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ノーマル:石と罠 奥山麻人4
しおりを挟む怒りが湧く。怒りは沸騰して、煮詰められ、殺意に変貌を遂げていく。
次々に沸く殺意の個体は、自分の体に溶けるように満たされていく。
冷静になれ、繰り返し続けるつもりか。
と、どこか奥底で諭すような声が聞こえる。
もういいだろ、話が通じないやつを人間と認める必要ないだろ。
と、疲れて諦めた声が聞こえる。
麻人は、前者の声だって大切にしたかった。
けれど、あまりにも殺意の個体を溶かす液体として後者は相性が良すぎた。
「もういいよ――『リスキースラッシュ』」
PKスキル。
対プレイヤーに、通常以上の効果を発揮する、殺人者専用の異能。
麻人が発動したそれは、『見つかった状態で相手にとって正面どれる位置であるほどに効果の増す』攻撃スキル。
麻人は、まさか攻撃はされないだろうという思い込みからのえぐられた一撃で殺されてから、執拗に感知と隠匿に拘りだした。
同時に、トラウマからか、裏切るような一撃や、暗殺するような一撃を自分がする気には全くなれなかった。嫌悪感すら覚えている。
それに応えるように、得られるスキルはそういったものになったのだ。ハイドは、あくまでもそうしたものにそうするため。相手がどう隠れるのか知るためでもある。平和的解決のため逃げるためでもあった。
少なくとも、自分が隠れて快楽のためにしとめるためではないと、それだけは麻人は言い切れる。
スキル発光、スキル光と呼ばれる光。ゲームのような演出を思わせる、スキルを使いましたと証明するような光。
しかし、地味系に属するらしいリスキースラッシュというスキルは、その効果に対してスキル光見た目は変わらず、しかしその一撃は【Gシステム:ARPG】によって最適化されて地味ではない威力をもって振られる。Gシステムを使っている限り、この光まで隠すことはできない。
リスキースラッシュは、陳腐な名前ではある。
完全に見つかった状態であり続け、システム上確定ではあるがスキルが相手に使っているとはっきりわかる状態で、かつ武器であるものも隠さず、刃渡りも全てされして放たれた一撃は苛烈だ――それが、当たれば。
「――はっ!?」
リスキースラッシュは、威力もそうでありながら、その速度も減増がある。
今放ったのは最高に近い一撃であり――防御されど回避は埒外。
間合いから考えて、相手の身体能力が倍になっても避けられる一撃ではなかったはずだった。
相手が演技をしていたのでもない限りは、それは終わりの一撃にふさわしい。
しかし現実、腕1本、肘から先は切り飛ばせたものの――逆にそれ以外の被害がなく、こちらに手を差し出して来ているのが見える。今まで以上の速度で――
「ばっ――クソが!」
反射的に、転移スキルを使用する。
元々パーティーだったはずの相手から麻人にとっては裏切りでしかない攻撃を行われて以来、数が許す限り流れで使えるように練習した結果だ。
しかし――無効。本来なら即座に立ち眩みのような感覚と共に別の場所に移動するはずが、ただ回数が減ったことだけがわかる。
「インチキかよ!」
失敗判定なのでノックバックがない事だけが救いだ。本来の転移スキルは数秒以上、平衡感覚も上下左右も立ってるか座ってるのかもわからない状態に陥る。
ぎりぎり仰け反るように体勢を崩しながら、伸ばしてくる――切り飛ばされなかった方の左手――手を、それ自体にふれぬように手首を蹴り上げる事に成功する。たんたんと仲間だと思っていた者たちと別れた後も戦い続けたのは伊達ではない。PKとも、最近発生したPKKとも経験があることもこの場では幸いする。
確かに足に伝わる感触が、骨ごと砕いたことを確信。そのままバク転するように回転して体制を整える。
相手の身体能力が爆発的に向上している。
切り飛ばされて出血していた右腕も――よく観察すれば、経験より血の量が少ない。
「失敗したな。初めてだ」
(何だ? PKKスキルか? なんで今更? ――致命の一撃が条件? それか、殺意を持つことか? だから説明書でもよこせってんだ!)
