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鬼の首29

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 息を整えつつ、目をそらす意味でも自分の中での変化にも目を向けていく。
 弱弱しい身体能力は変わっていない。
 空っぽの中身が埋まったわけでもない。

 それでも確かに得たものがある。
 啓一郎や夢の奴が関わっている部分以外でも、干渉の力を前より明確に感じ取ることができ、更に弱めることが己の力である程度はじくこともできるようになっている。
 そして、随分と身をもって体感したり、目てなんとなく察したりしていた異常な力。それと同分類になるのだろう力を己が使うことができる事も知る。新しく生えた手足よろしく、使い方はなんとなく直感的に理解していた。
 それは、ありふれた普通以下の人間が、そのまま異常を手に入れた証明だった。

「残念ながら、貴方たちが望むような力ではないみたいですよ、俺は。鍛えても多分、そういうものにはならないんじゃないかと」

 ふぅ、といったん息をつきながらそういって、いつの間にか用意されていた茶を飲む。
 竹中の言葉に、本上は少しはやはり期待してはいたのか落胆がかけら程度は見受けられた。蒲原は明らかにがっかり! といった表情をしていたがこちらはあまり目を向けないことにした。

「それは確かに残念ですが、何が功を奏するのかはわかりませんからね。お仲間が増えたのは喜ばしい事ですよ」
「言っても仕方ないとわかってて八つ当たりしますけど、言っててほしかったです、これ」

 そうですね。
 と本上は竹中の言葉を怒るでもなく受け止めた。

「……でも、これ凄くないですか? いや、力がってことじゃあなくて、本上さんの。これ、力を覚醒させる? みたいな事でしょ? 手当たり次第にやれば増やせるんじゃあないんです?」

 今、身をもってその力に誘導されて力を得たとはっきりわかっている。
 あれを見て、おびえている身からすれば、そんな力があるのならばできそうなものを見つけるためにある程度強引にでもそうしていてもおかしくないのではないかと思ったのだ。
 その言葉に、本上は困り顔をする。

「そこまで便利ではないのですよ。なんというか、半端といえば私も半端ものなのです。私の力は、使えば確実にその人を覚醒させることができるといったものではないのです。覚醒するものを持っていたとしても、できない場合すらある……そんなものをおいそれと使っていては、悪そうな人たちに便利扱いできるのだと勘違いして捕まったり狙われたりしてしまう、ということもあります。単体では、私は何の変哲もないただ平均レベルの身体能力を持った人でしかありませんから」

 確かに。
 確実でもないが増やせるのだということがばれたら厄介なことになるのは竹中にも言われて理解できた。
 利用したい側以外にも、下手なばれ方をすれば事の元凶扱いされてしまうようなリスクもある。それを大衆が信じている、信じていないはそれほど問題にはならないのだ。怪しかろうがなんだろうが、悪かろう怪しかろう派叩いていい、叩くべきだと考える存在も、ストレス解消、事故承認欲求かメサイアコンプレックスでも拗らせたのかという人間が勘違いしたような暴力的正義感を振るって、叩けるものは遠慮なく叩きに来る人間というのは一定数いる。ようは、叩いていい存在だと思われた時点で身動きがとり辛くはなってしまう。

「ある程度信じてもらえて、力の通りをよくするか、軽くもう目覚めてしまっているか――夢で誰かにあってくるように言われたから来たという人で、それが真実だった場合は今のところ全員疑われても成功していますが、引っ張り上げるには手を掴んでいただかなければ難しくありまして」
「伸ばされた手をがしっ! と掴んだらちゃんと引っ張り上げてくれるんですけどねぇ、本上さんは。払いのけられたり、掴まれてもそこに居座ろうとしている人にはどうしてもムリって事ですねぇ。本上さんは見た目通り能力も筋力がないみたいです」

 目覚めさえすれば、それをできる人間を邪魔しようと思うものはきっと少ない。
 あれを見て、解決できる可能性を少しでも減らしてしまう行動をするのは不可能に近いと竹中は思う。
 竹中がこうすんなりと通ったのは、その夢のなんちゃらという胡散臭いそれが一番信頼され実績があるというおかしな現実があるのと、それを本当かどうか判定できる能力を持った人間がいたからだろう。
 そうでなければ、もっと慎重に重ねる段階があったのではないだろうかと雰囲気からある程度察することができる。

「……何ができる、ってのは、話したほうがいいことなんですかね?」
「無理やりに話していただこうという気持ちはありませんよ。敵対はしないのが1番ですので。ただ、話していただいたほうがありがたくはあります。何かしら協力できることも、協力していただきたいことも今後出てくる可能性もありますし。それとは関係なく、能力関係で人間関係にトラブルが起きそうだ、という時はいつでも相談には乗りますのでその時は遠慮なくどうぞ」

 ばれた時等、困ったときに助けてもらえるのは大きいかもしれないと思う。
 もらうものだけもらって、自分はなにもせずに帰るというのが心情的にどういかということも。
 少し考えたが、結局いっても問題になるとは思えないし、どういう感想を持つのか聞いてみたくもあったので実践してみることに決めた。
 ポケットに突っ込んでいたペンを取り出す。

「このペンを見ててください」
「……? はい」

 2人が言った通りペンに目を向けたのを確認した後、竹中は自分の中のトリガーを引く。

「……?」
「っ」

 2人が不審そうな顔をし、竹中は想定外の反動だったか苦しむ羽目になる。
 無理やり傷口に指をえぐりこまれたような痛みに、言葉もなくあえぐ。

「え? あの。いきなりどうしたんですか? 具合が? 大丈夫ですか? ……ん? いや、なんかおかしいですね。なんだ……?」
「あれ? なんか見てませんでしたっけ? 私たち」

 痛みの中、2人から戸惑うような言葉が届けられる。
 そうか、と少しだけ竹中は理性的に理解する。
 ぐっと、痛みが治まるまではそれでも待ってもらい、再び汗をかきながら息を整えていった。
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