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工藤俊朗/AC

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 手をかざす。
 PKが消える。

(……)

 無言。
 表も、裏も。もはや、相手に対する感慨などはない。

 工藤俊朗という少年の人生は平凡だ。
 本人にとってそれは激流であれど、多くの人が外から見た場合、特に珍しくもない人生だった。

(いつだ? いつ終わる……?)

 俊朗という少年は平凡だった。
 頭は平凡以下に下降し続けていたが、それも平凡な人生である範囲内に過ぎない。
 いいこともしていないが――悪いといわれることだって、特に率先して行ってきたわけではない。

 だから、異常に酔い、冷め、暴力に恐怖した。一度しか訪れぬはずの死を恐怖した。
 それをもたらす、人という存在を恐怖した。

 はじかれたくないと生きてきた。
 その中で、注目されたい人間で、下に見られたくないありがちな少年らしい少年だった。

 1人で恐怖して外にもでれなかったある時、恐怖を復讐にすり替えることに成功した。成功してしまった。イベントでとあるアイテムを見た時に、つい思いついてしまった。希望というものを抱いてしまったのだ。それが、すごくいい道に見えてしまって、つい歩き出してしまった。

(遠い……ぜんぶが、遠い)

 運営というものに希望を見出したのが間違いだったのだ、と俊朗は今なら思う。思うことができる。

(だって、だってその時はわからなかったんだ。だって、とても怖くて、恐ろしかった。他の人が、全部が、怖いものに見えて仕方なかったんだ。だから、なくなってしまってもいいなんて)

 お願いする権利と、いくつかの材料。
 それが俊朗の思い通りになるかははっきりいって根拠などはなかったが、俊朗は思いついたそれを強引に信じ込んで行動したのだ。そうだと思う事でしか動けなくあったから。

(クリアとかいうのをするのも、怖かった。何の保証もない。悪い想像ばかりしかできなかったから。だから、思ったんだ。考えたんだ。復讐しながら、クリアもしなくてすむ方法)

 用意したのは、お願いする権利、部屋をもう1つ増やすアイテム。

(復讐したかった。俺をこんな風にしたやつにって。そして、考えれば考えるほどに、ただ殺すのが復讐になるとは俺は思わなかった。だって、生き返っちゃうんだろ? 俺みたいに、こうして恐怖するような精神が、率先して殺しにかかってくるような異常なやつにあるなんて思ってやれない)

 PKK、というのは、俊朗は単語自体知らなかった。知らなかったが、PKを殺す役割のようなものも、この運営なら用意しているとは思っていた。

(何が一番いいのか。必死に考えた。だから、結局思いついたのは――何もさせないけど、意識はあること。小さいころ、怒られたとき押し込められたことが怖かった。それを思い出した。そして、怪我をしたときに、何もできない暇な時間は苦痛だった。
どこにもいけずなにもできない。
これ以上の苦痛が俺には想像できなかったから、俺はそれを目指したんだ)

 俊朗はイベントでそれを可能にするだろう材料を見つけ、それを信じこみ、愚直に行動した。
 運が強く作用したのか、そのアイテムのほとんどを得ることができていた。欲を言えば、もう少し準備したかたったもの等ちらほらあったものの、事前に欲しかった最重要アイテムであるお願いする権利と、もう1つ部屋を増やす権利を得ただけで十分といえば十分であったのだ。

 願った。
 俊朗が願ったことは2つ。

 PKを、もう1つの部屋に転移させるスキル。
 そして、用意されているだろうPKを殺す存在としての力を最上位にしてくれ、と願った。

 そのままでは通らないと思ったから、対価として、他の生き物に攻撃できない事、PKをその部屋に押し込めるまでクリアできない事、を渡すと宣言した。そうすれば、少しは興味が引けると思った。
 転移させる部屋の設定も上手くいった。真っ暗で、五感の機能が働かない、そして、持ち主以外出ることが不可能な部屋。

