十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

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鬼の首3

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 講義が終わり、1息ついていたところで啓一郎の隣に竹中がよってきていた。

「……山田か」
「竹中ですこんにちは。あの、いい加減名前覚えてくれませんかね。なんか泣きそうになるんですけど」
「泣けばいいのでは……?」

 別に宣言することでもないだろうと、特にボケでもなく啓一郎に気付いたか、『マジかお前』とでも言いたそうな顔に竹中はなっているが、それをわかっていて気にするそぶりもなくカバンにノート類を詰め込んでいく。

「やだ、すごいしんらつ……もう数か月の付き合いで家にも遊びに来たじゃん……? むしろそれでなんで名前覚えられてないの? 俺の影はそんなに薄かった? 透けてる?」
「あぁ、ケン君は元気にしているか?」

 これで交流がないかといえばそういう事もなく、件の飲み会から主に竹中がガンガン絡んできて啓一郎も特に来るものを拒むということはしないためか、見ようによっては友人とも呼べるようなイベント類をこなしていた。
 とはいえ、名前を間違うのはジョークの類ではなく本気である。

「なんでちょっとあっただけの弟の名前は憶えてるんですかねぇ……」
「子供は好きだからな」
「ぼく、3つ!」
「ははは! 殺すぞ」
「やだなぁちょっと冗談じゃないか本当にただのジョークなんだからマジで爽やかに殺害宣言しないで怖い」
「なんだそのノンブレス棒読み」

 朗らかなトーク程度ならほどほどにできるようになり、啓一郎としても暇なら誘われた遊びにも付き合うような関係。
 ただ、啓一郎にとってはあくまで知り合い以上という事もなく、どうにも竹中という男もそれを理解していて、だからこそこうしてしつこいくらいに絡んでいるところがあるようだった。

「そいや、神田町ちゃんと連絡先交換してたよな? どうなん? 連絡したん? ん? ちょっとおじさんにも教えてみ?」
「鬱陶しい表情だなぁ……誰だそれ?」
「本当に人の名前覚えない人ですよね貴方! ほら、前の飲み会の時のかわいい子! 髪長くて顔面偏差値高かった子! 雨宮を俺が日雇いした日の!」
「テンション高くてうるせぇなぁ……」
「そこ!?」

 そういえば、と該当する人物と、確かにその日に連絡先を交換したなぁということをなんとなく思い出す。
 確かに、件の女は啓一郎から見て美人というに間違いない容姿をしていた。
 並みの男なら目を奪われ、声をかけたくなるだろうというレベルの高い水準。
 その先がないとわかってようが、連絡先の交換などできればそれだけで数日喜んでもおかしくはない。

「えー……本当に興味なさそうなんだよなぁ……そこまでおさるさんになろうとかは言わないけどさぁ、あれだけレベル高かったらもうちょい反応しない? 男としてさぁ……もしかして、そういうことなのか? ……大丈夫? 病院に行く? 大丈夫、今はお薬とかで治療できる時代になってきているらしいよ……?」
「ははは……突発的に救急車にでも乗りたくなったんだな? よぉし、協力してやろうじゃないか」
「いや違うこれは場を和ませるジョークであるからしてどうか勘弁してごめんなさい!」
「お前はあれだな、馬鹿なのか勇気があるのかいまいちわからないよな」
「笑いは世界を救うから……俺の痛み1つで、ボケが1つ生まれてくれるのなら、それで……!」
「無駄に壮大だなぁ……別のところに力を入れような。きっとお前にボケの才能はないから……」
「え……今までの会話の中で一番傷つく……」

 怖がっていないわけではない。
 啓一郎という存在をその対象としていないわけではない。
 下心が全くないわけではない。
 厚遇されているわけではない。むしろ、興味なさげにふるまっているし、現に名前もろくに覚えていない。
 奇妙な存在だと啓一郎は思う。
 昔、まだ友人というものをつくるに努力していた頃にはいなかった存在だと。
 興味本位で近寄ってきたものは、長く続きはせずに怖がったり違和感を持たれたりして勝手に離れていった。
 下心で利用しようとしたものは、害がなければ放っておいたがそれも勝手に離れていった。

 啓一郎は、どこか他人を恐怖させてしまうような雰囲気を天然で持っている。
 自覚は多少あることであるが、今はそれを無理に抑えようとしていないから、勘が鋭いものなら話しかけようともしないだろう。
 いや、改善はしているのだ。
 父が友人はいたほうがいいものだ、と言われて、抑えようとはしたのだ。
 だが、もともと無自覚なものでもあり、本人としても周りを威圧するつもりもない。自然なものなのだ。
 どうやっても、どうにもならない。
 そういう結論に至り、止めてしまった。

 結局、誰とも長続きしない人間のままで。
 人付き合いがまるでできないわけではないから、それでいいかと思っていたところで大学生になり、出会ったのが竹中という存在。
 恐怖していることを隠しもしない。今までなら、恐怖しているところを見せて不快に思わせるのも怖いといった状態のものばかりだった。もしくは、恐怖するという状況に入った時点で離れていった。
 下心があることを隠してもいない。とはいえ、その下心も何か大ごとに利用して野郎だとか、威を借ってえばりちらしてやろうだとか、そういうものではない。『なんか仲良くなりたい奴が強そうだから、近くにいたら絡まれないかもしれない!』程度のものだと啓一郎は察している。
 怖がってはいるが、そこまで切実ではないというか。
 怒らせてしまうような類の発言もするし、いらっとした態度におびえるような反応も返すのだが、懲りずにやってくる。

 かといって、前の事を忘れたわけでもない。
 ただの馬鹿だ。馬鹿には間違いないとは啓一郎は思うのだが、それでもそれだけではないような、不思議と結論付けるしかない行動をする初めての生き物だった。

「ところで、今日はいいのか、お前の幼馴染……田中? の方は」
「あぁ、その神田町ちゃんと一緒にランチしているから、邪魔するとキレられるからなぁ……怖いんだぁ、怒ると。あと、田中じゃないからね浅井ね。男は山田、女は田中だけで人類は構成されてないからね……?」
「怒っても怖くない人間というのがお前にまずいるのか……?」
「……いない! つまり、何の問題もないということでは……! あと名前の件をさらりとスルーしたね!?」
「問題しかない気がするんだよなぁ……大丈夫だって、お前の名前もちゃんと覚えた覚えた、ほらええっと、なぁ武田」
「だれが騎馬隊で有名な感じの奴か! 竹中ですぅ! 思い浮かべるならどっちかっていうと軍師のほうでしょ! というか山田と混じったにしても多分違うじゃん、文字!」
「誰が戦国武将だよ。思い上がんなもやしが」
「理不尽過ぎない?」
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