十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

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蜥蜴の巣窟

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 難易度ノーマル、蜥蜴の巣窟と名された場所で――
 蜥蜴たちは何をすべきか、という事を理解しながらもそれを放棄している。
 彼ら彼女らは全て元の世界で無限に増殖した自然と決定していく中心足る1の種族を決めることができなかった世界の生き物たちだ。
 何をすればよいのかは、示されている。支配者という柱を決めよと、そう示されている。

 1番を決める、というのは珍しい事ではない。
 群れの1番を決めて、それに従うことに否やはない。
 一時的にはそういったことを無数に繰り返してきたのだから。
 しかし、積極的にまとまるように行動することはなく、ただただこの状況の中に揺蕩っていた。

 蜥蜴族とひとまとめにするにはあまりに性質が違う生き物である彼ら彼女らとは、闘争の歴史の中にあった。
 彼ら彼女らの世界の資源は少ない。そして、資源は足りないところを補強するかのように彼ら彼女らの死骸から生み出される。そういう世界だったのだ。彼ら彼女らは星に利用され、星を確かに支配はしていたかもしれない。けれど、その世界で中心となる1種として認められはしていなかった。
 だから、彼ら彼女らは1になるために耐えず殺し合っていた。安定にはそれが必要であると本能が理解していたからだ。そうしなければ安定しないとわかっているからだ。
 蜥蜴族ばかりではあったが、1になるにはあまりに違う生物過ぎたから。進化の途中というように、枝分かれを続けすぎていたから。

 四肢が発達した蜥蜴族も殺し合い。
 手足を増やした蜥蜴族も殺し合い。
 羽を生やした蜥蜴族も殺し合い。
 炎や毒を吐く蜥蜴族も殺し合い。
 自己分裂する蜥蜴族も殺し合い。
 二足歩行になった蜥蜴族も殺し合い。
 他の生物を取り込み増殖していく蜥蜴族も殺し合い。
 殺し合い。殺し合い。殺し合った。
 そうしなければ自ら以外の種さえ滅ぶという事がわかってしまうから殺し合い続けていった。それも本能であった。

 決定権があるとすれば、考える余裕があれば、そうし続けたいわけではなかった等といったかもしれない。
 しかしそれはサイクルであり、しなければならない当然の事。したいだのしたくないだのでしたりやめたりしていては滅ぶ事。
 枝分かれした種ごといなくなっては入れ替わりを続けながら、他の生物を減らして蜥蜴族で埋め尽くされていく中で彼ら彼女らはただただ存在していた。

 そして、それをまとめるなり蹂躙するなりする蜥蜴族が産まれることなく、殺し合いと種としての枝分かれが増殖するサイクルを回り続けていたある日、唐突に自壊を悟ったのだ。
 誰が、という事ではない。
 その世界に存在していた蜥蜴族の全てが、このまま滅ぶことを唐突に理解したのだ。
 このまま滅ぶ、ではない。
 このまま滅ぶ、だ。
 彼ら彼女らの知った反応はといえば。

 あぁ、そうなのか。

 だけであった。
 それ以外になかった。
 死と隣り合わせにありすぎた。次の日には資源となり、周りを生かすためのモノになる世界。
 元々が、次々死ななければ、次々殺さなければ、ただ餓死なり環境に潰されるなりして終わっていくような世界。
 元々が、産まれた時から詰んでいるような世界。
 それが今更見るのに飽きたとばかりに世界ごと自壊して終わるらしいといわれても、多少の知恵の芽生えはあれど恐怖もなく。
 本能は確かに怯えを伝えてはいたが、感情の虚無がそれを塗りつぶしてしまう。

 だから、知ったとて何をするでもない。
 いつも通りのサイクルを繰り返すだけ。
 今日、死して終わるか。
 明日、自壊して全てが終わるか。
 そこに、彼ら彼女らにとって行動を変えなければならないような違いなど感じ取れなかった。



 だというのに。
 一部が攫われるようにここにいるのだ。
 やるべきことはわかっている。
 ここでなら1つになれる。中心の支配者を柱にして違いがあろうが1つの種という存在となれる。
 それはわかる。わからせられている。直接知能の本棚にぶちこまれているのだから、それはわかる。

