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他の女の子は、身長も胸も大きくなるのに、私には一向に成長期というものが訪れませんでした。そしてあまりに小さい私は、周りの人から奇妙な目で見られ、そして軽んじられるようになりました。無意味なことをされる回数が、日に日に多くなっていきました。私はそれをされる度に、なぜそうするのかを考えます。原因を探求し、解決しようと試みます。しかし、回数が多すぎて、答えが追いつかなくなっていきました。そして、私は何かをされると、機械的に、「楽しいからやるのだ」という結論を導出するようになりました。実際それをやるとき、ニヤニヤとしながら実行しているので、そこまで遠い理由でもないと、私は思いました。
あの日以来、私はクラスメートから傷害を負うことはなくなりました。そして、落書きや盗難といったものが、起きるようになりました。ある日、体育着が泥水で汚れ、悪臭が漂っていました。私はそれを蛇口で洗いました。すると、後ろから誰かが頭を押してきて、私は水に顔を押し付けられました。後ろを振り向けば、クラスメートが私を指さして、顔を歪めて笑っていました。私は、私を見て笑う彼女を見て、ふと、楽しそうだと感じました。そう思うと、私が服を濡らし口に泥を含んだことも、決して損ではないように思えました。その程度のことしか、あの日以来、学校では起きていませんでした。
そして私は、体は小さいまま、小学校を卒業し、中学校に進学しました。中学校には、別の小学校からも集まってきます。その中でも私は、ダントツの小ささでした。色々な人が、私をかまってくれました。私のことを可愛い可愛いと言ってくれました。私はそれを、純粋に嬉しく感じていました。そして流されるままに、私はクラスメートの愛玩人形となりました。毎日毎日、私はクラスメートと抱き合いました。クラスメートは喜んでくれました。
しかし、私がそのようなことをすると、不幸な気持ちになってしまう人がいるのです。最初は、ただのちょっかいでした。小学校のように、ものを隠されたり、水をかけられたりするだけでした。しかし私はある日突然、クラスメートに連れて行かれました。そして服を脱がされ、体を痛みつけられました。すっかりくたびれた私に、チクったら殺すとだけ言って、去って行きました。私自身の問題なのに、どうして他人に言う必要があるのでしょうか? 私は誰にも、そのことは言いませんでした。
そして毎日毎日、その人に連れていかれては、体を痛みつけられました。そして私を痛みつけている間、その人は笑っていました。楽しそうに、笑っていました。しかし私はその笑顔が、純粋なものには思えませんでした。楽しいからやっているのでしょうが、実際楽しそうなのですが、なんというか、幸せそうには、全く見えませんでした。暴行は段々とエスカレートし、ある時、私は失神してしまいました。そして気づくと、私1人で、床で寝ていました。
ある時は自殺の予行練習と言われ、即席の首吊り縄で首を釣るよう言われました。私は嫌なので、嫌と言いました。するといつも通りの暴行が始まりました。しかしそれだけでした。痛みによる疲労は凄まじいものがあり、私は段々と、寝不足になってきました。寝る時間を増やしても、中々疲労は回復しないのです。友人や家族に、疲れているのかと、ある日聞かれました。私はその時、暴行について話しました。皆、目を丸くしていました。そして、あの時と同じように、私の家に、その人が、お母さんと一緒にやってきました。その人は険しい顔をして俯いていました。
お母さんは何度も謝ってくれましたが、その人は、お母さんに背中を叩かれて、しぶしぶ謝ると言った具合でした。私はその人に、なぜこんなことをしたのかと、尋ねました。私がしばらく、考えていなかったことでした。彼女はボソリと、言いました。
「アンタが嫌いだから」
私は彼女がクラスメートであるということは知っていますが、ロクに話したことがありません。嫌われるほど、私は彼女と付き合ったことがないのです。そのことを指摘しました。すると、こう言いました。
「アンタがムカツクから、ウザイから」
私は驚きました。あの日のあの子と全く同じ動機だったのです。私はそれ以上追求するのはやめました。ムカツクという気持ちについて尋ねれば、きっと彼女はさらに私にムカツクのでしょう。私はやっと、気づきました。私が私として私らしく振舞っているだけで、不幸になってしまう人がいるのだということを。
普通に考えれば、そういう人とはできる限り縁を薄くすれば良いだけの話です。しかし、ムカツクという感情の下では、それだけでは済まないようなのです。さっきから何度も、お母さんが謝ってくれます。彼女もしぶしぶと謝ってくれます。私は考えました。しかしきっと、カモミールティーのような癒やしを与えても、彼女は幸せにはなれないのだと思うと、何もできませんでした。
私が彼女の幸せを考えるということ自体、彼女にとって、大きなお世話なのかも知れません。もしかしたら、不幸になるのも、個人の自由なのかも知れません。しかし、私はどうしても、彼女のような人に、幸せになってほしいと願ってしまうのです。なぜならば、彼女が不幸だと思うからです。不幸とは、幸せを感じられない状態のことだからです。この世界の美しい輝きを、心はずむものを認識できない日々というものが、私には想像できません。もしそれがなくなってしまったら、あるいは限りなく少なくなってしまったら、私は正気を保てる自信がありません。そしてきっと彼女がそういう人間だと思うと、私は涙さえ出てくるのです。