「失敗したんなら、諦めて帰れよ、まだ今からでも見逃してやるから」
「無理だ」
「――そうかよ! 【八岐焔】!」
切り飛ばされてなお無表情。
なんの感情も持たない風に見えるそれは、気色が悪いを越えて空恐ろしくなってくる。
今回の会話は、説得やコミュニケーションよりも隙を探るか間をとる目的でしかないので、通じなくともショックにも思わない。
会話の流れからスキルを発揮する。
八本の炎が帯のように伸びていく。一点集中ではなく拡散するそれは、無駄のように思えるが目くらまとしては十分機能している。証拠に、避けるように一歩大きく後ろにPKKは下がった。
「『上級影移動』『リスキースラッシュ』」
そこから、濃くできた影と同化するように高速移動しての踏み込む形での一撃。
失った右腕のほうから、切り裂くように。
見つかった状態だと大して効果がないが、それでもハイド効果のある移動法は、リスキースラッシュの威力は犠牲になるがその代わりに速度は先ほどより勝る。影のように変化したするりとした一撃。融合するようにコンボさせることで、どこか粘着質な様相。奇襲めいた効果を狙った一撃。湧きだした影が攻撃してきたような幻視さえしたはずである。
先ほどの一撃が腕を斬り飛ばせたなら、更に加速したこれは躱せないと踏んだ一撃――が、1度あることが2度あるといいたげにかわされる。
今度は、よりあっけなく。
当然のように。
今度は唖然とはせずに、PKKから一度大きくステップして離れる。
「……マジでインチキじゃねぇか?」
「ちょっとラグがあるんだな。初めて知った。もう終わったから、当たらない。チャンスは1回だったみたいだな」
脱力したくなる。
ゲームで対戦をしていてずるをされている。そのような気分に、場違いながら麻人はなった。
そう――ある種、頭が冷えたともいう。それは見下しを含むような、冷めた気分だ。
馬鹿の一つ覚えのように、特に変わらず向かってこようとする姿を見て、ムキにならず、別の手段をとることができたのはきっとそういうことだった。
殺意はある。
会話が通じていた相手に、情けは無用だという気持ちはかわらない。
それでも、沸騰はおさまった。冷えたスープの殺意に変わったのだ。それは、小さくはない事だった。
「馬鹿らしいよな」
すぅとインベントリから取り出したのは石板のような物体。大きく距離を開けたから、決めていれば一つくらいアイテムを出す余裕ができたのだ。そして、それは回復アイテムではなく、転移アイテムでもない。
それを、どうでもよさげに前面に放り投げると、攻撃かと思ったかPKKは避けるように横に飛ぶ。
しかし、それは直接攻撃するものでもない。
馬鹿を見るような視線でPKKを見ながら、嘲笑するように笑う。
「へぇ。知らないんだなぁ……? ところで、PKKってさぁ――PK特化する代わりに、モンスターに弱体化かかるって噂もあるんだけど、ほんと?」
その石板は、モンスター召喚アイテム。
先日のイベントで低レアですとばかりに多くの人間が手にしたアイテム。麻人もその1人だった。
他所ではPKがテロ的に使って阿鼻叫喚にもなっているそれは、ここでも確実に効果を発揮した。
1つの石板に対し――出てきた数は5。そのあたりはランダムらしいと聞いている。麻人としては悪くない結果だ。
何せ、5体とは言え――鬼だ。その特徴は、麻人が掲示板で入手した召喚モンスターの中でも群を抜いている肉体派の強モンスターらしい、筋骨隆々で真っ赤なテンプレのような鬼。しかし、現実にすると恐ろしさしかない、存在感と威圧感だけで震えてしまいそうになるほどの鬼という存在。PK的には当たりと呼ばれている部類である。
情報通りなら――正直、麻人自身も今すぐに逃げないと死ぬくらいには当たりであるのだ。
特殊なことはしてこない、ただ単純に強い。
1つで駄目なら隙をみて当たりがでるまで投げるつもりでいた麻人は、出てきた鬼に冷や汗をかきつつほくそ笑む。
「アアアアアアアアアアア!」
鬼は発狂したように近くの生き物に殴りかかった。
敵も味方も関係ない。
ただ近くの何かを壊さずにいられないとばかりに攻撃をしっちゃかめっちゃかに始めたのだ。
言い方はおかしいが、召喚モンスターは正気が失われている状態でよばれるのだ。
麻人はその時点でハイドをかけて部屋の出口に走った。冷めた麻人は安全策で逃亡を選んだ。巻き込みで死ねと、壁の意味があったのだ。
とにかくPKKのスキルが怪しくて当たりたくない、というのが一番だと思い直した。殺したくはあるが、今必ずやらねばならぬことではない。確実性が求められるならそのほうがいい。
「これは――困った」
後ろからそんな声が聞こえるが、無視する。
そうして、そう広くもない石の部屋の出口というところで、何かにぶつかった。痛みはないが、確かにぶつかった。
出口があるのに、先に進めない。触れると、確かに何か壁のようなものがある。小さく殴りつけても、変に受け止めらえるような感触が気持ち悪いだけだ。
(――封鎖されている? だからモンスターがこなかったのか? 小癪な真似を!)
転移系アイテムが使えなかったのもこういう事か、と思いながら、ハイド状態のままで振り返る。おそらくは見つかった状態で使ったため、PKKにはあまり意味のないハイド。しかし、鬼相手には効果を発している。
壁を壊すか、壁を張っている相手を排除するか――
鬼同士で攻撃しながらも、近くにいたPKKにも目をつけてくれたらしく、そちらに1体タックルするように向かっていったのが見える。
しめたと離れた位置だが、直線ではなく回りこみにかかった。他の鬼に見つからないことも大事だ。あくまでも、とどめができれば程度の気持ちで。鬼がそのままやるならそれでもいいのだから。
インベントリから大判振る舞いと、ガチャで手に入った数少ない瞬間的に爆発的強化がかかるものをためらいなく使う。後々のたうち回ることが確定したが、死を体験するより、あの怪しいスキルをくらうよりましだと割り切る。
「ぐっ―――」
PKKはモンスターにはPK相手の身体能力が発揮できないのか――あっさりとぶちかましをくらって文字通り体が飛んでいく。
飛んでいったが、それで興味を失ったか鬼は別の鬼を相手に暴れ出す。それを視界に入れた時点で、無理やり更に加速をかける。足の繊維がぶちぶち切れる音がして、内出血もしているのが痛みからもなんとなくわかるが、動くのでこの場は無視する。
その隙をついて、強化によって回り込みに成功した麻人は、さきほど蹴りでぶつかった比ではないほど叩きつけられたからか、さすがに動けない状態になっているらしいPKKの元に襲われずに辿りつく。意識はあっても、呻きながら、立つこともできずに座り込んでいる。
傍に立つ。
「よぉ、PKK君。ご機嫌いかが? ――返事はいいよ、会話通じねぇし」
終わりはあっけない。
PKKが顔を上げようとしたか、のったりと動くのが見える。
「さようなら。二度と来るなよ」
鬼同士でやりあう物騒な鈍い音をBGMに、麻人は一方的に言葉と共にただ武器をさくりと落とした。
それは麻人にとってトラウマの感触がした。
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