 部屋の当たり前の機能として――攻撃も、自死もできない。頭は、狂いすぎるくらい狂うことはできない。そんなことになれば戻される。出ることができない、死ぬこともできない。つまり、クリアできなければ諦めきっておかしくなることもできない。完璧だと思った。

(運営はスキルをくれた。くれやがったんだ。願いを叶えてくれやがった。
発動してその範囲に入れることができれば部屋に送ることができる力を、確かにくれた。初めてで最強なPKKという存在にもなれた。あぁ、優位になったさ、対PK相手なら)

 願った。
 狙ったものを得た。

 しかし、狙ったもの以外のおまけがついていた。
 それが、俊朗にとっては大きな問題だった。

(はじめは良かったな。
なんだ、運営もいいことするじゃん、なんて馬鹿なことを考えさえしたっけ。
望んだものは手に入ったんだ。
感情が薄くなった。トラウマがあるから。トラウマはそのままだったから、そういう処置をされたんだと思った。
遠く、コントローラーで操縦しているかのような感覚しか得られない。でも、それだって最初はいい解釈をしてた。だって、トラウマが消えてないんだから。震えて動けないんじゃ、力が強くなったって意味ないからな。
PK。問題はそうだ。
PKと指定した。そこをうまくつかれたんだ。
PKKという存在になった。それ自体はいい。良かった。そのはずなんだよ)

 能力は向上した。
 モンスター相手には無力な存在になったが、お願いした効果か、人間としての才能差もごり押しできるくらいの力を手にいれたのだ。
 問題は別のところにあった。

のPKを処理しなければ、クリアもできない――だけじゃなく、止まりもできない、感覚もPKKやってる最中以外にもまるで元に戻らない……どころか、時間が経過するごとにどんどん自分が削られ続ける……こんな話があるかよ……)

 復讐対象のPKのみのつもりだったのが、存在するPK全てを押し込めるまで、となっていた。いや、俊朗自身、PKというものそれ自体に恨みを持ってはいたのだ。他人のためにも、少しでも減らしてやろうなどと傲慢なことも考えてはいた。いたが、それは、こういうことではない。

 はじめは、自分のダンジョンの全てのPKを片付ければいいのだろうと思った。
 だが、そうではなかった。

 転移が可能になっていた。今は他のPKKでも条件をクリアさえすればできる。
 俊朗の転移は、PKがいるダンジョンならどこにでもいける転移だ。そんな緩い条件は俊朗だけだ。
 解放されるために必要になるのは、現存するすべて、だ。今なお増えている、1度でもPKしたことがあるもの全て。
 クリアするつもりは最初なかったのだから、それだけならまだ俊朗も納得というものがあっただろう。

 しかし、やめることもできなければ、休憩するように止まることもできない。
 これは仕様か、何かトラブルか、感情等もなぜか時間で削られ続けてさえいる。
 やめるためにお願いする権利はもっていない。

(俺が何をしたっていうんだ)

 理不尽に対する激情も抱けず、ただ、深く、静かに、沈んでいくように絶望していた。
 何かの実験だったのか、次のイベントには影も形もなかったお願いするという権利。

 それで回避できたかどうかはわからないが、それで気分的な希望が立たれたことは確かだ。
 復讐心を抱き、その力を得たはずだった。

 もはや、復讐心も何もない。
 作業。
 そこにあるのは、ただの作業だ。死も、命のやり取り自体も、全てがもう遠い。流されるように、遠くからキャラクターを操作するように。

 最近はモンスター等には無力に近い存在だとばれてもいる。それに対する恐怖もいまいちいだけなくなりつつある。
 どうでもいい、という日に日に大きくなる虚無。

 AC。
 全部掃除しろ。

 そう名付けられた元少年は、涙も流せず悲しみながら人形のように淡々とPKを狩るほかない毎日を送っている。PKも復讐をしたかつての元被害者自分も、一切の区別なく。
 まるで、自分の快楽目的のためならだれでもいいPK殺人犯のように、理由も何も関係なく。ただ、もうやめたい一心で進み続ける。
 全員がいなくなるか、自分がいなくなるその日まで。
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