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第100話 冷酷なる宣告
その騒ぎを聞きつけ、その様子を見下ろす四つの影があった。エリザ、レオナルド、そしてノアとカイルの四人である。
彼らは清潔な衣服に身を包み、穏やかな陽光を背に受けて立っていた。
かつての夫と、かつての母親が、数十人の男たちに見世物のように囲まれながら、泣き喚いて体を洗っている。あまりにも惨めで滑稽で、直視に堪えない光景だった。
(オスカー、この結末も、あなた自身の選択の代償です。……それにしても、この香り、頭がくらくらしますわ……屋敷の空気まで台無しにされそうですわね)
しかし、エリザの美しい瞳には、一欠片の同情も悲哀すらも宿っていなかった。
「……まるで、ドブに落ちたネズミのようだな」
エリザの腰を抱き寄せるようにして立つレオナルドが、吐き捨てるように呟いた。エリザは無言のまま、氷のように冷徹な眼差しで二人を見下ろしている。
その視線に気づいたのか、体を洗っていたオスカーが弾かれたように顔を上げた。
そして、元妻に寄り添う憎き男の姿を見た瞬間、彼の胸に身を焦がすような嫉妬と、見当違いの希望が湧き上がった。
「エ、エリザ……! エリザァッ!!」
オスカーは半裸の濡れた体のまま、エリザに向かって泥だらけの腕を伸ばした。
「頼む、エリザ! 君の権限で、この無礼な衛兵どもを止めてくれ! こんな恥辱、もう耐えられない! 私が悪かった、私が愚かだった! だから許してくれ、もう一度私を……愛してくれ!?」
自己中心極まりない見苦しい命乞い。自分がこれほど惨めな姿を晒せば、かつて自分を愛していた妻なら同情して許してくれるはずだという、甘え腐った思考の産物だった。
エリザは、冷ややかな視線をオスカーの血走った目に真っ直ぐに向けた。そして、凛とした声で一言だけ告げた。
「――何を言っているのかしら。今の貴方には、その泥と汚物にまみれた姿こそが、一番お似合いですわ」
「な……っ」
心を砕くような宣告。そこに怒りや憎しみがあれば、まだ救いがあったかもしれない。しかしエリザの声にあったのは、道端の汚物を眺めるような完全なる軽蔑だった。
オスカーは雷に打たれたように硬直した。エリザの心の中に自分という存在が微塵も残っていないことを、その冷酷な一瞥が証明していた。
オスカーの心の中で、最後の希望の糸がプツリと切れる音がした。
一方で、マリアもまた子供の姿を見つけていた。エリザの背後に隠れるようにして立っている金髪の少年。
「カ、カイル……! カイル!?」
マリアは這いつくばるようにして、震える声を張り上げた。
「私のカイル! ママよ、ママを助けてちょうだい! あなたからもエリザ様に頼んで! ママをこんなひどい目に遭わせないでって……お願い、カイルゥッ!!」
狂乱して、顔を涙と泥でぐしゃぐしゃにしながら助けを求める母親だった。
彼らは清潔な衣服に身を包み、穏やかな陽光を背に受けて立っていた。
かつての夫と、かつての母親が、数十人の男たちに見世物のように囲まれながら、泣き喚いて体を洗っている。あまりにも惨めで滑稽で、直視に堪えない光景だった。
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しかし、エリザの美しい瞳には、一欠片の同情も悲哀すらも宿っていなかった。
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その視線に気づいたのか、体を洗っていたオスカーが弾かれたように顔を上げた。
そして、元妻に寄り添う憎き男の姿を見た瞬間、彼の胸に身を焦がすような嫉妬と、見当違いの希望が湧き上がった。
「エ、エリザ……! エリザァッ!!」
オスカーは半裸の濡れた体のまま、エリザに向かって泥だらけの腕を伸ばした。
「頼む、エリザ! 君の権限で、この無礼な衛兵どもを止めてくれ! こんな恥辱、もう耐えられない! 私が悪かった、私が愚かだった! だから許してくれ、もう一度私を……愛してくれ!?」
自己中心極まりない見苦しい命乞い。自分がこれほど惨めな姿を晒せば、かつて自分を愛していた妻なら同情して許してくれるはずだという、甘え腐った思考の産物だった。
エリザは、冷ややかな視線をオスカーの血走った目に真っ直ぐに向けた。そして、凛とした声で一言だけ告げた。
「――何を言っているのかしら。今の貴方には、その泥と汚物にまみれた姿こそが、一番お似合いですわ」
「な……っ」
心を砕くような宣告。そこに怒りや憎しみがあれば、まだ救いがあったかもしれない。しかしエリザの声にあったのは、道端の汚物を眺めるような完全なる軽蔑だった。
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オスカーの心の中で、最後の希望の糸がプツリと切れる音がした。
一方で、マリアもまた子供の姿を見つけていた。エリザの背後に隠れるようにして立っている金髪の少年。
「カ、カイル……! カイル!?」
マリアは這いつくばるようにして、震える声を張り上げた。
「私のカイル! ママよ、ママを助けてちょうだい! あなたからもエリザ様に頼んで! ママをこんなひどい目に遭わせないでって……お願い、カイルゥッ!!」
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