十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

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鬼の首43

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「……何を笑ってやがる? 状況を本当に理解できてんのか? それとも頭がおかしくなったか? あ?」

 なんとなく。
 なんとなく、何がやりたいのかという事がわかってきたのだ。
 啓一郎にどうなってほしいからやっているのか、ということがなんとなく。

 啓一郎にとって、友人たちの事実は感情を揺さぶる情報ではあった。
 恐らく、追い詰めるために情報を開示しているのだという推測が泡のように浮かんだ。だが、それが逆に啓一郎の思考を混乱から戻しつつあったのだ。

 ただ苦しめたいならもっと弄ればいい。傷つければいい。
 身体の差は歴然である、と啓一郎はすでに自覚している。一方的にどうにでもできるはずなのに、死なないように加減している。殺しては面倒だ、という態度だと思った。
 人質のように体に融合している大事な家族や友人たち。
 それの利用だって天秤という人格からすれば甘いの一言でしかない。一気にやることに何か不都合でもあるというようだった。

「俺が正しかったということだなぁ? 本当にお笑いだ」
「……何が正しかったって?」

 呟くように反応した啓一郎ににやりと笑う。
 やはり、目的はただ弄って殺すのではないと確信する。

「俺がやったことは正しかった、といったんだよ。だってそうだろう? 俺がやったことは、お前のダチの糞女がやったことの後始末でさえあるんだぞ?」
「むやみやたらにお前の趣味を満たすような事が正しかったと?」
「結果を見ろよ! 俺が自分でやったのなんざ総人口に比べりゃ大したもんじゃねぇよ。ヒスで人全てぶっ殺す結果を起こしたのに比べてどうよ? 多少削っただけで救われる人を出した手伝いを俺はしたんだぜ? お前が認めなかろうが、事実としてそうなんだよ。直々にその事実を認めてくださったんだよ」

 殺した。
 その言葉に、片方の手にされている浅井の顔が苦々しく歪んだ。後悔――ではなく、不満がある表情だった。

(あぁ、確かに。恨んでもいい。恨んでもいいんだ。苛立ちはあるものの、それが事実だとわかる。天秤が来たのは、俺がこうなった理由の一部は確かに浅井のせいだ。そして、それを恨むこともさせなかったのは竹中のせい。竹中がいなければ、あの場所に居続けることもなかった。起きた事さえ、覚えていれば)

 わかっている。わかっているが、どうしても火がつかない。復讐を一度終えたから、というのもあるのだろう。時間が離れすぎたというのも。
 浅井の不満の表情から、あまり成長というものを経ていないことをを理解しても――天秤を殺すと決めた時のような激情が、どうしても沸き上がらない。許すつもりはないのに、殴り殺してやろうとまでは思えない。

(だからといって恐らく――他に被害をこうむった奴らにもし殺されかけるのを見ても止めないのだろうが)

 話せるなら、フラットな感情で行えるくらいに。奇妙な感覚だった。

「――はぁー。疲れるわ。なんで上手くいかねぇかなぁ!」

 だんだんと余裕というか、冷静さを取り戻している啓一郎に気付いたか、天秤が苛立ちを吠えた。リアクションが気に食わないらしい。
 それは今までの狙ったような行動というよりむしろストレス解消のように、やたらと家族や友人たちを傷つけ始める。それを見ても、怒りや悲しさは湧いても取り乱したりはもうしなかった。
 不思議な気分だった。

 湧いてないわけではないのだ。
 むしろ、むくむくと湧いては来ている。

 ただその全てが外に出ない。その全てに火はつかず。奥底で食われて行っているように。食いだめしているように。
 気味の悪さを感じるが、それさえ食われて冷静になっていくような。

「っち。何が悪かった? いい感じだっただろ? クソが。面倒ごとにしやがってよぉ! とっとと絶望して諦めりゃ良かったものを! 人の親切心を無為にしてんじゃあねぇ!」
「親切? ジョークが下手だな」
「なぁにがジョークだ。お前さ、冷静になったみてーな顔してるけど、状況は何一つ変わってねぇってこと理解してる? ん? そのちっせー脳みそ回して考えろよ。追い詰められてんのはずーっとずーっとお前だよ。親切だよ。親切だ。家族や友人が大事なんだろお前みたいなのって! それを一緒に過ごさせてやろうってんだから、親切に違いねぇだろうが!」

