒りの炎が宿っていた。
レオナルドは今、王宮への正式な報告や騎士団との手続き等で屋敷を空けている。この場には、傷ついた妻と激怒する姉しかいない。
「あの男は今、どこで反省しているのです。牢獄ですか? それとも地下牢ですか?」
「いいえ」
エリザは氷のように冷たい声で答えた。
「彼は今、ノアの気持ちを味わっています。……ご案内いたしますわ」
屋敷の裏手。鬱蒼と茂る雑木林の奥には、薄暗くひんやりとした空気が漂っている。
ノアとマリアが閉じ込められていた古井戸の前に、二人の女性は立っていた。
井戸の上には重い木板が半分ほど被せられ、微かな光と空気だけが通るようになっている。そこには、無表情で警戒を怠らない二人の警備兵が立っていた。
「……ここですか」
「はい。食事は一日一回、硬いパンと水だけを与えています。彼がノアにしたことと全く『同じ条件』で」
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