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イリベロトスドルイワ11
しおりを挟む何を見ればそうなるというのか、それとも他にも少年は何かしたのか。
天秤の頭は血管がいくつもはじけた様に出血をはじめ、それをどうでもいいというようにただ己の目を潰そうと急いで指を突っ込み始めた。もう見たくないといわんばかりに、そのまま見た記憶よ消えろと脳まで届かせるように。
しかし、少年が呟けばその動きはぴたりと止められてしまい、少なくとも見た目は怪我をしていない状態にされた。
見た目は、というのは、少年がそこまでしかできないからだった。
「せめて、僕を気遣ってくれるような人の役に立ってから死んでいってよ」
そう呟かれた声は、もう届かない。
焼かれてしまった。
見たものがあまりにもあまりすぎた。
脳が処理できず、処理を拒み、魂がそれを受け入れることができず、天秤は壊れてしまった。
「あぁ――こんなにも簡単に崩れる。そんなんで、どうして終わりから救う存在がどうたらいってたんだろう?」
ぶつぶつと繰り返すだけの人形になりさがった。
もう、少年はどうでもいいかと興味をなくし――本来の目的へと足を進めた。
重たい。重たい足を。
無意識に、時間をかけていた。
どうしても見たくなかった。
少年にとって、それは体験したことがない恐怖だったのだ。
少年にとって、死はありふれたものだった。
誰にとっての死も。
それは理不尽であり、救いであることを知っている。
だから、今まで誰かの死にそんな恐怖という感情を覚えたことはなかったのだ。
「あぁ――こんなに」
ぼろ屑だ。
快活だった雰囲気など、残っていない。
太陽のにおいは、もうしない。
楽しくおしゃべりすることができそうにない。
そこにあるのは、ただ完全には壊れていないだけの2つの子供の残骸にすぎないことが、どうしたって少年にはわかる。
わかる力を持っているから――それが、己の力でもってしても元通りにすることができないということも。転がる見覚えのある動物だって、形を整えたところで同じふてぶてしくも人懐っこいそれとは別物になってしまう事を知っている。
「――――」
擦り切れるように、小さな小さな声で、比較的まともに残っている方がぶつぶつと聞き来れない音を出し続けている。
もう、それしか知らないように。それしかできないように。
片方はもう、生きているだけだ。
いっそ、死んでしまえていないことが悲しくなるほどにただ生きているだけだった。
残骸だ。
ここにあるのは、少年に楽しさや温かな嬉しさを教えてくれた人間の残骸だ。
悲鳴を上げたい気分だった。
たくさんの死体を見た。
時に作ることだってしてきたのだ。
最近は、鬱陶しさなどからそうすることも初めてした。すっきりするような、しないような、そんな複雑なものも味わった。
それでもそこに恐怖はなかった。
少年にとって1番の恐怖とはなんだったろうか。
1番最後の恐怖は?
(いいや、きっと、あの最高に嫌だと思った瞬間だって、これほどの)
自分が落ちていく、無くなっていくことがわかりきってしまえる恐怖。
それよりも。
きっと、今、生きてきた中で1番怖いと少年は感じている。
(怒りだ)
そして、それと同じくらい湧くのは怒りだ。
少年は今まで嫌だなぁとか、小さく苛立つことはあれど、これほどまで怒りという感情を覚えたことはなかった。
怒り、恐怖は、少年にとって遠い感情だったのだ。
力を得るまでは、無力感や悲しさばかりがあった。
力を得た後は、そこにあったのはある種の満足感であり、ある種の『自分がやらねば』という独りよがりとも呼べる使命感だった。
(たくさんのものをもらっている。もらっていたんだ。僕は、それを君たちに返すことができていたんだろうか)
きっと、守ることができたのだと少年は思う。
あまりにも、周りというものを一定に見過ぎていた。
全部が同じように見えていた。
その景色を変えてくれたはずなのに、そう自覚した時には手遅れ。
もう少しで、新しい何かが掴めそうな気さえしていたのだ。
たくさんの色を手に入れて、新しい絵が完成しそうな気分だった。
しかし、それにばかり気を取られていた結果――絵の具をくれて、そこに塗ればいいよとアドバイスさえしてくれるような存在はこうなった。
積み上げたものががらがらと崩れていく。
残ったものが怒りだった。
(どこに向ければいいのだろう。あぁ――そういえば、あの人は、いつだって怒っていたっけ)
自らを捨てた母なる存在を回想する。
いつも怒り、泣きわめき、縛り上げ暴力を振るい閉じ込めて最後は放り出してどこかへ消えたもの。
(強く怒らない。そうすることができなかった。することがなかったのは、あの人のおかげだったのかもしれない)
少年は、その存在を可哀そうだと思っていた。
ただただ悲しい人だと思っていた。
(あぁ――そうだ。怒りはなかった。そうされたときに、確かに怒りはなかったんだ)
今ほどの、激情はなかった。
強く、情けないと思うほどの怒り。
自分に対する強い感情。
殺してやりたくなるくらいの。
不安定だった力は、今や十全に扱えていた。
(――殺してみよう。探して、そうしてみよう。自分から、手を伸ばされたわけでもないけれど、僕が伸ばした最初の手だろうから。1度だけ、そうしてみよう。自分の意思で。そうすれば、もしかしたら違う感情が湧くのかもしれない――でも、そんなことの前に)
手を残骸に向ける。
差し出すように。
掴んで欲しいと、そう祈るように。
『ごめんなさい』
音は声となって聞こえる。
そのくらいには残っていたらしくほっとする。
ほとんどがもう死に向かってしまっていて、魂がぼろぼろだということが、通じてなおさらはっきり見えてしまってすぐにそのほっとした気分は死んでしまう。
いくら力を使えても、魂が死に向かっている場合はどうしようもないのだということを実験してみてしっている。対策を事前にうっていない限りは、引かれた魂を、損傷した分を、取り戻すなんてことはできない。
引いている対象が、巨大すぎる。
それをきっとカミサマと呼んでいて、それはきっと魂というものに執着している。
どの世界でも死というものを迎えれば、それに引かれてしまうのだ。
だから。
体の欠損をどうにかできようが、魂が損傷していればそれは――どうしようもないのだ。
それが小さければ、まだどうにかしようもあるが、もはや――ぼろぼろのほうは、維持できているのが奇跡でしかないほど小さいのだから。
「妹ちゃん」
『――あんちゃんさん?』
まだまともな方は、少年を認識したようだった。それでも、実態である肉体は依然意味がない音を出し続けている。
その声も、どこか日常にさえ近く、乖離が進んでいる証明ともいえた。
(なにがどう転んでも――きっと、これが最後の会話になる。僕と友達になってくれた、そのまま兄妹とは)
天秤に向けた表情とは打って変わった、初めて努力しながら作るしかない表情は、とてもとても引きつっていて不様だった。
それでも、その声は少し安心して聞こえたから。
それだけで、それを誰に笑われたって、少年は良かったのだ。
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