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イージー:偽兎の草原 工藤俊朗2
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途中までは良かった。
俊朗は部屋の中で目をきょろきょろと落ち着きなく走らせながらそう思った。
あぁ、あああぁ、と言語にはならない恐怖の叫びをあげたつもりになっている。
あげているつもりで、小さく呟くように漏れただけに過ぎない。
「どうして。なんで」
途中までは良かったのに。
思い返しても思い返しても、俊朗はそう思うのだ。
簡単だった。
力をこの場所出ることができるシステムであるらしい、スキルというポイントとやらを全く振っていなくてファンタジーな力を手に入れずとも、体も神経も感覚も人間としてはありえないレベルで強化されていた。
知らないうちに改造とでもいうべき事象が起きていても、俊朗たちは違和感なく、扱ったことのない、出したこともない出力の力を十全に、気分良く扱っていたのだ。
飛ぶようにジャンプし、大地を砕くように鋭い一撃を叩きつける。
まるで、ヒーローになった心地だった。
敵は兎に近いといえば近い何かしかいなかったが、それでも気分は良かったのだ。
一方的に、咎められることもない状態で振るわれる暴力。
平和な時代に必要ないそれ。一方的どころか、暴力というもの自体目にしない人間だって多い。
これが、俊朗がいたいつもの日常なら戸惑っただろう。
俊朗は普段、所謂不良ぶってはいた。高校デビューと呼ばれる類のものである。
自分はたくさん喧嘩をするし、それを趣味のように楽しめる人間であると。
自分は学校なんてものは気にしてなく、嫌々来ているに過ぎないのだと。
実際には喧嘩をしたこともないし、実際は自分が入れる学校を血眼で探した経緯があるのにもかかわらずそういって虚勢を張った。
自己顕示欲があった。
その年相応に、褒められたいという、認められたいという気持ちがあった。
他人に弱く見られることが異常に恥だと思う、思春期に思いがちな思想もあった。
しかし、根底にあったのは輪から外れる恐怖。
自分も同じ場所にいれてくれと。そういう安堵が欲しかった。
だから、暴力など本当は誰に対しても振るったことはない。
憧れは確かに持っている。
創作物を見て、そういう風に強い人間で、賞賛される人間で、仲間が集まる自分で居たい。
そういう憧れがある。
だがそれは憧れだ。誰しもが持つような、淡い憧れだ。
日常生活で、俊朗という人間は暴力を振るおうとする、振るえてしまえる人間ではなかったのだ。
虚勢を張るし、鶏のようにとさかを立てていて、誰にでも喧嘩を売るような態度で。
しかし、悪人でもなければ、他者を傷つけたいと率先して思いもしなかった。
(出る。出る……? だめだ。だめだ。だめだ! 共有スペースは常減ってきたけどまだまだいる。見つかったらまた……! なんで残ってるんだ。殺すためにか)
タイミングも、状況も悪かったのかもしれない。
現実感、というものを俊朗を含めた3人は全員持っていなかったのだ。
無理やり連れてこられて、超常的な力を与えられて、生活に不自由がなく、倒しても文句を言わない化け物のような存在が力なく存在している。
日常なら、不快に思い、ためらい、震えるはずの、俊朗にとって短い人生の中での初めての、異常状態での暴力行為は――いともたやすく、快感に結びついたのだ。子供のような無邪気さで。子供のそのもの無邪気さで。それが誘導されたのかどうかすら考えることさえなく。
火がつけば早かった。
自分たちの状況を調べ、すぐに『クリア状態』に持っていくのはたやすい状況だと知って、クリア手前まで進んで確信を持った。そこまでも容易で、何の苦労もない。
すぐに出よう。
そんなことは誰も言わなかった。
楽しかったからだ。
余裕を持ってしまったからだ。
そして、クリアするということの先への補償もなかったからだ。
(クリア、クリアだって、本当に)
楽しむだけ楽しんでから、と一日、二日、三日と重ねていく日々。
人は減っているが、同じく残っている人間もそこそこの数がいるようで不安も少なく。
イージーという難易度だからなのか、スキルというファンタジーに通じる力へのポイントというものは腐るほどあって、それらを一つ試すたびに馬鹿みたいに騒ぐのがたまらなく楽しかったのだ。
俊朗という人間は、基本的に悪人ではない。
むしろ、その根底から言えば流される状況がない一人なら、むしろ善人よりの人間だった。
力を得て。簡単に違和感なく使えるようになっていて。でも、力に酔っている状態でもそれが他人の迷惑にならないように自分なりに気を付けようと自然に考えて実行する程度にはささやかに善人よりだった。迷惑だと言われたならば、つっかかるよりも素直にどうしたらいいのか改善点を考える程度には善人だったのだ。
だから――自分の持っている力を、ここにいる全員が持っていて、その全員の中の誰かが悪意を向けてくることを想像もしなかったし、できなかったのだ。
これを人間に振るおうなどという発想する人間がいるなどという事は。
(死にたくない。死にたくない……! あれはもう嫌だ! 真っ暗な苦痛に閉ざされて、溶かされていく擦り潰されていく、消えていくのは嫌だ!)
