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とある検証勢とPK

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 彼は怯えているように見えた。
 酷く震えている。そしてそういう状態は珍しい事ではないらしいという事を、プレイヤーから『検証勢』と呼ばれるものたちのその一員である彼女は知っている。
 不思議だ。
 生粋の検証勢の1人として、様々なデータを取っては何の得にもならないのに披露していくことに喜びを感じるある種救い難い癖を持っている身ではあったが、それでも彼女は不思議だった。

(何故プレイヤーの一部はPKに至り、PKに至ったのにこのように怯えるのか)

 かのような、臆病でどうしようもないほど、ただの目の前にいるようなただの幼さが見える少年。

「もう一度聞きますが、貴方は何故プレイヤーを殺そうと思ったのですか?」
「殺そうと思ったんじゃない!」

 叫ぶ。
 おかしな話だ、とPK以外のプレイヤーは言うかもしれないが、こういった反論はPKには珍しい事ではない。彼女自身、それを何度も経験している。

「殺したかったわけじゃなく死んでほしかっただけだとでも?」
「違う……違うよ……」
「あぁ、私は攻め立てたいわけではないのです」
「あぁ……わかる。わかるよ。だって……今までやってきた一部のPKKだとか、非難するだけの連中とかと違って、そこに正義を叫ぶくせに暴力で喜びがにじんだような目をしてないもんな……あんた、いや、あんたらにとって、誰も興味なんてないんだ。無機質だよ。無機質だ。虫を見るみたいな目をしている。お前らはいつだってそうだ。無遠り゛ょ」

 落ち着きがなくなってぶつぶつと言葉を垂れ流し始めたPKを黙らせる。死なないように、かつ喋るのに困らないように、その暴力の先はすね辺りに振り下ろされた。鈍い音と共に骨が折れたのだろう、ひん曲がっている。
 お前らと違って、無意味な暴力に愉悦など感じるわけもないではないか、と彼女は思った。無駄なだけだ。知りたいことを知るのに、暴力は便利ではあるがこういった時に振るうそれはただ流れを阻害するだけなのだ。
 報酬はあるし淡々と思う所を喋ってくれるだけで良いのに、どうしてPK達は男女問わず無駄なことを何度もさせるのだろうか? と彼女はいつも首をひねりたくなる。

「もう一度聞きますが、貴方は何故、プレイヤーを殺そうと思ったのですか?」
「ぃあああああ゛!!!! ……やめてくれよ……やめてくれ……」
「もう一度聞きますが、貴方は何故、プレイヤーを殺そうと思ったのですか?」
「う゛あああ! 逃がしてくれ! ……差し出さないで……それをやめてくれ!」
「もう一度聞きますが、貴方は何故、プレイヤーを殺そうと思ったのですか?」

 こういったPKの耳は大体都合の悪い質問は入っていかないようにできている。

「もう一度聞きますが、貴方は何故、プレイヤーを殺そうと思ったのですか?」

 そう知っている彼女は何度も繰り返す。
 暴力も交えて聞く。聞くたびに爪を一枚ずつ剥がしてもらうのだ。爪と歯は非常に効果的であることを知っている。スキル等で遮断や妨害をされると別の手段を取らねばならないが、彼はそういうことはできないと事前に情報をとっている。歯は現在喋るのに困るから、爪だ。ファンタジーな回復剤はこういった場合にも重宝する。

「もう一度聞きますが、貴方は何故、プレイヤーを殺そうと思ったのですか?」
「答える! 答えるから! もうやめてくれ!」

 そうすれば、そういうPKの7割程度は答えてくれることも経験則で知っているのだ。
 こういう行為をするとデータは濁りやすい、と彼女は考えているからしないならそれにこしたことはないのだが、データが取れないよりはましだしそれはそれで蓄積すべきデータにならないことはないから躊躇いなく行う。
 それその通り、PKは気持ち悪いようなものを見る目で彼女――と、PKの彼の足を最初に砕き、そして爪を剥がし続けた彼女共にいる同じく検証勢の男――を見た後、ひきつった顔でそらした目をもう合わないようにといわんばかりに下に落として諦めたように語りだす。

