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鬼の首42

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 思い出した。
 思い出さされた。

 いないと思っていた、己の友人たちという存在の事を啓一郎は今はっきりとその頭の中に収めている。
 違和感が埋まっていく感覚。今まで生きてきてどこかおかしいと思っていたものが無くなっていく感覚。ある時誰かがいたような感覚だとか、神田町もだが、啓一郎はどこか寂しいような気持ちがずっとそれからあって。
 その理由がすっぽりとはまってなくなった感覚だ。

(あぁ、お互い口にはしなかったけど、もしかすれば早くに結婚したのはその寂しさを埋めるためのようなところも否定できなくて――)

 都市伝説とか怪談とかになっている、知らないものやいつの間にか誰かが住み着いていた節がある誰もいない物件とか。
 そういうのの原因であるとか、どうでもいいことも腑に落ちるいくつかがあって。少し、こんな状況でも場違いに懐かしさとおかしさと苛立ちの混合物のようなものが脳内で作られてもいた。

 にやにやしながら天秤のその両手に作られた顔は――さよならをした竹中と浅井の顔をしていた。

「思い出したか? 思い出したよなぁ? そうしてやってまでできないほど無能じゃねーだろ? 腐っても同じ成りそこなっても同じくらいの位置にいたお前なんだ、そのはずだよなぁ?」

 挑発するように、拳代わりに竹中と浅井の頭となっている手をガンガンと啓一郎にぶつけてくる。
 その気持ちを、啓一郎は処理できない。家族を見た時ほどの衝撃ではないにしても――やはり『どうして』という気持ちはあふれてくるものだった。

 目が合った。
 記憶が戻って改めて、お互いの目が。

 それは、偽物ではなく――確かに本人であるのだとなぜかわかってしまって。
 激昂しそうになった。処理できない気持ちを誤魔化すがごとく、それで塗りつぶしたくなった。しかし、できない。
 苦笑。
 そういうには、どうにも苦みが多すぎるものではあったけれど。
 確かに、お互い最初に浮かんだのはきっと同じ表情だったから。それがわかってしまえば、どうしても怒りは落ち着いてしまうのだ――どこかそれは自分揺らいでない落ち着きも混じっているような気はするが、それでも怒りきれない己がいることを認めてしまう。

 啓一郎の混乱した思考でも思い当たることが、たどり着いてしまう事がきっと事実なのだとしても。
 もう、一方的に、ただ復讐を志したころのようなへばりついて全て燃やし尽くすまで消えないような粘着質な怒りという炎を心の薪につけることはできなかったのだ。
 そうするには、思い出した光景は今の啓一郎にとってどうしても苦々しいが綺羅綺羅しくもあって、制御しようのない何かが内側からあふれてしまいそうになってしまうものだったから。

 少し、竹中の口が動こうとしたように見えた。
 声は出せないようだが、口だけを動かすことで何かを伝えようというように、ためらいがちに。
 なんとなく、啓一郎には予測がついた。

 だが、止まった。止めて、また苦笑した。
 そうするべきでないと言うように。啓一郎は、それでいいと思った。

 だって、もう謝られたとて解消しようがない。それに、そんな気持ちももうわかりきっている。
 あまりに遅い。遅かった。足りなかった。いろいろなことが。
 だからきっと、こんなところであって、ただ自己満足にしかならないような謝罪をするべきではないと竹中は思ったのだと啓一郎はわかっていたのだ。

 そして、どこか気まずい様子で目線がそっぽを向いている浅井を見て笑いそうになる。こんな場合だというのに、たった今思い出してしまったからかこみ上げそうになった。竹中はなんだかいざという時以外どこか弱弱しいままで、浅井は性格の悪さも改善されていないような、そんな根本的な変わらなさに懐かしさを覚えてしまった。

 そんな啓一郎の頬に天秤のつま先が突き刺さった。
 斜めに首が跳ね上がる。啓一郎に染み付いた反射がその方向にそらすように動かなければ、そのまま死んでいたかもしれない先ほどより加減の感じられない癇癪のような一撃である。
 それは苛立ちをあらわしているのだ、と転がる啓一郎に理解できるほどに。

「おいおいおい! おいおいおいおいおい! なぁーに青春をもう一度! お涙頂戴仲直り劇場の前振りみたいなの繰り広げてんだぁおい! 違うだろ。ちーがーうーだーろぉぉ?」

 啓一郎が立ち上がると同時に、苛立ちを解消するように更に竹中と浅井を潰すように地面に叩きつける。
 その剛力によってぱかりといともたやすく手で果実を割るように裂かれたように砕けた頭部から、そのものが生えているのだと証明するように赤色と白い欠片、ピンクに近い色の柔らかそうなものが飛び散る。
 それでも苦痛の声一つ聞こえないのは、やはり喋れないようにされているということなのだろう。
 そして、それが繋がっているからなのかわざわざそうしているのか、急速に回復していく。

「理解してねぇなぁ! 馬鹿だからわかんねぇかぁ? 知らねぇでも予想くらい立てろよボケカス。てめぇの女が死んだのも、ガキが死んだのも、なんなら今ここにてめぇその他がいることでさえ、このメンヘラクソアマのせいだって理解していねぇなぁ!?」
「……」

 口調も先ほどより苛立ったまま発せられた言葉は、啓一郎が先ほど察してしまったことで。
 きっと浅井がしたことが、自分や神田町にとっての不幸を呼び寄せたのだということ。人生が狂うようになったという事。

「頭まわせっつーの! 俺は! テメェらの誰よりあれをとらえてた。人の救世主を産ますために活動してたんだ。きっかけ――中心地に吸い寄せられるように集まるのは当然だし、それで早まったことをなんとかするために活動を深めるのも当然だろがゴミが」

