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イリベロトスドルイワ3
しおりを挟むわんわんと、四太郎と名付けられた犬が吠える。
吠えながら引きづられている。
声にするのならば、『いきたくねぇ! 俺は外にいきたくなんかねぇ!』だろうか。
三木家の飼い犬である四太郎という、ちょっとメタボリック症候群を発症してそうな肉がついている犬は、散歩という行為が嫌いだった。というか、ぐうたらだ。
「ダメだよぉ、動かないと犬か豚かわからなくなっちゃうんだからねぇ。ころころ転がりそうな体しちゃってもぉー」
「とかいいつつ寝ころんでアイス食ってるペットは飼い主に似るという言葉を体現する飼い主の鏡。散歩、変わってくれてもいいんだよ?」
「妹の兄に運動させてあげようっていう心意気がわからないの!? これはもう、心折れてお外にいく元気はありませんね……シカタナイネ……シカタナイ……」
ぐへー、と言いながらソファーの沼に沈む妹を見て、最初から期待はしていなかったが代わりをしてもらうことは諦めて光太は四太郎を引きずっていくことに集中することにした。
玄関からでるころには、四太郎は『仕方ねぇなぁ、我儘に付き合ってやらぁ』とでも言いたげに荒く鼻で息を吐いて歩き出す。
「我が家の犬は自由だなぁ」
いつも通りどこか釈然としない気持ちも抱えながらいくつかある散歩ルートのうちの1つを通っていると、奇妙な光景に出くわした。
遠くの方におばさんらしい人が全力で走っていっていて、それを唖然と見送っている光太よりいくか上らしい年齢の少年。
なんだろう? と思いつつ、まぁ関わらない方がいいかと思ったが、その少年に見覚えがあることに気が付いた。
だれだろう?
と首を捻る。
四太郎が『どうした? 散歩しないならもう帰ろうぜ……家が、待ってる』と言いたげに見上げてくるのを視線で諦めさせながら考えていると、思い出すことができた。
(最近引っ越してきたらしい人だっけ。母さんがいってた気がする。おかんネットワークからご近所さんは逃れることができない……恐るべしおかんネットワーク)
知らない人をよく見かけて、母と歩いている時にも見かければ、聞いてないのに情報は拡散されるのだ。
『あ、あの子最近引っ越してきたらしいのよ。近所のスーパーでアルバイトしているんだって。若いのに大変ねぇ』なんていうのを、複数回聞いたのだ。こういう時、同じ話は聞いたよというのは無駄だとわかっている光太は『へーそうなんだ』と同じ回数言ったことを含めてよく覚えていた。
「こんにちはー、どうしたんですかー」
近所さんなら挨拶しておくかと、面倒くさげな四太郎と共に近づいて挨拶をすれば、困ったような顔を返される。
「あ、うん。こんにちは……?」
「ご近所さんですよね、何かあったんですか?」
「あ、近所の人なんだ。こんにちは。えぇっと……」
いきなり話しかけたことに戸惑ってはいたが、近所とわかると警戒をといたのか次第に落ち着いていった。
光太としては近所といっただけなのに警戒をとくとは、警戒心はもっと持った方がよいのでは? 本当に近所かどうかもわからないわけだし等とは思ったが、初対面で口にすることでもないし、めんどうがないのでつっこみはいれないことにして話を聞いた。
話を聞けば、それはまぁなんというか、警戒心のなさを利用された酷い話だ。
先ほど全力で逃げたおばさんのような人がしゃがみ込んでいたから『大丈夫ですか?』と話しかければ、『腰が痛くて』という。
どうやら親切であるらしいこの少年は『目的地が近いなら背負いましょうか? それとも救急車を呼びますか?』と丁寧に提案したそうだ。
それに、『あぁありがとう、近くだから背負ってもらってもいいですか』といわれて、後ろを向いてしゃがみ込んだ瞬間に素早く後ろのポケットから財布を抜き取り全力ダッシュで逃亡されたという事。
光太が見たのは、ちょうど全力で走ってるところだったらしい。
「それは、まぁ、なんていうか……ごしゅうしょーさまです?」
「あぁ、うん。ありがとう?」
いきなりのことに唖然としていて、追いかけるという選択肢が思いつかなかったらしい。
色々な意味で心配な人だなぁと光太は感じた。
「ひとまず、カードを止めるなり、警察にいったりした方がいいのでは?」
放っておいてもいいのだが、一応かかわったご近所さんとして、光太にもわかる範囲で対応したら? と促す。
少年はうーん、と腕組みして考えているようだった。
「まぁ、いいかなって」
「いや、よくはないだろ」
出た言葉はなんというか、軽い言葉だった。
光太が思わず一応丁寧に喋っていた言葉が崩れるほどの楽観だった。
「いやー、カードとかは入ってないし、中身も3千円くらいで……枚数的にはレシートのほうが多いくらいだったし……時間とられそうじゃない?」
「あー」
光太はそういう事態を聞いたことがないためよくわからないものの、なんとなく盗難で警察に届け出たとしたのなら確かに時間はかかってしまいそうなイメージというものがあった。
被害が広がらないなら時間をとる、というのは確かにありといえばありなのか? と少しは納得がいく。
「まぁ、心配してくれるご近所さんと出会えて知れた分、良い事の方が多かったと考えよう!」
「わぁ、無駄にプラス思考ですねぇ」
「難しい言葉知ってるね!」
「別に難しくはないです」
「あれぇ……?」
とぼけた人だとは思った。
話したそうだったし、と、少し話してみる事にすれば、どうやら高校にいくくらいの年齢であり、事情があって学校には通っていなく、アルバイトで日銭を稼ぐ一人暮らしであるらしかった。
あまり学はないと自分で断言する少年は、光太の目からみれば酷く善良そうに見えて、そう苦労しているようには見えない。
光太は、強い人なのかなぁと思った。
自分がうまく使えないからという理由で敬語はぬきでといわれ、少年の雰囲気も相成って普通に話をしていた。
「あんちゃん、近所で割と目撃情報が拡散されてるんだよ」
「あ、近所でそんなに情報回ってるの? 恥ずかしいなぁ……」
「ご近所おかんネットワークをなめない方がいい……気付けば縁もゆかりもない噂さえ拡散される……」
「えぇ……それはやだなぁ……あ、でも、せっかくならこれを気に仲良くできればうれしいなぁ」
「仲良くしたいのならば供物をささげよ……」
「えぇ……なんか封印されてる悪い系の存在か何かなの……捧げないとどうなるの?」
「爆発します」
「えぇ……怖い……」
「まず、毛根という毛根がはじけ飛びます」
「えぇ……凄いハゲそう……」
そうして、長く話しすぎたか四太郎が『もう散歩じゃないでしょ、話すのは良いけど1回俺を家に戻そうぜ?』という催促があったため解散することになった。
「犬が家でぐーたらさせろっていってるから、帰るね」
「犬は散歩が好きだって聞いてたんだけど」
「うちの犬は家の守護神へのクラスチェンジを狙ったレベリングをしているので……」
「レベリング……」
「つっこみのキレが悪いなー……チャンスをやろう。尻尾を巻いて出直すがいい……」
「やっぱり封印されてる悪い系の何かでは……?」
こうして、適当な会話をしても怒らない年上の存在がまた1人光太に増えた。
それは、光太にとっては喜ばしいことだった。
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