上 下
196 / 296

鬼の首14

しおりを挟む

 チャレンジしないわけもなかった。
 筋肉は、継続すれば手に入るものだ。
 適度な負荷と食生活。
 その2つをしっかりしていれば、例え器具のない自重だろうがある程度のものはついてくる。
 有酸素運動で体力をつけるのもそう。
 有酸素運動はしすぎれば筋肉が削られてしまうが、バランス次第である。
 格闘技も積み重ねだ。
 才能がなくとも、やりつづければある一定の場所にはたどり着くことができるだろう。

 しないわけがない。
 できるのだ。どれもこれも。
 できる環境にいたのだから、力が欲しいと思うのなら。
 高望みしているわけでもなく、ふってくる力を待ち続けるわけでもない。
 当たり前に動けるようになりたい。
 せめて、せめてと。
 コンプレックスだ。
 平均以下のこの体強さは。

「……実際やってみてそれなのか?」
「……そうなんだよねぇ」

 溜息をつく。
 啓一郎が馬鹿にして言っているわけでもなければ、呆れて言っているわけでもないのがわかるのが竹中にとっては救いだった。
 もっとも、告白したところでそんな目を向けてくるような性格ではないとわかっているからここまで素直に話せるのではある。
 冗談をいったり毒めいた言葉を吐いたりからかったりしていても、傷つける気がないから範囲を計ってやっているのだ。現に、もしかしてつついたらダメなところだったのかと、今までの言動を思い返してわかりにくく反省していることも竹中にはわかった。

「やり方の問題? いや……試してないわけないよな。病気……ってわけではないよな。病院とかにいったり薬飲んでたらわかるし、健康ってことも見りゃわかるしなぁ……食欲がねぇわけでもない」
「試したんだよなぁ……結果的には、なんかそれ以前の問題ってことになるんだけど」
「それ以前の……?」

 啓一郎が首捻るのを見て、苦笑する。
 そう。
 色々チャレンジはした来たのだ。
 実際、1番初めは少しなりとももやしめいた体からの脱却ができそうな予感が走るくらいには肉が乗ってきたことだってあったのだ。

 ただ、その続きを己の体で描くことはできなかった。
 病気という訳では、ない。
 その1番初めでちゃんと少なからずの結果はでていたのだから、体質的に筋力が突かないわけでもない。
 運動したらダメな何か疾患があるわけでもなかった。

「呪われてるんじゃないか、って2人は言われたよ。実際、俺もそう思うよ……逆に呪われてるでもないと、納得できないっていうか」
「呪いって……穏やかな話じゃないな」
「……俺さ、異様に怖がりじゃん」
「ん? ……あー、この前の肝試しとか、確かにやたら怖がってたな?」
「俺がそういう意味の分からない常態だから、そういうのって怖いと思っちゃうっていうのもあるんだよね」
「体感として知ってるから、あるかもしれない、で怖くなるってか」
「そういうこと」

 呪い。
 呪われている。
 そうとしか思えないような結果を引き出し続けた。
 結果がこの筋力が平均以下で、体力も平均以下で、運動神経もないという体。
 努力をしなかったわけでは、決してない。
 何もせずに『元からこうだからと』言い訳しているわけではないのだ。
 確かにそこにはあがいた過程があった。

「……でもよ、鍛えてダメな呪いって何よ? 走ろうとしたら足が動かなくなるとか、腕立てしようとしたら力が入らなくなるとかか? それとも、呪いによってマッチョの神とか運動の神から嫌われているとかなのか?」
「……もしマッチョ神とかいたら祈るだけで筋肉つくのかな? ちょっと本気で探してみようかな……?」
「妙な冗談を挟んだ俺が悪かった。正気に戻れ。あと祈るだけで筋肉がついたらそれはそれで呪いめいてて怖いからな」

 冗談を言い合いながら、己の腕を見ればそこにはいつ見ても変わらないがりがりではないまでも決して筋肉があるとはいえない白い細腕。
 女っぽくはないけれど、決して男らしくもない。
 中途半端の体現のようで、ふとした瞬間嫌な気分になる腕。

「鍛えようとするとさ……なぜか、絶対に体調を崩すんだよ。やーめた! と思うまで崩しっぱなしなわけ。今や行動した時だけじゃなくて鍛えよう! とか本気で思っただけで、体調がストンって落ちるんだ。邪魔するみたいにさ。もうこれ漫画だろ?」
「そら……なんというか……なんともいえないな。体が拒否反応でも起こしてるのか? 体調を崩すってのは」
「……鍛えようとしてさ、最初の1回だけ、少し筋肉も体力もついたことあるんだ。まだまだガキだったから、やり方も自己流のやつでさ。でもそれでついた。確かに、結果はあったんだ……だから、体がそうできないはずないんだよ。ある時、突然、体調を崩した。なかなか治らなくって、鍛えたものが全部無駄になるくらいやせ細っていった。そして、そこまで痩せたら――元気になったんだ。その時は、また鍛えなおしだな、でも1回鍛えたから次はもっと効率よくやれるな、なんて考えてた」

 まだ、鍛えることを諦めていなかったころのことを思い出す。
 本当に、何がきっかけなのかわからないし、原因も不明の体調の崩し方をした。
 医者にかかっても、風邪だろうという曖昧なものしかわからないままで。

「でも、今度は鍛えようとし始めたらすぐに体調を崩すようになった。その時はまだ、何かしら鍛えようとしたら体調を崩すんだ、なんてわからなかったよ」
「……それはそうだろうなぁ」
「病み上がりだからか! なんて思っちゃたりして」

 少し休めば、また。
 と。
 まだ前向きに手に入れたいものに絶望なく手を伸ばしていた頃。
 自信を持ちたいから。
 今度は少しでも役に立つために。
 勇気を。

「――でも、いつまでたっても症状は変わらなかった。医者にもいったよ。原因はわからなかった。ただ、いろいろ試して――本当に、色々やってみて……何もしなければ、本当に健康体で。でも、ある程度以上鍛えようとすると体調を崩すっていう……そんな意味の分からない事実だけがわかったんだよ」
「意味が分からないな……何もしなければ本当に健康なのか?」
「うん。なーんも問題ない。風邪もあんまし引いたりしないレベル。ちなみに太りもできないんだよ。食いまくった分どこで消費してるんだろうね……?」
「確かに割と食ってるよな……おい、本当にホラーじみてないか?」
「だからいったでしょ」

 だから、それはまるで呪いのようだった。
しおりを挟む

処理中です...