 ぼこぼこと天秤の腕が膨れ上がるのが見えた。
 それは人型に近しいものを作っていき――一つに混ざる。
 そして、無造作にその両の腕を振るとべちゃりと落ちた。それが、むくりと立ち上がる。
 赤紫の、どこか痛々しい皮膚をした鬼だった。鬼。鬼だ。それは鬼である。ただし、友人の顔をしているし――いびつな形をしている。足は2つ。ただ、腰から上には2つの胴体が生えているのだ。腰を起点に枝分かれするように、お互いが背を向ける形で生えている。どこを正面とするのかわからない、2人友人の形を持った1つの何かだった。

「台無しにしやがったのはテメェだ」
「今更姿で動揺するとでも?」
「はっ」

 鼻で笑う天秤にこたえるように、歪な鬼がいつの間にか迫ってきていた。表情はお互いにやりたくもない、というものだが、それに反するように体は鋭く動いてくる。
 足は正面――つまり、体は横を向いている状態。その両方の体の腕が一直線に啓一郎に伸ばされる。スウェ―するように後ろに体を引くことで回避しようとしたところで――引っ張られた。
 懐かしい感覚に踊らされたか、対応できずに人と思えぬ太い指に鋭い爪が肩口の肉を裂き埋まる。ぶつり、という音を啓一郎は聞いた気がした。
 それはいつの日にかの再現である。

「試練なんだとよ」
「は?」
「ヒス女がやってたのは試練なんだそうだ。だから優しい俺はそれも今叶えてやることにした」

 ただ、啓一郎はあの時の学生ではないのだ。
 ただ身体能力が高いだけだった、だがいたずらに誰かを傷つけることは率先してしようとしていなかった学生では。

「お優しいお前は――」

 目をそらさなければ、ぐっと、力をためているのが啓一郎には見て取ることができた。
 自分の意思で動いているのでないことは察せられたが、基本操縦は本人たちの基準で動いているのだろう。だから、動きがわかりやすい。鬼となろうが――むしろ鬼となって、人外の力を得ても操作しなれていないからこそわかりやすい。

 向かってくるわかりやすい突進と刺突を先ほどの反省を生かしながらいつもより大きく避け――予定調和に引き寄せられる力を利用して深く踏み込む。

「は?」

 ぶちぶちと嫌な音が響いて、大きなものが地面に落ちて転がった。血と臓物を引きずって転がったのは浅井の腹から上である。
 全く躊躇なくその拳で浅井の半身を全力で突いたのだ。
 残りの竹中も蹴り飛ばして距離をとる。

「はは、おいおい。なんだやっぱむかついてたんじゃねぇか。そうだよなぁ? 家族にゃできないだろうが、こいつらにはできるわな! ひでぇ奴だよなぁ、そんなことないって顔して期待させてさぁ。なぁおい、お前もそう思うだろ?」

 天秤が転がった浅井に近寄って蹴りつけた。
 浅井が血を吐く。どろどろとしていて、どこか黒い血を吐く。
 どうやらそのさまでも生きているらしい――いや、死ねないのだろうか死ななくしているかもしれない。

「べづに、ひどいとはおもわな――」
「うるせぇ、言う事が違うだろ」

 喋れるようにしたのだろうが、内容が気に入らなかったか――口を開いた浅井を苛立った様子で今度は吹き飛ぶくらいに蹴り飛ばした。
 思いのほか飛んだ浅井は壁に臓物を晒しながらぶつかる。が、もはや鬼とも呼べぬだろう再生力を発揮して傷がふさがろうとしているらしい。

「自分第一のヒスが今更ぶってんじゃねぇぶっ殺すぞゴミが……苦難苦行を与えてやろうってんだよ! それを手伝ってやろうってんだろうがこの俺がなぁ……実績も十分なんだよなぁ、嬉しいだろ? 感謝でたたえる歌を歌って、喜んでやれや!」

 その浅井を啓一郎を無視するように天秤は追いかけてまた蹴りつけた。その蹴りは急速に再生し、足まで生えかけていた浅井をまた真っ二つにするほどのものだ。
 感情にすぐ左右される人間である、とは啓一郎も思っていた。だが、それにしても不安定だとも感じる。

「試練、ってやつだろ? なぁおい。なぁ、おい! じゃあよぉ、乗り越えりゃ、つよーくたくましーくあたらしーくなれるわけだ! できねぇならそりゃてめぇ自身がクソ雑魚っつーことなんだよ! あああああ! やれよ! 思い通りにさぁ! 最初はうまくいってたろ!? なんでできねぇんだゴミどもが!」

 転がった浅井を何度もける。その度に、浅井が小さくなっていく。ぎし、という音が聞こえるくらいに力が入っている竹中を見た。歯を食いしばっているその顔を、他人事のように見た。
 それでも動けないらしい。
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