「本当に、殺しだなんて思ってなかった。俺だって、仲間だってそうだった」
「それはどういう?」
「ゲームだ、と思ってた。だって、こんなの現実感なんてない。昼めし食って、ゲームで遊んで盛り上がる。そのくらいの感覚だった。現実と思ってなかった。思ってたらできなかったよ」

 現実感がマヒしていた。
 そういう人間は少なくない。これもデータが証明していた。PKに限らず、そういうものはここには腐るほどいるし、いた。
 彼女は思い出す。

(おもしろいのは、PKのほうがその夢が冷めやすかったという話ね。PKでないプレイヤーにはいまだにその夢麻痺している人も多いもの。割合としては、圧倒的にPKのほうが少ない)

 冷めたからといって、幸せという話ではないけれど。
 と思いながら話の方に集中する。

「俺は、俺たちは、向こうじゃ殺すとかそんなこと考えたこともなかった……ははは、むしろ、優しいって言われることの方が多かったし、誰かを殴るような喧嘩とかだってしたことなんてないんだ」
「現実感がないから、同じ戸惑っている人間を複数人で囲みリンチして、ナイフという現実感のある凶器を使って刺し殺すことができた、と?」
「だって! ……いや、大丈夫。大丈夫だよ取り乱してない。だからやめて、やめてください。殴るのも爪を剥ぐのも骨を折るのもやめてください……お願いします……!」

 動き出しかけていた検証勢の男に彼女は頷く。検証勢の男が下がる。
 そう。そうだ。少し興奮するくらいならいい。ただ喋ってくれればいいのだ。
 彼女も検証勢の男も、データさえ取れれば満足なのだから。

「ちくしょう……ちくしょう……お前らだって、まともじゃない……PKじゃないだけで、全然……」
「失礼ですねぇ」
「……ほとんどのやつが、そうだ。どうせ聞かなくても知ってんだろそんなこと。俺たちみたいなPKは、俺が知ってる限りなら、大体普通の奴だった。何の変哲もない、向こうじゃ捕まるような犯罪一つ犯したことないような、そんな一般市民だよ。ここだ、ここのせいだ。俺たちだけが悪いわけじゃないだろ!?」

 そう。驚くべきことに、今までPKを調べてきて接触が成功したPKは全て元の場所でそうだった、そういう癖があった等という話を聞かないのだ。1人もでてこないのだ。自称するものはいても、詳しく追っていけばそうではない、というパターンや裏付けがとれないものしかいなかったのだ。

「こんな環境じゃなければそんなことはしなかった?」

 そのほとんどが、ここに来たせいだ、というのも同じだった。
 曰く、だから自分はまともなままである、とも。

「そうだよ! そうだ。だって、許されてる。止められない。だから、していいんだと思った。軽い気持ちで、軽い気持ちでモンスターを殺す延長線上にあると思ってたんだっ」

 許されているわけではないだろう。ただ止められないだけだ。
 それを本人はもうわかって言っているのだと、そのきょろきょろ動く目から彼女は察している。
 文字通り、思って

「プレイヤーがモンスターに似たようなものだと考えていた。同じ人間と認められなかった」
「い、いや……それは違くって……その……」
「プレイヤーも人間と思っていたのに殺したのですか?」
「ち、違う……その、こんなに、苦しいとか、辛いとか、そうなるとか思ってなくて……」

 他人の痛みをわかりなさい。
 そんなことできるわけないだろ、という声はあるものの、想像くらいできるだろうと彼女は思う。この状況とは、想像以上にそうしないものが多い結果だったのだろうかとも思う。

「殴っても自分は痛くないから、相手が苦しむとは思わなかった?」

 殴れるから殴ったら死んだ、というのは平和に生きる一般市民とは言えないのでは? と伝える意味でそう問を投げる。
 彼は見事に挙動不審になった。

「な、仲間内で、そういう空気になっちゃって、やらないと、みたいな」
「仲間が強制したのですか?」
「そうじゃない。そうじゃねぇよ! いや、違う。そうじゃなくて。あるじゃん。あるでしょ、そういうノリみたいなの」
「人を殺すようなノリは経験したことがありませんし、それだと先ほどの自分たちは一般人だったという前提がおかしくなりますが」

