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鬼の首12
しおりを挟む竹中工大には特に仲がいいと思っている異性の友人が2人いる。
最近になって、そういう風になれたらいいなという同性の友人が1人できた……その本人が友人とみてくれているのかはわからないが、少なくとも竹中は『どういう関係?』と聞かれたら『友人』とはっきりと答えるだろう。
「俺はお茶漬けが好きなんだ」
「……変化球過ぎない? 竹中ケンとお茶漬けメーカーの名前につながりがなさすぎてちょっと悩んだよ……」
当該の人物である、雨宮啓一郎という男は、自らと違ってとてもたくましい。
たくましいというか、おかしい。
言葉に絹を着せないのであれば、異常という言葉が似合うだろう。
初めてこの男を竹中が見た時は、そこに鬼か何かがいるかのように感じた。
確かに人の形をしているが、人ではないような圧がある男だと。
いるだけで、周りを屈服させてしまうような。
異性の友人関係のあれこれで、気配だとか殺気だとかが漫画や創作だけの話ではないというのは身をもってしっているが、それでもその男は今まで感じたことがないほどに強い存在だった。
きっと、反発するか屈服するか、どちらかによらずにいられないような気持ちになるだろう、こんなものに始めてあったならと、そう確信できた。
竹中自身、恐怖を持ちながらもそう冷静よりに判断できて、興味を持つことができたのはやはり慣れがあったからだ。
そういう、『少しずれたもの』の気配に。
「お茶漬け出すか?」
「帰れって言ってる……? というかここ俺の部屋なんですけど、どこに帰ればいいんですかねぇ……」
1人が似合う男だった。
似合うようになった男でもあると思った。
似ている人間を知っている。
神田町代子という女がそうだ。
浅井祥子という幼馴染を通じて友人になったその女に、似たような感想を覚えたものだ。
諦めである。
1人でもきっと平気なのだろう。
だって、彼らは強いから。
でもそれは、2人以上であることが楽しく感じないというわけではないことを、すでに竹中という人間は知っていた。
知っていたし、神田町という人間を幼馴染と絡んでいる場面を客観的に見た時に不器用そうでありながら、どこか楽しそうに、しかしそう思う事を封じ込めるような様子でひきつった笑いをしたようなものを見ているのだ。
諦めだった。
それはきっと、無くなってしまうものからの逃避だと思った。
「最近、神田町ちゃんとずっと仲良く漫才するようになったね」
「ボケとつっこみ的な意味で言っているのなら、お前の方がよほどなんだが」
「俺がツッコミに忙しいのはボケの数が多すぎるからだよ……?」
竹中工大という人間は、後悔のある男だ。
力がない。
頭がいいわけでもない。
勇気も、大事な場面で出すことができなかった人間だ。
特に目立った生い立ちでもない。
いいも、悪いもない。
悪い寄りの、でも悪すぎない中間寄りの人間で、異性の友人2人や、目の前の同性の友人1人に比べれば一緒にいるのがおかしなくらい平凡。
でも、だからといって異常よりの人間と共にあることが間違いだとは思っていない。
「良かったよ。そんなに笑えるようになって」
「……お前は近所のガキを気にするお兄さんか何かか」
「そんな筋骨隆々のお子様がいるかよ……!」
「お、おう。そんな必死に突っ込むとこじゃなくないかな……?」
竹中は、一緒にいる自分という存在を相応しくないとは思わない。
必要なのだと思っているから。
『君たちはただの人間である』というのは、きっと自分のような人間でなければできないと考えているから。できないわけではないのだろうが、強いもの同士では難しいと。そもそも、竹中のような存在がいなければお互いが付き合うことも稀だったろうからと。
ぽつんと、1人ぼっちで強く生きなきゃいけない強い獣に見えた。
でも、その目は誰かを求めているとも思った。
自分のようなやつくらい、そうできてもいいんじゃないかと思った。
神田町にしても、啓一郎にしても、ただ存在が強いだけで、恐怖を感じたとしてもおびえ続けなければいけないような人間でないことくらいは少し話せばわかるから。
「人の事を気にするのがいいが、お前のほうはどうなんだ」
「と、いいますと」
「浅井のことだよ。進展させないの?」
「……あれ? あなた、そういうのわかる人でしたっけ?」
「俺の事を何だと」
そうできない人間のほうが多いのは仕方がない事だと思う。
そういう人間に会えなかったのは不運だとも思う。
自分が特別な人間でないことを竹中は自覚している。
そんな人間が今まで啓一郎とう人間の側によれなかった者どもとなんの違いがあるのか。
竹中には、ただ1つ、その心に巣くう後悔があったというだけの話だ。
その後悔がとても恐ろしくて、恐ろしすぎるから、目の前の恐怖を押し殺してしまえるくらいに怖いから。
「……まぁ、その。向こうはわかってないっていうか? 代子たんラブ勢っていうか」
「たまにジョークに思えなくなるんだが」
「俺も……そうじゃなくても、俺じゃ多分駄目だからなぁ」
「そうか……もやしだからか……」
「そんな道端で枯れた花を見かけたような寂寥感に襲われてるみたいな視線で俺を見るのやめてくれます……?」
後悔が消えるわけではない。
消えるわけではないが、こうして仲良くしたいと思った友人が笑えるようになった手助けにもし慣れていたのなら、少しだけ救われると竹中は思っていた。
過去を取り戻すことはできない。
戻ったところで、戻って行動できたところで、1度行動できなかったとういう事実が己の中から消えるわけではない。
けれど、増やさないことはできる。
そうできる自分の事は、少しだけ褒めてもいいと、竹中は少しだけ思えるようになった。
「まぁ、いいんだよ。これで、今は」
「お前がいいなら、いいけどな」
「そんな、率先して気にしてくれるようにまでなって……心が広くなったねぇ」
「会うたび大きくなったねぇとかいう親戚かなんかかお前。近所のあんちゃん的な位置から高速で間を詰めてくるんじゃねぇ」
啓一郎は最近明るくなったと思う。最初からマイペースだったから、きっと周りからすれば何も変わっていないと思われるかもしれないが、大学に入ってからの期間でしかないが近くで見てきた竹中にははっきりわかる差だ。
それは完全にではないが、諦めが消えようとしている目だ。
きっとそれは、神田町という存在が大きいことを知っている。その神田町も、お互い影響し合うように最近もっと楽し気になったことも知っている。
それでも、少なからず自分が影響していることも知っている。最初から、どうでもいいとは思われていないことも。
前より、壁が感じなくなって、ちゃんと仲良くしてくれている事がわかる。そうしようと思ってくれていることがわかる。あえてまっすぐ指摘はしない。茶化すくらいがちょうどいいのだと竹中は知っている。
周りが見るより、ずっと不器用なのだから。
楽しい方がいいのだ。
普通でも、そうじゃなくても。
竹中は、啓一郎にしても異性の友人2人にしても、そういう風に思われる時間を作り出せる自分でありたいと、そう思い続けている。
少し救われた気分になれるから、と思ってしまう己を嫌悪もしつつ。
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