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あい すてる らぶ うー11
しおりを挟むどくどくと、わかりやすい表現が似合うほどに心臓が鳴る。
それは、生きていることを感じるというより、怖気が走っていることを表現しているものだ。
嫌な予感がする。
特大の、嫌な予感が。
ああ――嫌な予感というのは、感じた時点で碌なことにならないのだ。
千都子の人生にとって、その感覚はそういうものだった。
(苦しい)
蟻はいまだに攻撃してこない。
歩くことを邪魔することもない。
ダンジョン自体に罠がもともとないのか、発動しないのかはわからないが、ともかくダンジョン自体を歩くことに障害もない。
しかし、息が切れる。苦しい。
胃がきしむ。
胸が締め付けられる。
頭ががんがんとする。
それは、精神的なものであることが明らかだった。
はっはっ、と短く息を吐きながら、進む。
(鬱陶しく思っていたはずなのに)
小さいサイズの蟻の隠れ蓑のようになっていた、生い茂る木々の影が減っている。
進むたび、前に行くたびに。
蟻の行動が良く見えるようになった。
削られていくように、遮るものがなくなっていくのだ。
前が良く見えるように。地面が良く見えるように。
土と、蟻が残るように。
もはや攻撃してポイントを稼ぐことすらやめている。
周りの風景が、悪寒が、そうする余裕を千都子から奪っていた。
蟻は、攻撃してくることはなく、じっとそんな千都子を見ている。
先に進めば、もはや自然はなく。
土の中にいるように、上下左右が土。
(壁?)
管を思わせる道。
自然にまみれたような先ほどよりは、よほどダンジョンという名前には相応しくは思えるかもしれないが、喜ぶ気にはなれない。
それは、まるで逆の行動をしている錯覚を千都子に与える。
奥から、外に出るのではなく。
奥に。奥に。
自ら進んで飛び込んでいっているような。
ともすれば、出るためにではなく、進んで終わるために歩ているような。
確かに、千都子は出るために、ここからいなくなるために進んでいるはずであるのに。
「――っ!」
しばらく光り続けるというアイテムを使って視界を獲得し、歩く迷路のようになったその道の先。
1つの部屋。
当たり前のように蟻が敷き詰められていた。
その蟻が、一斉に千都子を視界にとらえる。
蟻が密集してこちらを見ているだけのそのさまが、千都子にはまるで歓迎しているようにすら見えてしまった。
思わず、体力も後先も考えずにイライラに任せた攻撃を放つ。
爆風で蟻が舞う。
ぼろぼろと天井が崩れて、部屋が埋まった。
土埃にまみれるのもかまわず、震える肩を抑えるように自らを抱きしめた。
(……)
無言で歩く。
きょろきょろと目を這わせば、どこにでも蟻はいる。
さすがに、一本道で攻撃してしまうと埋もれ死ぬだろうことくらいはわかるので先ほどのような考え無しな攻撃はできない。
(……ここも、普通にたどり着けたとしたら無理だったろうな)
無理やりに別の事を考えて、苛立ちや不安から目をそらして歩く。
(調整してここにたどり着けたとしても、周りは蟻だらけ。逃げ道はない。大きな攻撃が不可能になって制限される。効果的な攻撃も、思いついたとして倒す数を少なくしなければすぐに通用しなくなるのに逃げ場がないからある程度は絶対に対応しなきゃいけない)
封鎖的な空間になったからか、迷路じみているからなのか。
じとりと汗が噴き出る。
(ホント、先に進ませる気なんてなかったんじゃないの? 他の難易度は、ぽんぽんクリアできるようになったみたいなことをいってるけど、クソゲでは1人もそんなのいないし)
そろそろ、体力的にも限界に近づいてきている。
休み休み来たが、眠ってしまいたい気分だった。
精神的な部分が大きいが、体力的にも。
さすがに、部屋に戻りたくないとはいえ、攻撃されない様子だとは言え、ダンジョンで眠れる気はしなかった。
(あぁ――帰ることも、考えてないしなぁ)
進むことだけを考えてきた。
逃避するために来たから、戻ることは考えていなかった。
(だって、クリアできればそんなのなくてもいいと思ったし。戻りたくもなかったし。仕方ないじゃない。だって、嫌だったんだから。ここに来たのだって私の意思じゃないし。私のせいじゃない)
ぐちぐちとそんな誰にするでもない言い訳じみたことが浮かぶ。
いつまでも攻撃されない事や、ストレスを感じ続けた事、体力も精神も限界に近いことから、どこか投げやりな雰囲気が漂う。
1度そうなってしまえば、そこからは崩れ落ちるように千都子は保てなくなっていった。
ぼんやりとした気持ちで、もはや警戒心も無くなってしまいかけた状態。
もしこれが、いつも通りのダンジョンなら生きてはいられなかっただろう。
気付けば、ずるずると鈍器を引きづっている。手を離さないだけ、理性があるといっていいかどうか迷うように気だるげに持っている。
線を描くように。
ふと、何気なく振り返れば闇が見える。
描いた線が、それに飲み込まれている。
蟻が共食いをしていた。
ぼーっと、なんとなくそれを千都子は見ている。
共食いし終わった蟻が、千都子を見るように頭を上げた。
目が合ったような気がした。
口の端が引きつるような感覚。
ぷつ、と何かが切れた気がした。
「――はは」
何か、笑いが漏れた。
楽しい気分でない、疲れたようなものだったが、久しぶりに声を出して笑ったような気がした。
それが、まさかの場所でまさかの状況だったとことに気が付いて、千都子はそんな自分にさらに笑えて来た。
「――ははは」
そんな千都子を、蟻共はずっと見ている。
共感する様子も、反発する様子もなく。
時に共食いを重ねながら、ついてくることもなく。
ついてきていた子たちのことを思う。今はいない子たちの事を。
そんなわけもないのに、見ているだけの蟻が今はついていない子たちを嘲笑っている気がした。
「――あはははははっ!」
気だるげに持っていた、鈍器を振り上げる。
「――ああああああああああ!」
限界に達したように、見ていた蟻を叩き潰すように振り下ろした。
ずしん、と全体が響くような音。全力の一撃。考え無しの。ただ、相手を殺しせしめるための。
びち、と硬質さと水気があるような音を立てて、蟻の頭が弾ける。
がらがらと、その先に続く道が土で埋まっていった。帰るための目印のようだった線は、途切れてしまった。
「なんなんだよっ! なんなのよっ! あああああああ!」
退路がなくなってしまった。なくしてしまったことも気にせずに、頭を掻きむしって叫んだ。
何かとてもよくわからない気持ちにもなって、涙がぼろぼろとこぼれだす。
反射か、びくびく跳ねている蟻の部品が落ちているのが見えて、千都子は無性にかみついてやりたい気分になって手に取る。
どろりと何かが漏れている。
吐き気がした。
気持ち悪くて、投げ捨てた。
うずくまる。
何も見たくない気分。危険だとか、状況だとか、そういう一切を気にしたくないような。
色々と、限界だった。
爆発してしまった千都子は、気絶するようにその意識を落とした。
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