楽しい日々は、あっけなく死ぬという結果を持って終わった。
唐突な後ろからの衝撃。
遅れてくる痛み。
そして、いとも簡単に苦痛の中訪れた死。
死んでも部屋で蘇る。
だからといって、それは死を経験しないという事ではない。同じ死なのかは誰にもわからないが、少なくともここで俊朗が体験した死というものは――二度と、経験したくはないものだった。
いや、本来なら一度きりでも無理だったのだ。
発狂できるのならしていただろう。
戻されるのだ。
戻されたのだ。
一定の範囲まで、精神状態だけが。
中途半端に。
(どうせなら、記憶ごと消しておいてくれよ……!!! 無理だ。無理だよ。こんなことを経験するかもしれないって思って、外に行くなんて無理だ。いつも通り暮らしていくなんて無理だ)
心が折れたのだ。
部屋の隅でガタガタ震えるだけになるのも時間がかかったのだ。
トラウマになって、廃人になって、発狂して――全てある程度まで戻る。
掲示板の検証している人間によれば、イージーの自室は『傷つけることが不可能』な保護機能がついている。
イージーの自室は『病気もなく食べなくとも不自由のない状態』になる機能もついている。
部屋のものも、傷一つたりともつかない。
現実的でない機能の数々。
しかしその中に、精神を常に正常な状態にというものはないようだった。
色々とやろうとして、それを実感して――こうして、震えているしかなくなった。
恐怖はリセットされない。
記憶もなくなってくれない。
死の経験もなくなってくれない。
ただ狂って楽になることはできない。
自室は安全だ。友人でさえ、勝手に入ってくることはできない。
誰かが入ってきても、誰も傷つけることができない。
いつ終わりがくるか、変化がくるかわからぬ恐怖にも震え、ただただ自室で震える。
それは、どこか牢獄にも似ていることにも気づいていても、俊朗は震えるしかできなかった。
粘着質な液体が絡みついているような不快なものを、振り払って立てる気にどうしてもなれなかった。
俊朗は部屋の中で目をきょろきょろと落ち着きなく走らせながらそう思った。
あぁ、あああぁ、と言語にはならない恐怖の叫びをあげたつもりになっている。
あげているつもりで、小さく呟くように漏れただけに過ぎない。
「どうして。なんで」
途中までは良かったのに。
思い返しても思い返しても、俊朗はそう思うのだ。
簡単だった。
力をこの場所出ることができるシステムであるらしい、スキルというポイントとやらを全く振っていなくてファンタジーな力を手に入れずとも、体も神経も感覚も人間としてはありえないレベルで強化されていた。
知らないうちに改造とでもいうべき事象が起きていても、俊朗たちは違和感なく、扱ったことのない、出したこともない出力の力を十全に、気分良く扱っていたのだ。
飛ぶようにジャンプし、大地を砕くように鋭い一撃を叩きつける。
まるで、ヒーローになった心地だった。
敵は兎に近いといえば近い何かしかいなかったが、それでも気分は良かったのだ。
一方的に、咎められることもない状態で振るわれる暴力。
平和な時代に必要ないそれ。一方的どころか、暴力というもの自体目にしない人間だって多い。
これが、俊朗がいたいつもの日常なら戸惑っただろう。
俊朗は普段、所謂不良ぶってはいた。高校デビューと呼ばれる類のものである。
自分はたくさん喧嘩をするし、それを趣味のように楽しめる人間であると。
自分は学校なんてものは気にしてなく、嫌々来ているに過ぎないのだと。
実際には喧嘩をしたこともないし、実際は自分が入れる学校を血眼で探した経緯があるのにもかかわらずそういって虚勢を張った。
自己顕示欲があった。
その年相応に、褒められたいという、認められたいという気持ちがあった。
他人に弱く見られることが異常に恥だと思う、思春期に思いがちな思想もあった。
しかし、根底にあったのは輪から外れる恐怖。
自分も同じ場所にいれてくれと。そういう安堵が欲しかった。
だから、暴力など本当は誰に対しても振るったことはない。
憧れは確かに持っている。
創作物を見て、そういう風に強い人間で、賞賛される人間で、仲間が集まる自分で居たい。
そういう憧れがある。
だがそれは憧れだ。誰しもが持つような、淡い憧れだ。
日常生活で、俊朗という人間は暴力を振るおうとする、振るえてしまえる人間ではなかったのだ。
虚勢を張るし、鶏のようにとさかを立てていて、誰にでも喧嘩を売るような態度で。
しかし、悪人でもなければ、他者を傷つけたいと率先して思いもしなかった。
