十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

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イリベロトスドルイワ13

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 兄の方を見る。
 きっと、どちらが異常なのかといえば兄の方が異常なのだ。
 見るしかできない光景の中で、確かに、ためらいやそうしようという動きはあった。
 最初から最後まで、何の迷いもなくというものではない。

 ただ、それをしない。
 するという所までは決して行かないのだ。
 心が折れない。
 大人だろうが子供だろうが、痛みや苦しみというのは避けたいし、屈してしまう事はある種仕方のない事なのだ。
 まるで、心の柱がゴムか何かでできているかのように、右に左に揺れて、時には潰されて見えても結局元通りになるような。
 そんな、ある種のいびつさというか怪物性が垣間見えた。

 だからきっとおかしいのは兄の方なのだ。
 なりそこないですらない、ただの人間が。
 いってしまえば血のつながりがあるだけの別の生物で、たかだか人生のうち10年もない程度の関係なのに。そもそも、自分がまだ子供といわれる年齢であるのに。

 そんなことが、自分が壊れてしまうほどに、迷いはしようが決断はしないまま続けられる方が、どこか壊れている。
 ほぼぼろ屑のようになってなお――彼は、幻想のような幻を見ているような状態でいて、なお、兄であるということを優先している。
 妹のように会話することができないが、ぼろ屑ではあるがむき出しになっている分、感情はわかりやすかった。

 むしろ、その感情だけが彼の残りがのようでもあった。
 それが、妹を酷く深い悔恨に落としているのは皮肉だろうか。
 きっと、これが平和ならがんこというだけである程度は済んだのだろう。
 これがもし平和でなかったら――痛がり、苦しがり、ちくしょうと叫びはしても死ぬまで突撃してくる人間ができあがるだろう。そう教育されているわけでも、諦めているわけでもないのに。

 彼の中でそうするのが当然で、そうすると決めたからという、それだけの理由でやれてしまうのだ。
 特別に何かが必要なわけでもないのに、大きなことだろうが関係なく諦めずに死ぬまで続けられる人間。
 そこに、自分の命が失われるだとかは関係なく。

(これを、立派と、尊いとほめていいんだろうか)

 どこか、劣等感のようなものを刺激されつつも、爆発物を見るような気持ちになる。

(ちぐはぐだ)

 兄に助けられたと、兄を見捨ててしまったと。
 後悔している。後悔しているから、妹という存在でありたいと己を差し出すような事態となっている。
 兄はきっと望んでいない。
 兄にとって、それが当然だから。

 間違いなく、兄が喋れたら同じことを言っただろう。ただし、妹とは違って痛そうだなぁ等は思えど、最終的にはためらいなどなく。当たり前にそうすることが決まっていたように。
 すれ違っている。

(だからって、僕にどうすることもできない)
「どうか、どうか僕を恨んでくれ」

 それもまた、逃げの言葉だった。
 少年は手をかざす。
 振り切るように、力を使った。
 お別れの挨拶もしないままに使った。
 もう、時間がなかったから。
 そう言い訳をした。



 ちっちっと、時計の針が動いている。
 遠くで、遠くでそれが聞こえているように思えた。
 夢を見ているのだと思った。

「お兄ちゃん。ごめんね。もっと一緒にいたかったし、もっと一緒に遊びたかったけど、もうお別れしなくちゃダメみたい」

 そう言いだした妹に、何故? と光太は聞く。
 どうにもならないの? と妹に聞く。

「うん。どうにもならないんだって」

 そっかー、と返事をして、かわれないの? と聞く。
 どうしてか、妹が悲しそうな顔になったような気がした。

「かわれないんだぁ。ごめんね」

 悲しいなぁ、とぼんやり夢心地で思う。
 ぼんやりしているのに、涙がぽろぽろと流れている。
 体は起きていないのか、夢だから操作できないのか、ぬぐうことができない。

「お兄ちゃん」

 もう遊べないのは悲しいと思った。
 近くにいるのが当たり前だったから、いなくなることを想像できない。ただ、それはぐっとこみ上げてくる何かがあって、それがまるでいなくなることの悲しさが認められないことを押し流そうとしているようでなんだか嫌だなぁ、と思った。
 情けないなと思った。

「お兄ちゃん。私、ちゃんとお兄ちゃんの事が好きだったよ。家族だって思ってたよ。本当だよ。信じてくれる?」

 当たり前じゃないか、と返事をする。
 悩むまでもなく、光太にとってそれは当然の答え。

「いい妹じゃなかったかもしれない」

 関係ないよ、と返事をする。
 俺が好きだったんだ、大好きな家族なんだから、それでいいと思う。
 細かくは、どういっていいのかわからないけど、と。

「そっかー。そう思ってくれるなら、嬉しいなぁ」

 大いに敬えー。それを許そう、と返した。長くやってる冗談のやり取りのように。いつものように。
 そうしたほうがいいと、なんとなく思った。
 もう、2度とできなくなるものだということが、なんとなく理解できて来たからかもしれなかった。

「ははー。有難き幸せ―……お兄ちゃん。私、お兄ちゃんが笑ってるとこ好きだったよ。守ってくれるの、嬉しかった。我がまま聞いてくれると、遊んでくれると、楽しい気分になった。仕方がないなぁー! っていいながらやってくれるの好きだった」

 お兄ちゃんだから、下から甘えられちゃうとやっちゃうんだ。
 笑っているところが好きだと言われたから、笑おうとした。
 少しだけ、動いたような気がした。

「ふふ、引きつってる。おかしいなぁ。お兄ちゃんは、本当におかしい」

 それは頭がおかしいみたいだからやめてくれませんかね、と返事をする。
 楽しかった。
 よくわからないけど、悲しいけど、いつものやりとりは心が温かい気持ちになれた。

 何か、何かとんでもなく酷いことがあったような気がしたけれど、それで冷たくなった気がしたけれど、その気持ちが温められるようで心地がよかった。
 あったものが無くなっていくけれど、なくしたものが返ってくるような不思議な気持ちだった。

「お兄ちゃんは、幸せになってね。たまには、決めたことを曲げるってことも覚えてくれたら、もっと嬉しいけど。できなくても、笑顔で過ごしてほしいなぁ……」

 遠くなっていく。
 夢からさめるように、離れていってしまう。
 手が伸ばせない。
 消えていく。
 小さくなっていく。
 約束する! と叫んだ。
 遠くなっていく妹に届くように、何度も。
 届いたかどうかはわからないけど、最後に笑ってくれたような気がした。
 それが、本当ならいいな、と光太は思いながら浮上した。
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