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4つの点がそこにある。出来上がるのは三角形2
しおりを挟むそこからアベルという存在はただただ奮起した。
運動に努め、勉学に励んだ。
証拠に、中学で私立を進められ、余裕で通ることができるだろうといわれるくらいには優秀で、品行方正だった。
そのころには、目つきは悪いが見た目からも女子は高くなっていたが、当時のアベルはどちらかといえば家族の何かの一番になりたいと必死だったために、目を向けることはなかった。
それは、それで、幸いであったかもしれない。思春期の手の平返しというある種の残酷さまでは、目の当たりにせずにすんだのだから。
必至だからと、なぁなぁにではなく、できる限り優しく応対し、男子だからと区別することもなく、遠巻きにしていたことなど忘れて厚顔無恥に頼ってくるような蠅のような存在にさえ大変なら手を差し伸べて手伝う人間だった。
必然、人気は出た。
しかし、それもアベルの隙間を埋めてくれるようなものではなかった。
わかっていたからだ、どこかで。
これは、自分が望んだ1番につながるものではないと。
実際に、それはアイドルに向ける声援のようなものだった。
どうしても、薄っぺらで満足のいくものではない。
(1番に、なれない……)
アベルは、努力していた。
足りないを補い、才あるとされたところを伸ばすに努めた。
不幸なのは、それでも1番となれなかったこと。
それによって、1番になっても大して効果がないことも多いのだという事を知る機会はついぞなかったこと。
狙ったものは、常に他の1番が存在し続けたのだ。
勉学も、運動も。
アベルは確かに優秀であった。
しかし、それは尖った才能ではなかったのだ。その才覚は、いわば丸い、ボールのような形をしていた。そして、運悪くか運よくか、その地域にはアベルの円から突き出すような尖った才能を持った人間がいくつもいたのだ。いてしまったのだ。
アベルは、なりたい1番というものになれないままの男だった。
1番になるという感覚を知らず、神聖視しているといっても良い。それが大したものでないかもしれないなどとは想像もできない。
「よくやっている。そのままやれよ」
いつからか、父は張り付いた仮面のような顔をアベルに向けるようになっていた。
それは、笑顔に似ているが決してそうではない顔だ。
アベルはそれを見るのが嫌いだったが、その仮面の奥を見るのも怖くて何も言うことはできないままでいた。
「アベルさんはすごいですね」
亨恵も、同じような顔をするようになった。
奇妙な線引きがされている心地だ。
襲ってきたのは、恐怖。
励むのを止めるつもりはなかったが、励んでも結果がでないなら、捨てられてしまうのではないかという恐怖。
感情が見えないから、それ以外に価値を感じているように思えないから、その思考は加速していった。
欲しいものは何1つもらえないままに、ただ恐怖だけが蓄積されていった。
「……」
海が、いつからかアベルを憎しみを籠ったような目で見るようになっていた。
元から、あまりアベルには懐かない子供だったが、アベルの気付かない間にそういう目を向けるようになっていた。特別にアベルが何かしたような覚えというものはなかった。むしろ、ないがしろにされている中でアベルは優しくしようとずっとしていた。もちろん、叩いたことなどなかったし、怒って怒鳴るようなこともなかった。
しかし、向けられるのは恨みの目である。
会話もうまくできなくなっていた。理由がアベルには全くわからなかった。嫌われる理由が。その日まで。
『アベルさんはもう少しうまくやっていますよ』
『ぼくはアベルじゃない!』
『あの子にもできるんだから、海にだってできるでしょう?』
『ぼくだって頑張ってる!』
ある日、壁を挟んで声が響いていた。
亨恵と、海の声のようで、他に誰がいるとは思っていないのか、その声はよく届く。
『あんなの、家族でもないくせに!』
『海、だめよそんなこと言っちゃ。お兄さんでしょう? 兄弟で、家族なんだから……』
『お母さんだって、お父さんだって、本当はそんなこと思ってないくせに! そうでしょ!?』
『そんなこと……』
『あるよ! だって、お父さんは言ってた、アベルは年々嫌なアレに似てくるな、本当に煩わしいって。だいたい、どっちにも似てないじゃないか。別の家の人なんじゃないの!? ぜんぜん、ぼくたちと同じじゃない! あんなの家族なんかじゃないんだ! なんで家族じゃないのに、比べられて、お父さんとお母さんが相手にしなきゃいけないの!? 子供はぼくでしょ!? 家族は、ぼくでしょ!?』
『ダメでしょ、そんなことを言っては……』
『――お母さんが、お父さんの事、鬱陶しいって、邪魔臭いって、何回も言ってたのも知ってるんだよ。ぼくは、ぼくは聞いてた。ぼくのことも、鬱陶しいの……? ぼくは、ぼくも、お母さんに必要ないの……? 邪魔なの? ぼくは、本当の子供なのに……あいつとは、違うのに……』
『ち、ちが……』
逃げた。
聞いていられなかった。
心臓に氷柱を直接刺された心地だった。
走るままにどくどくとなる心臓がサボっているのか、血の気はどんどん引くような気持ちで、冬の雪に全裸でいるように凍死でもしてしまいそうなくらい寒かった。
公園のベンチ。倒れるようにもたれかかる。
息を整える。
汗か、涙か、涎なのか。
よくわからない液体が落ちていく。
ああ、ああ、と、言葉にならない声が漏れた。
それは、とどめであった。
それだけではない。これだけなら、きっとアベルは耐えることができた。
蓄積されたものが、噴出したのだろう。見ないように頑張っていたもの。海にさらされたもの。海の憎悪。父の言葉。否定のない亨恵の反応。父に向けたそれすら嘘だったのかという絶望感。いつまでたっても、欲しいものが得られないままの人生。
おそらくは、この辺りでアベルという器は割れてしまったのだ。
それからは、アベルは家族を求めなくなった。
もうどうやったって得られぬという事を理解し、納得したというよりも、それは諦めだ。割れて流れ出す器に、情熱は注げない。
ただ、笑顔を張り付けて過ごした。からっぽの顔を、不審に思う存在は家にも周りにもいなかった。皮肉にもその表情は、2人にもよく似ていた。父と、義母と、同じよう。
海が、陥れるような情報を巻いて、評判を落とした時にも、もうアベルはなんとも思わなかった。くるくると回る手の平に、何を思う事もない。
高校を卒業すると同時に家を出た。
行先も告げないままに、家を出た。
そこにいたくなかったし、居ようと思えなかった。どうせ、追おうとも思わなかったろうとわかっている。むしろ、せいせいしたと思うだろうという確信。
ただ知らない場所にいって、その日暮らしのような生活を始めた。
日雇いのバイトをしながら、てきとうに過ごしたのだ。
そういうお店にはまったのはそのあたりだった。
そういう経験が亨恵くらいであり、それも終われば人気があろうと目を向けず、ずっと禁欲的に過ごしてきたといって良かった反動か、はじけていた。
欲がはじけていたと思っていた。少なくともアベル本人はそう思っていた。
食費を削るレベルで通い詰めていた。馬鹿といわれるレベルだ。そのうち破滅するとも、そう言われて仕方ないレベルで金をつぎ込んでいた。
はしごするようなやりかたではなく、1つに通い詰めていく。
気付いていながら、気付かないふりをして、考えたくないから頭を空っぽにして。
そうして、いつ終わってもおかしくないような生活を繰り返して行く中で――終わってしまう前に、いつの間にやらダンジョンという場所に、アベルは立っていたのだ。
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