十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

文字の大きさ
203 / 296

鬼の首19

しおりを挟む

 懐かしい匂い。
 懐かしい場所。
 温かい空気。
 いてもいいのだと認められている気分になれる時間。

 ぼんやりと座っている。
 何をしていただろうか。
 思い出せない。

 幼い啓一郎の前には、父が座っている。
 幼い。幼い?
 父が座っている?

 ふと、何かノイズが走った。おかしなことが起きているような。違ったような。
 『どうしたんだい?』とでも言いたげに覗き込んだ父の顔。
 いいや、なんでもないよ、と返すと、そうか、とゆっくりと笑みをつくった。
 何もおかしいことなどない。啓一郎にとって、それは見慣れていた景色なのだから。
 見たいものが映っているわけでもないテレビを見る。

 ザーザーとホワイトノイズ。
 まるで、蠅が笑っているようだ。
 チャンネルを変えるとホワイトノイズ。
 どこを切り取っても、面白い映像など映りはしない。

 お前に見せるモノなどないのだと言われているようで腹が立つ。
 ぶ、ぶ、と途切れるような音と共にやっと映像が映る。
 ホワイトノイズに乗るようにして映る白い影。
 これはなんだろうと考えながら啓一郎はよく見る。
 見覚えはなかった。

『もっとうまくやれたらと思っているだろう?』

 白い影が喋る。
 まるで、こちらに喋りかけるように。

『もしかしたら、母がいないのも父が早世してしまったのも自分のせいではないかと思っているだろう』

 それは。
 それは、思っているというか、事実だ。
 啓一郎は思う。
 実際、己がいなければ生きていた確率方が高いのだと。

『上手くふるまう事ができなかった。思い切りやってしまった。考え無しだった。そも、生まれた時に』

 不快。
 画面に拳を叩きつける。
 しかし、思った通りの威力は出ない。何か正座でも長時間していたかのようなしびれが全身に走っている気持ちで、どうにも力が入らないのだ。
 殴りつけた感触自体も、どこかふんにょりとして柔らかいもののようだ。
 ぽわん、と跳ね返されるように、拳はその振るわれた意味をなさない。

 叫ぼうとする。
 それも、どこか空気が抜ける風船のように入れるべき所に力が入らず、何を言っているのかわからぬ小さな声にしかならない。
 父が笑っているのが見えた。

『周りの人間がとても弱弱しく見える。まるで、別の生き物みたいに』

 小さいころ。
 小学校。
 同級生も、上級性も。
 全部が全部、どうしようもなく脆いものに見えた。
 子供のころは無意味に根拠のない万能感に陥りやすい、という事は知っているが、そういうのではない。
 考えとしては傲慢だが、1ランク劣った生き物でしかないようにしか思えなかったのだ。

『可哀そうと憐れんだ』

 何せ、こちらが強く当たれば容易に壊れてしまいそうなのだ。

『怖がられた』

 納得。そちらからも違うように見えるのだろう。

『それでいいのか、という疑問が湧いた』

 父。
 優しくしてくれた父。
 家族でいてくれた父。
 愛した人を奪った存在なのは間違いないはずなのに。
 周りと同じ己よりも弱いはずの存在なのに、とてもそう思われるのが苦痛に思った存在。
 父が笑っている。
 笑って、立ち上がって、ホワイトノイズが走るテレビを蹴り飛ばした。
 大きな音を立てて、テレビが飛ぶ。火花が焦げ臭いにおいと一緒に線香花火のようにはじけている。

『いい父だねぇ? それを君はなくしたわけだけれど』

 父が、拳を画面にたたきつける。
 勢いの乗った拳は、されどもその画面を割るには至らなかった。
 ホワイトノイズの影が、目も口も見えやしないはずなのに、いやらしく笑ったように見えた。

『君は間違ってなんかいないさ。事実、君は他の人間とは違う。もっと先に進んだ形だ。完成品ではないなりそこないではあるけれど、それでも今までのものとは一線を画す存在なんだ。そう思っても仕方がない事なんだよ。そうあるべく生まれたのだから』

 父が画面に拳を落とし続ける音が響く中でも、声は関係なくはっきりと聞こえ続けている。

『父親に執着すべきじゃなかったねぇ。切り捨てやすいようにできているのだから、そうあれば君は苦しむことも悩むこともなかったのに。すっきりとした気分で生きれたし、君はそうする権利があったし、そうしたほうがお互い幸せだったんじゃない? 君はもっと楽しく生きれたし、君の父親はやめたくないものをやめずに、さらにはもっと生きることもできた』

 泥。
 言葉が泥のように入っていく気分。
 嫌なものだと思うと同時に、啓一郎にはある種の納得感もある。
 確かに。
 同じだと思えなかった。
 同じ生き物なのだと。だからきっと、父がいなければ、何かあっても切り捨てる場面にあったとして、心は露ほども痛まない存在であったかもしれないと。

 小さいころから、どうしても集中しなければ名前を覚えられないのは。
 深く仲良くなることへの恐怖の他にも、同じように見えてしまうからでもあったのだと。
 今はだいぶましになってきたけれど、昔は、まるで、別の動物の顔でも見ているように。
 人間に、よほど見慣れなければ犬猫の細かな違いが判らない人が多いように。

『そうとも、今からでも遅くないもっと楽しくやろう。後悔を繰り返さなくてすむようになるさ。そのための力だって――』

 途中で大きくテレビが遠く離れていく。
 父が投げ飛ばしたのだ。
 ひと際大きな音が鳴った。
 父が振り返る。その顔は笑っている。安心させるような笑みだ。
 自分がそんなつもりはなかったけど、『そんなに申し訳なさそうな顔はしなくていいんだよ』といいながら撫でてくるのだ。
 目の前の父は啓一郎に言葉を吐くことはなかったが、撫でる動作は同じ。
 昔のままだ、と思った。

「夢か」

 出た声は、大学生の今のまま。

『せっかくのチャンスをつかまないつもりかい?』

 なくなったテレビ。
 しかし、どこからかまだ声は聞こえてきていた。
 誘惑するような声。

「父さん。友達ができたよ」

 そういうと笑ったままだが、褒めてくれたような気がした。

『駄目かぁ。残念』

 夢だと自覚できた時点で啓一郎にはその声は価値がないものだった。
 どうでもいい声を無視して、せっかくだから夢でもいいからと報告していると、声はそこまで残念でもなさそうな様子で残念がった後、その気配をするりと消した。異物感が消える。己の夢であるのに、まるで別の場所から無理やり除かれていたような不快感があったのだと、その時初めて気が付いた。

「……よくわからない夢だな」

 わが夢ながら、と啓一郎は思う。
 しかし、総合的に見れば悪い夢でもなかったかもしれないと、全てが溶けて白くなっていく中で思ったのであった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

催眠術師は眠りたい ~洗脳されなかった俺は、クラスメイトを見捨ててまったりします~

山田 武
ファンタジー
テンプレのように異世界にクラスごと召喚された主人公──イム。 与えられた力は面倒臭がりな彼に合った能力──睡眠に関するもの……そして催眠魔法。 そんな力を使いこなし、のらりくらりと異世界を生きていく。 「──誰か、養ってくれない?」 この物語は催眠の力をR18指定……ではなく自身の自堕落ライフのために使う、一人の少年の引き籠もり譚。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

最初から最強ぼっちの俺は英雄になります

総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...