 だが、それを放棄していた。

 滅びさえ、それがわかってもスルーしていたのだ。
 今更、何ができるのだとわかったとして――あの世界での彼ら彼女らが1に至るためには、龍を目指しそうなるのが正解の1つだったのだという事を示されたとして、ここならそれもできると知ったとしても――何も変わらない。

 彼ら彼女らはそうあり続けるだけなのだ。
 あまりにも、長きにわたる時間の川でそう流れ続けすぎたのだ。もう、その流れを曲げることはできない。

 ただただ、彼ら彼女らは生きている。
 幸い、というか、だから、というべきか。
 彼ら彼女らはノーマルという、という縛りが激しい場所に入れられている。

 だから、彼ら彼女らは全てを放棄することができているのだ。
 ある時それに気づいてしまった。

 ここでは、半自動的に動く。そこに意志は必要ない――むしろ、意志を放棄すればするほどに自動的な作用は増す。
 別の形をした別の生き物を見つけると、攻撃せんと向かっていく。
 そして殺し、殺される。
 違いはない。結果に違いはない。過程にも違いはないように見える。

 だが、彼ら彼女らにとっては大きな違い。
 意思たるものがなくていいのだ。決意はそこ無くても良いのだ。
 勝手に動き、勝手に死ぬ。勝手に殺す。
 枝分かれもしない。
 言葉はおかしいが、死しても次がある。
 死ななくとも他の誰かが死ぬという事もない。
 ただ、そこにあることができるのだ。飛び込むように死を望まなくても良い場所。

 それは、ある種の感じたことがない平穏であった。
 殺し殺されるサイクルのままに、彼ら彼女らは確かにこのダンジョンで平穏を手に入れたのだ。
 虚無の中、新たな場所に連れてこられたのだとわかった時は余計なことを、という色は混じった。
 今は、それはない。

 初めての平穏であった。
 鳴り続ける死への音楽は隣にあり続けたもので、今更恐れるほどのものではない。
 ただ、変わり続け死に続けるという事がないだけで、彼ら彼女らは平穏だったのだ。

 ばらばらのまま、一種の連帯感。
 だから、選び取ろうとしないというのは虚無の放棄ではなく――これは選択の放棄であった。

 このままでは、同じ。
 まっているのは滅びであることは理解している。
 支配者を中心として概念を高めなければ、個として薄すぎるせいもあってかここにいることができないことはわかっている。
 結果として待つのは終わりだ。勝手に連れてこられた時と同じく、気ままに除外されるのだろう。ここからでれば後はもう終わるだけなのだという事は理解している。
 ただただ終わりを待つのが恐怖だというのなら、必死になるべきだ。

 けれど、彼ら彼女らはそうするつもりはなかった。
 平穏のぬくもりに包まれていたかった。
 いいや、平穏というの知らなかったぬくもりに触れて余裕というものを持ってしまったからこそ。

 もう、死に続ける世界にいたくはないという感情が湧いたのだ。
 もう、殺し続ける世界にいたくはないという感情が湧いたのだ。

 人形のように、殺し殺されを続けてはいるが、それは彼ら彼女らにとっては遊びのようなもの。なにせ、次がある上にそうしなければ連続的に他が滅ぶわけでもない。
 だから、彼ら彼女らはこれで良かった。
 新たな環境で、例え1つになろうともそこに待つのは平穏ではないという確信があったから。
 例えば、1つ同士の食い合いのようなものが起こるなら、それがどう違いがあろうがもう参加したくはないのだ。

 だから、彼ら彼女らはこれで良かったのだ。このままで良かった。
 彼ら彼女らは幸せである。
 理不尽な選択だ。
 しかし、それでも続けるか続けないかを提示されて――自分たちの全てが、ただ最後は平穏を選びたいと終わる事ができたことが幸福であると感じられたのだから、幸せである。
 彼ら彼女らは、種としての本能を捨ててサイクルから脱したのだ。
 他の誰かが逃げで逃避で間違っているといったとしても、もう彼ら彼女らには届かないだろう。
 知って広がった視界で、閉じた幸せの中で、彼ら彼女らは終わるためにここにいた。
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