 天秤は勘違いしていると思った。
 啓一郎は、仲直りも何も別に竹中や浅井を許したわけではない。竹中や浅井もきっと。

「いなけりゃてめぇみてぇな汚れの拭き残しでも平和に生きれたんだろうよ。それを台無しにしたのがそこのアマだろ。
なぁおいどうした? 復讐したじゃねぇか。俺に。どうして俺にしてそいつにしねぇ理論が成り立つんだ? 何笑っていやがるんだ? 幸せをより台無しにしたのはそいつだぞ? 俺も随分殺してきたが、そいつには負けを認めざるを得ねぇってレベルだぞ? 何せ、世界丸ごと終わらせ幇助だからかなぁ。その理由ってのがヒスってだから性質悪ぃんだよなぁ! 理由がちゃちすぎて救えねぇ!」
(ブーメランだろうに)
「なのに! こうして本人だきゃぁこうしてここにいるんだぞ? なぁ、俺がダメでこいつが大丈夫な理由ってなんだ?」

 自分たち以外の人間すべての復讐対象にされてしまうような行為であったことも、言われるまでもなく察してしまっていたのだ。
 改めて口に出されると、とんでもないなと思うと同時に火がつきそうになる。それでもやっぱり、燃え盛る前には消えてしまうけれど。

「この馬鹿はなぁ、100年以上の単位で終わることを早めてんだよ。
平和に暮らせる皆様方の時間をぜーんぶ台無しにしたわけだ。だから、今、全員ここにいる。でもなきゃぁ、俺らはここにはいねぇよ! 来たんだよ、終わりが! こいつのせいで!
俺たちがいた場所の終わりがすぐそこに来たから、その中の一部である俺たちがここにいんだよ! 俺ぁ詳しくは知らねぇが、多分、てめぇらみてぇな終わりの欠片みてぇの相手にしているやつ以外は、大体若くて基本的に活動的なやつばっかなんじゃねぇの? ここに来てんのはよぉ」

 どうして、数多くのものがダンジョンという場所にいるのか?

「俺を拾ってくださった神の思惑は違うんだろうが、俺をあっちで止め刺したは甘かったからなぁ。
あれが中心だってんなら多分、犯罪歴もないような基本健康で、それでいて体が出来過ぎてなく他のやつらがなんかしてもある程度ちゃんと対応できる程度の年齢に到達しているみたいな条件もあるんじゃねぇの? まぁそりゃそうだよな、自分の世界の同じ人間だ。そりゃ救い上げれるってんならそういうのを選ぶんじゃねぇの? 知らねぇけど」

 不満だらけだった。適合していったものもいた。今も不信がっている。

「そうとも。つまり、お救い下さったってわけだ。世界が終わってなくなっちまうから、そこから救われて保護されてるってわけだ。選ばれしものってわけだなぁ? お前たちは。いや、たまたまくじ引きでなんとなくかもしんねぇが」

 理由は明かされていなかった。

「まぁでもそれはそれで無駄だよな! わかってねぇんだなぁ、完成しちまってるから逆にな。人間は今までやってなかろうが、やってない奴だけ集めりゃその中でやるやつがでる生き物なんだよなぁ! 『まとも』なんてのが、いかに容易く崩れるもんか知らねぇのかなぁ? どんだけ聖人面してても、次の日にゃ隣の誰かに唾吐いて腹切り裂き始めたって俺ぁなんの驚きもねぇ。そんな知性を持つが故の傲慢さを振るう獣という、可能性をもってる素敵な生物なのが良い所だ。そうだろ?」

 天秤が今、啓一郎に煽るように言う言葉通りだったなら。
 本当に、偽りなくまるで救い上げてでもいるようではないか。そうしなければ全員死んでいたのだと言わんばかりではないか。
 それこそ救世主のように。できる限りを救――わんとしているかどうか、思惑は別の話であるが現実として。

(話しぶりからすれば複数いるのだろうから救世主異常な力を持った存在たち、か?)

 その目的が楽しむためだとして、そのままではどういう形か終わって全て無くなってしまうだろう事から幾多を回避させていることは事実である。
 何故言わなかったのか。それは色々なプラスの理由もあるかもしれないが、多分マイナスの理由も大きいだろうことは予測がつく。

(そのほうがおもしろい等と思っただけかもしれないが)

 何せ、啓一郎だけではなく、他のクソゲという場所に放り込まれた存在、それ以外の者たちでも――全くの善意でできてはいないということくらいはここに来た多くの人間が痛感できる環境であり、生活だったのだから。

「いや、わかってるのか。そういうのも、楽しんじゃってるんだろうな。少なくとも、俺に救いの手を差し伸べてくださった趣味のいいお方とかはなぁ!」
(思考が同じようなことにたどり着くというのは不快だな)
「まぁそいつら自身がどうこうは置いといても、そいつらにさえ恨ませることさえさせてねぇんだぞ? わかるか、この醜さが。俺もそんなこたぁやってねぇよ!
さぁ、わかったろ? 俺なんかよりこいつらのほうがよっぽど卑怯で、悪辣で、どうしようもない邪悪だって。なぁ、復讐者。どうしてそんな相手にてめぇはそんな面ぶら下げてやがる」

 これはこれで、本当だとしても明かされれば掲示板は荒れるだろうな。
 記憶が戻って場違いな思考のまま、そんなことをぼんやりと思う。ずっと孤独を突き放す友として利用してきたせいか毒されているな、とこれもまた笑いを誘った。
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