(出る。出る……? だめだ。だめだ。だめだ! 共有スペースは常減ってきたけどまだまだいる。見つかったらまた……! なんで残ってるんだ。殺すためにか)
タイミングも、状況も悪かったのかもしれない。
現実感、というものを俊朗を含めた3人は全員持っていなかったのだ。
無理やり連れてこられて、超常的な力を与えられて、生活に不自由がなく、倒しても文句を言わない化け物のような存在が力なく存在している。
日常なら、不快に思い、ためらい、震えるはずの、俊朗にとって短い人生の中での初めての、異常状態での暴力行為は――いともたやすく、快感に結びついたのだ。子供のような無邪気さで。子供のそのもの無邪気さで。それが誘導されたのかどうかすら考えることさえなく。
火がつけば早かった。
自分たちの状況を調べ、すぐに『クリア状態』に持っていくのはたやすい状況だと知って、クリア手前まで進んで確信を持った。そこまでも容易で、何の苦労もない。
すぐに出よう。
そんなことは誰も言わなかった。
楽しかったからだ。
余裕を持ってしまったからだ。
そして、クリアするということの先への補償もなかったからだ。
(クリア、クリアだって、本当に)
楽しむだけ楽しんでから、と一日、二日、三日と重ねていく日々。
人は減っているが、同じく残っている人間もそこそこの数がいるようで不安も少なく。
イージーという難易度だからなのか、スキルというファンタジーに通じる力へのポイントというものは腐るほどあって、それらを一つ試すたびに馬鹿みたいに騒ぐのがたまらなく楽しかったのだ。
俊朗という人間は、基本的に悪人ではない。
むしろ、その根底から言えば流される状況がない一人なら、むしろ善人よりの人間だった。
力を得て。簡単に違和感なく使えるようになっていて。でも、力に酔っている状態でもそれが他人の迷惑にならないように自分なりに気を付けようと自然に考えて実行する程度にはささやかに善人よりだった。迷惑だと言われたならば、つっかかるよりも素直にどうしたらいいのか改善点を考える程度には善人だったのだ。
だから――自分の持っている力を、ここにいる全員が持っていて、その全員の中の誰かが悪意を向けてくることを想像もしなかったし、できなかったのだ。
これを人間に振るおうなどという発想する人間がいるなどという事は。
(死にたくない。死にたくない……! あれはもう嫌だ! 真っ暗な苦痛に閉ざされて、溶かされていく擦り潰されていく、消えていくのは嫌だ!)
楽しい日々は、あっけなく死ぬという結果を持って終わった。
唐突な後ろからの衝撃。
遅れてくる痛み。
そして、いとも簡単に苦痛の中訪れた死。
死んでも部屋で蘇る。
だからといって、それは死を経験しないという事ではない。同じ死なのかは誰にもわからないが、少なくともここで俊朗が体験した死というものは――二度と、経験したくはないものだった。
いや、本来なら一度きりでも無理だったのだ。
発狂できるのならしていただろう。
戻されるのだ。
戻されたのだ。
一定の範囲まで、精神状態だけが。
中途半端に。
(どうせなら、記憶ごと消しておいてくれよ……!!! 無理だ。無理だよ。こんなことを経験するかもしれないって思って、外に行くなんて無理だ。いつも通り暮らしていくなんて無理だ)
心が折れたのだ。
部屋の隅でガタガタ震えるだけになるのも時間がかかったのだ。
トラウマになって、廃人になって、発狂して――全てある程度まで戻る。
掲示板の検証している人間によれば、イージーの自室は『傷つけることが不可能』な保護機能がついている。
イージーの自室は『病気もなく食べなくとも不自由のない状態』になる機能もついている。
部屋のものも、傷一つたりともつかない。
現実的でない機能の数々。
しかしその中に、精神を常に正常な状態にというものはないようだった。
色々とやろうとして、それを実感して――こうして、震えているしかなくなった。
恐怖はリセットされない。
記憶もなくなってくれない。
死の経験もなくなってくれない。
ただ狂って楽になることはできない。
自室は安全だ。友人でさえ、勝手に入ってくることはできない。
誰かが入ってきても、誰も傷つけることができない。
いつ終わりがくるか、変化がくるかわからぬ恐怖にも震え、ただただ自室で震える。
それは、どこか牢獄にも似ていることにも気づいていても、俊朗は震えるしかできなかった。
粘着質な液体が絡みついているような不快なものを、振り払って立てる気にどうしてもなれなかった。
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