 こういう時、元の場所であったような手軽に自分を表に出せる機械と機会がありふれていたならPKは加速していたのだろうなと思う。
 同調圧力と、承認欲求。

「ちが、違うって……あぁ……くそ、遊びだよ。遊び! 遊びのノリってあるだろ!!! 特別だって思ってたんだよ! 俺たちは、俺たちは特別で、こんなところにいて、こんなことができる俺たちかっけーってなったんだよ! 次々仲間がそうなってくのに、一人だけできねーとそれこそ仲間から外されるじゃねーか!」
(いや、逆なのかな? ネットみたく浅い関係性の広がりが無くなってしまったから、狭いコミュニティで取り返しがつかないことになったのかも?)

 相手に自慢するように、相手に自らを示すようにとったフィルムを公開することは元の場所で珍しい行為ではなかった。
 愚かにもどうなるかを想像せずに迷惑行為を晒して悦に浸るような人間は。
 しかし、さてそういう類の人間がどうしようもないほど人格破綻者で犯罪者に至るような思考のものばかりか、といえばどうだろう。
 必ずしも、そうではない。
 魔が差した、という言葉がある通り。普段は真面目でも、そうしてしまう、魔が差したらやってしまうタイプの人間はいる。
 そして、ここでは枷がなかった。思うほどの重みがなかった。
 他人に迷惑をかけるこんな行為ができるのだ、というどうしようもないアピールのその先に容易く手が届いてしまった。

「だから自分は悪くない?」
「――あ……いや……………………だから…………………………そうじゃなくて……………………」

 ただ、やはり生粋のそれを喜び続けられるよな存在ではないのだ。
 後々拡散炎上を経て青ざめるように。
 その後始末で後悔するように。
 冷静に返ってしまう程度に異常者に届かない精神。
 そう、彼らが言う所の一般市民。
 突き抜けられないのだ。手だけは伸ばすその癖に、そういう領域にまで届かない。

「やはり似たり寄ったりだったな。もう良いのでは?」
「そうですか。そうですね。カテゴリ上同じだからやりましたけど、やはり外れ方が激しい人にしたいですね、次は」
「難しいだろう。なかなかそういうタイプは報酬を提示しても乗ってくれないことが多い」

 初期のPKとは大体こういうものだった。
 溜息をつく。データが増えるのはいいが、同じようなモノばかりだと不満も少し顔を出してしまうものだ。
 彼女の手伝いをしていた検証勢の男も、もう彼から興味を失っているようだった。

「それに、こうして拘束すればペラペラ喋ってくれるメンタルでもなくなってますか……むしろそうじゃないから意味があるのでそれはそうなんですけど」
「そうだ。それについての方法はまた考えよう……さて、君。クライアントがお待ちでね。いこうか」

 まぁ、いいか。どうせもののついでだったし。と彼女は意識を切り替えて立ち上がる。

「あっ……やめ……やめて……答えた! 俺、答えた! やめ゛」
「駄目だよ君。仕事を増やさないでほしい」
「短い時間でしたが、即座に復讐されずに落ち着く時間を差し上げたでしょう? それ以上はダメですよ」

 検証勢の男が拘束された彼をずるずる引きずってつれていく。わがままを言う彼を彼女は苦笑して諭してばいばいと手を振って見送る。彼はこれから、彼にPKされた人たちの元にいくのだ。慈善の行為ではない。データ収集に協力してくれた人への対価だ。
 どうなるかは、聞いた限り特に興味はない。大体行く先は同じだ。そういうデータは飽きるほど取れている。むしろ他の情報を教えたくらいだった。

(さぁてと! 次はちょっと興味深い奴でしたよねぇ~。増える死体かー。ちょっと、テンション上がるよねー)

 記録とりのアイテムをしまえば、彼女の頭はもう次に向かっている。
 消えていったただその行為をしたことを後悔しているのか、復讐されるから後悔しているのか、どちらかよくわからないPKの事は記憶からすでに掃除されてしまっていた。
 彼女も検証勢の男も、趣味が他人よりずれてることは自覚しているがPKや害悪プレイヤーよりは全然まともな人間だと自称している。
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