彼女にとってこの気遣いが非常に邪魔で不愉快なものであったとしても、そう感じてしまうのです。私のエゴです。しかし、そう感じてしまうのです。しかし、私は彼女を救うことができないのです。なぜならば、彼女は不幸だから――
あの日以来、私はクラスメートから傷害を負うことはなくなりました。そして、落書きや盗難といったものが、起きるようになりました。ある日、体育着が泥水で汚れ、悪臭が漂っていました。私はそれを蛇口で洗いました。すると、後ろから誰かが頭を押してきて、私は水に顔を押し付けられました。後ろを振り向けば、クラスメートが私を指さして、顔を歪めて笑っていました。私は、私を見て笑う彼女を見て、ふと、楽しそうだと感じました。そう思うと、私が服を濡らし口に泥を含んだことも、決して損ではないように思えました。その程度のことしか、あの日以来、学校では起きていませんでした。
そして私は、体は小さいまま、小学校を卒業し、中学校に進学しました。中学校には、別の小学校からも集まってきます。その中でも私は、ダントツの小ささでした。色々な人が、私をかまってくれました。私のことを可愛い可愛いと言ってくれました。私はそれを、純粋に嬉しく感じていました。そして流されるままに、私はクラスメートの愛玩人形となりました。毎日毎日、私はクラスメートと抱き合いました。クラスメートは喜んでくれました。
しかし、私がそのようなことをすると、不幸な気持ちになってしまう人がいるのです。最初は、ただのちょっかいでした。小学校のように、ものを隠されたり、水をかけられたりするだけでした。しかし私はある日突然、クラスメートに連れて行かれました。そして服を脱がされ、体を痛みつけられました。すっかりくたびれた私に、チクったら殺すとだけ言って、去って行きました。私自身の問題なのに、どうして他人に言う必要があるのでしょうか? 私は誰にも、そのことは言いませんでした。
そして毎日毎日、その人に連れていかれては、体を痛みつけられました。そして私を痛みつけている間、その人は笑っていました。楽しそうに、笑っていました。しかし私はその笑顔が、純粋なものには思えませんでした。楽しいからやっているのでしょうが、実際楽しそうなのですが、なんというか、幸せそうには、全く見えませんでした。暴行は段々とエスカレートし、ある時、私は失神してしまいました。そして気づくと、私1人で、床で寝ていました。
ある時は自殺の予行練習と言われ、即席の首吊り縄で首を釣るよう言われました。私は嫌なので、嫌と言いました。するといつも通りの暴行が始まりました。しかしそれだけでした。痛みによる疲労は凄まじいものがあり、私は段々と、寝不足になってきました。寝る時間を増やしても、中々疲労は回復しないのです。友人や家族に、疲れているのかと、ある日聞かれました。私はその時、暴行について話しました。皆、目を丸くしていました。そして、あの時と同じように、私の家に、その人が、お母さんと一緒にやってきました。その人は険しい顔をして俯いていました。
お母さんは何度も謝ってくれましたが、その人は、お母さんに背中を叩かれて、しぶしぶ謝ると言った具合でした。私はその人に、なぜこんなことをしたのかと、尋ねました。私がしばらく、考えていなかったことでした。彼女はボソリと、言いました。
「アンタが嫌いだから」
私は彼女がクラスメートであるということは知っていますが、ロクに話したことがありません。嫌われるほど、私は彼女と付き合ったことがないのです。そのことを指摘しました。すると、こう言いました。
「アンタがムカツクから、ウザイから」
私は驚きました。あの日のあの子と全く同じ動機だったのです。私はそれ以上追求するのはやめました。ムカツクという気持ちについて尋ねれば、きっと彼女はさらに私にムカツクのでしょう。私はやっと、気づきました。私が私として私らしく振舞っているだけで、不幸になってしまう人がいるのだということを。
普通に考えれば、そういう人とはできる限り縁を薄くすれば良いだけの話です。しかし、ムカツクという感情の下では、それだけでは済まないようなのです。さっきから何度も、お母さんが謝ってくれます。彼女もしぶしぶと謝ってくれます。私は考えました。しかしきっと、カモミールティーのような癒やしを与えても、彼女は幸せにはなれないのだと思うと、何もできませんでした。
私が彼女の幸せを考えるということ自体、彼女にとって、大きなお世話なのかも知れません。もしかしたら、不幸になるのも、個人の自由なのかも知れません。しかし、私はどうしても、彼女のような人に、幸せになってほしいと願ってしまうのです。なぜならば、彼女が不幸だと思うからです。不幸とは、幸せを感じられない状態のことだからです。この世界の美しい輝きを、心はずむものを認識できない日々というものが、私には想像できません。もしそれがなくなってしまったら、あるいは限りなく少なくなってしまったら、私は正気を保てる自信がありません。そしてきっと彼女がそういう人間だと思うと、私は涙さえ出てくるのです。
彼女にとってこの気遣いが非常に邪魔で不愉快なものであったとしても、そう感じてしまうのです。私のエゴです。しかし、そう感じてしまうのです。しかし、私は彼女を救うことができないのです。なぜならば、彼女は不幸だから――
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