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第94話 慈愛深い母
「カイル」
エリザの静かで凛とした声に、カイルはビクッと肩を震わせ恐る恐る顔を上げた。
(怒られる)
今度こそ、屋敷から追い出される。そう覚悟したカイルの目に飛び込んできたのは、冬の陽だまりのように温かく、そしてどこまでも深い慈愛に満ちたエリザの眼差しだった。
「貴方がノアにしたことは、決して消えることはありません。貴方が壊したものの痛みは、ノアの心の中に残るわ」
エリザの言葉は厳しかった。しかし、その手は優しくカイルの涙で濡れた頬を包み込んだ。
「でも、貴方は自分の足で立ち、自分の言葉で謝ることができた。それは、とても勇気のいる、立派なことよ」
「エリザ、おばさん……」
「貴方の母親は、貴方に間違ったことばかりを教えてしまった。だから……これからは、私が貴方に『正しいこと』を教えます。人を愛すること、過ちを認めること、そして、誰かを守れる強い大人になること。たくさん、たくさん学んでもらうわ」
エリザの言葉は、まるで重く冷たい呪縛を解き放つ魔法のようだった。
カイルは、ポロポロと新しい涙をこぼした。今までの不安と孤独が、嘘のように溶けていく。
この屋敷には、自分の過ちを許し、正しい道を示してくれる大人がいる。ママが教えなかった本当の強さと温かさが、ここには溢れているのだ。
「うぅ……っ、うわぁぁぁん!! ごめんなさい、おばさん、ごめんなさいっ!!」
カイルは堪えきれず、エリザの首にすがりつき、顔を押し当てて泣きじゃくった。
エリザは、優しくカイルの背中をポンポンと叩いた。ノアもカイルの頭を優しく撫で、その光景をレオナルドは温かくも鋭い瞳で静かに見守っていた。
彼の中に、エリザという女性に対する果てしない尊敬と、熱烈なまでの愛情が湧き上がっていた。
己の子を虐げた憎き女の子供でさえも、深い母性と貴族としての矜持で包み込み、正しい道へと導こうとする彼女の気高さ。
レオナルドは、そんな彼女を一生かけて守り抜き、この穏やかで強い家族を支え続けることを改めて心に誓うのだった。
それから数日後。レインバーグ邸の明るい日差しの差し込む書斎。
ノアの家庭教師が教えている小さな机の隣には、もう一つ真新しい椅子が並べられていた。
「ノア、ここの計算、どうしても合わないんだけど……」
真剣な顔つきで羽根ペンを握るカイルが、隣のノアにこっそりと耳打ちする。
「あ、ここはね、カイル。先にこっちを計算してから、足すんだよ。ほら、レオナルドおじ様がこの間教えてくれたやり方」
「あーっ! そっか、わかった! ありがとう、ノア!」
二人の少年は頭を寄せ合って、嬉しそうに笑い合った。
過去の因縁と過ちは、決して無かったことにはならない。しかし彼らは今、同じ机で学び同じ屋根の下でご飯を食べ、共に新しい時間を刻み始めている。
書斎の扉の隙間からその光景をそっと覗き込んでいたエリザの腰を、背後からレオナルドの大きく温かい腕が優しく包み込んだ。
「良い顔をしているな、二人とも」
レオナルドの低い声が耳元をくすぐり、エリザはフフッと微笑んで彼の胸に寄りかかった。
「ええ。カイルも、本当に素直な良い子になりました。……少しは、私の教えが届いているのかしら」
「もちろん。君の温かさに触れて、変わらない子供なんていない。……君は、本当に強くて、美しい人だ」
レオナルドがエリザの額に優しい口付けを落とす。
窓の外の小鳥のさえずりと、子供たちの楽しげな声が混ざる中、エリザは頬を赤らめ甘く幸福な気持ちに目を閉じた。
エリザの静かで凛とした声に、カイルはビクッと肩を震わせ恐る恐る顔を上げた。
(怒られる)
今度こそ、屋敷から追い出される。そう覚悟したカイルの目に飛び込んできたのは、冬の陽だまりのように温かく、そしてどこまでも深い慈愛に満ちたエリザの眼差しだった。
「貴方がノアにしたことは、決して消えることはありません。貴方が壊したものの痛みは、ノアの心の中に残るわ」
エリザの言葉は厳しかった。しかし、その手は優しくカイルの涙で濡れた頬を包み込んだ。
「でも、貴方は自分の足で立ち、自分の言葉で謝ることができた。それは、とても勇気のいる、立派なことよ」
「エリザ、おばさん……」
「貴方の母親は、貴方に間違ったことばかりを教えてしまった。だから……これからは、私が貴方に『正しいこと』を教えます。人を愛すること、過ちを認めること、そして、誰かを守れる強い大人になること。たくさん、たくさん学んでもらうわ」
エリザの言葉は、まるで重く冷たい呪縛を解き放つ魔法のようだった。
カイルは、ポロポロと新しい涙をこぼした。今までの不安と孤独が、嘘のように溶けていく。
この屋敷には、自分の過ちを許し、正しい道を示してくれる大人がいる。ママが教えなかった本当の強さと温かさが、ここには溢れているのだ。
「うぅ……っ、うわぁぁぁん!! ごめんなさい、おばさん、ごめんなさいっ!!」
カイルは堪えきれず、エリザの首にすがりつき、顔を押し当てて泣きじゃくった。
エリザは、優しくカイルの背中をポンポンと叩いた。ノアもカイルの頭を優しく撫で、その光景をレオナルドは温かくも鋭い瞳で静かに見守っていた。
彼の中に、エリザという女性に対する果てしない尊敬と、熱烈なまでの愛情が湧き上がっていた。
己の子を虐げた憎き女の子供でさえも、深い母性と貴族としての矜持で包み込み、正しい道へと導こうとする彼女の気高さ。
レオナルドは、そんな彼女を一生かけて守り抜き、この穏やかで強い家族を支え続けることを改めて心に誓うのだった。
それから数日後。レインバーグ邸の明るい日差しの差し込む書斎。
ノアの家庭教師が教えている小さな机の隣には、もう一つ真新しい椅子が並べられていた。
「ノア、ここの計算、どうしても合わないんだけど……」
真剣な顔つきで羽根ペンを握るカイルが、隣のノアにこっそりと耳打ちする。
「あ、ここはね、カイル。先にこっちを計算してから、足すんだよ。ほら、レオナルドおじ様がこの間教えてくれたやり方」
「あーっ! そっか、わかった! ありがとう、ノア!」
二人の少年は頭を寄せ合って、嬉しそうに笑い合った。
過去の因縁と過ちは、決して無かったことにはならない。しかし彼らは今、同じ机で学び同じ屋根の下でご飯を食べ、共に新しい時間を刻み始めている。
書斎の扉の隙間からその光景をそっと覗き込んでいたエリザの腰を、背後からレオナルドの大きく温かい腕が優しく包み込んだ。
「良い顔をしているな、二人とも」
レオナルドの低い声が耳元をくすぐり、エリザはフフッと微笑んで彼の胸に寄りかかった。
「ええ。カイルも、本当に素直な良い子になりました。……少しは、私の教えが届いているのかしら」
「もちろん。君の温かさに触れて、変わらない子供なんていない。……君は、本当に強くて、美しい人だ」
レオナルドがエリザの額に優しい口付けを落とす。
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