私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい

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第93話 子供たちの清算

カイルは、ノアの顔を直視できなかった。ノアの胸元には銀色の鎖が輝き、からくり時計がカチカチと規則正しい音を立てているのが見えた。
 
カイルは息を呑んだ。自分が完全に壊してしまったはずの時計が直っている。



(ぼくが……ぼくが、壊したのに……)


押し寄せる罪の意識に耐えきれず、カイルはノアの目の前でギュッと目をつむり、腰を90度に曲げて深く頭を下げた。


「ごめんなさいっ!!」


絞り出すようだが、テラス中に響き渡る大きな声だった。



「ごめんなさい……ノア、ごめんなさいっ……!」

「カイル……?」

「ぼく、ノアにひどいことした……! バカにしたり、いじめたりした……! 時計も、ぼくが壊したっ……! ママが、それでいいって言ったから……でも、あれは嘘だった……ぼくが、ぼくが悪かったの! ほんとに、ほんとに、ごめんなさいっ……!」


カイルの目から、堰を切ったように大粒の涙が溢れ出し、テラスの床にポタポタと黒い染みを作っていった。
 
初めての自分の意思による、心からの謝罪だった。
 
許されないかもしれない。怒鳴られて、叩かれるかもしれない。恐怖で全身を震わせながら、それでもカイルは頭を上げなかった。



(かわいそう)


ノアは、目の前で泣きじゃくるカイルを静かに見つめていた。
 
少し前までのノアなら、カイルの姿を見ただけで怯えて、エリザの後ろに隠れてしまっていただろう。
 
しかし今のノアは違った。彼は自分の胸元にある時計にそっと手を当てた。
 

レオナルドおじ様が直してくれた大切な宝物。そして、自分を命懸けで守ってくれるママと最強の騎士様。
 
ノアの心は彼らの愛によって、一滴の隙間もないほどに満たされていた。自分の心に余裕があるからこそ、ノアは震えているカイルがだと思えた。

ノアは一歩前に出ると、カイルの肩にポンと小さな手を置いた。



「……もう、いいよ」

「えっ……?」

「時計は、レオナルドおじ様が直してくれたから。それに、ぼく、もう泣き虫じゃないし、弱虫でもないから。だから……もういじめないって約束するなら、許してあげる」


カイルは弾かれたように顔を上げた。ノアの亜麻色の瞳には、憎しみも怒りもなかった。ただ真っ直ぐに、カイルを見据える強さと優しさがあった。


「ノア……っ、うわぁぁぁんっ!! ごめん……ごめん……」


カイルは堪えきれず、その場にへたり込んで声を上げて泣き崩れた。
 
許された安心と、ノアの圧倒的な優しさへの痛感。カイルは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、何度も何度もと繰り返した。



その光景を、テーブルの席から静かに見つめていたエリザの胸中は、複雑に揺れ動いていた。
 
ノアをいじめ、大切な時計を壊したカイル。あの時の憎しみや怒りが、完全に消え去ったわけではない。

我が子を守る母親として、マリアの血を引くこの少年を、屋敷から追い出してしまうのが一番安全な道かもしれない。


(でも)


しかしカイルの、あそこまでボロボロになって泣き叫ぶ姿を見て、エリザの胸の奥底にある、もう一つの感情が静かに目を覚ましていた。



(この子もまた……マリアの被害者なのね)


親から「人を愛すること」「他者を思いやること」を教わらず、「奪うこと」だけが正しいと教え込まれて育った子供。
 

(マリアがいなくなった今、誰もこの子に正しい道を教えてやらなかったら、この子は一生、罪と孤独を抱えたまま、歪んだ大人になってしまう)
 

それは、マリアと同じになるということだ。

エリザは、そっとティーカップを置くと静かに立ち上がった。
 
そして、泣きじゃくるカイルの前に歩み寄り、膝を折って彼と同じ目線にまで顔を下ろした。

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