十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

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チョコレートとウエハース

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 さくさくの地面。
 甘ったるいにおい。
 チョコレートとウエハース。
 場所場所における外の景色も建造物も。全てはチョコレートとウエハース。
 探索しに出かけて帰るころには誰もかれもチョコレートとウエハースにまみれる。

 ここに出てくる敵はといえば、転がってくる卵に、小麦粉を練ったような体をしたものに、砂糖。あとカカオ。
 つまり原材料みたいな奴である。
 潜っていけばさらにチョコレート自体とウエハース自体の体を持ったものもあらわれるし、機械のような敵も一部いたりする。

 とはいえ、ノーマルとうたれているように、ハード以降と比べれば進むことの難しさはといえばそうでもない。プレイヤーたちにとっては両方体験できないのだから意味のない対比ではあるが、実際敵はなれれば倒すのは難しくなかった。慣れればなれる程てきとうに流れ作業になっても危険はないくらいに。
 ギミックも、まぁ何とでもなる程度だった。
 イージーやチュートリアルほどの完全なパターンはないとはいえ、ハード以降に比べれば見た目もあって同じ生物としてみるのはきついくらいである。元から倒すのにためらいも少なかった。

 というかお菓子じゃん。
 である。この場所でいうと、まずその感想がくるだろう。
 原料じゃん。
 なのである。生物の意思っていうか、出来上がりが地面で壁で。
 そのものじゃん
 でもある。見えるところ全部チョコレートとウエハースで、敵も動くチョコレートとウエハースプラス原材料ズってなんだよ! で、ダンジョン名そのまんまかよもうちょっと捻れ! でもあった。

 最初の方はこれでも殺される人間は数多くいた。なんだかんだ襲い掛かってくるよくわからないものに対応できなかったというのもあるし、元の世界における一般的人間からすれば以上に力も何もかも強すぎたというものもある。見た目からすれば考えられないくらいに。見た目詐欺だろお前、それはずるだろお前、納得いかないぞおい、とかそういう意見がぽろぽろ漏れるほどに。その意見を述べる口が開いた瞬間に小麦粉マンが侵入して窒息死させてくるのだ。実際、粉が塊で入ってくるのはきつい。それが相手の意思で暴れまわるとすればなおさらだ。
 そう、死因の多くは窒息死。
 卵も主な方法は上から割れる勢いで体を叩きつけてきてすっぽり顔に収まるのだ。中身付きで。外せないなら窒息死する。卵でごぼごぼとなるのだ。飲み干すなんて真似も難しい。カカオ他も兎に角やたら窒息死させようとしてくる。食べられたがりはせめて完成してからしとけ、とはプレイヤーの総意である。
 なお、卵辺りはたまに失敗して自爆する。目標を見誤って勝手に割れて死ぬという事だ。それでいいのかお前、と言わずにいられない敵だった。

 しばらくもすれば慣れて苦労しなくなる。
 使い方さえ理解すれば、元からのバックアップのように得ていた力で一方的に殺せる範囲でしかないものでしかない。
 ただ、だからといって万事うまくいくのか、といえばそうでもないわけで。

「チョコレート臭い」
「いやここウエハース限定区域だぞ」
「いいや、チョコレート臭い! 間違いない、ここにはチョコレートがいるぞ! うわああああああああああ! カカオが増すんだぁ!」
「チョコレート発狂だ! 取り押さえろ!」
「またかよチョコレート最低だな」
「ボケてるやん。余裕あるやん卵ちゃんの突進で窒息して死ね」

 ストレスである。
 うわー! お菓子の家! なんて喜びを表すのにも限界というものがある。チョコレートとウエハース。なるほど確かに御伽噺じみているかもしれない。チョコレートの木にウエハースのお家。単語だけならなんという平和なファンタジーだろうか。
 しかし、よく考えてほしいのだ。どうやら、砂糖は不使用ではない。だからというのもおかしいが、風に糖分混ざるくらいに糖分混じってる。それはそれはべたべたするだろう。甘いもの好きでもストレスを感じないわけもない。甘いもの好きだって甘いもの好きというのをゲテモノ好きドエムという意味にとらえるな! と激怒する勢いだろう。
 クリア自体はそこそこできればすぐできる程度の場所だが、残ったものにとっての最大の障害はこのストレス。
 それは幻臭を感じてしまうほどのこびりつく臭い。もうにおいっていうかくさい。

 そして、チョコレートとウエハースに発狂状態になるものが表れつつも、それが見慣れた光景になった――なってしまったのだ。
 さて、目の間にあったのはつまるところ、お菓子の家である。
 お菓子の家。
 お菓子の家を見つけた人間の行動というものはどうするだろう。余裕が出てくれば。慣れてくれば。

 汚いなぁと思う。なるほど。それも間違いではないだろう。なにせむき出しのチョコレートとウエハース。地面……はここではウエハースだが……虫……のようなものもいるがそれすらチョコレートとウエハース……だが、誰がふれているのかもわからないのだし。
 しかし、全員がそうではないだろう。

 どんな味がするのだろう。

 そう思っても不思議ではない光景ではないだろうか。
 何せチョコレートとウエハース。口にしておかしくはない物体。
 もちろん、最初のころであれば特に警戒心というものがあった。だから、いくら見慣れたようなものとにおいでも口にしたりはしなかった。怪しすぎるし、敵でそれどころではなかった。

 しかし、現在はもはや麻痺している。見慣れ過ぎて麻痺してしまった。
 倒すのに苦労はしない敵、見慣れた景色。嫌になるほど慣れてしまった光景。

 じゃあいっそ食べてみようか。

 などと思うものがでても不思議はない環境になってしまった。

「あぁ! これうまいよ! なんで今まで食べなかったんだろう! とても上質なチョコレートだ!」
「うわマジかよ何だこの滑らかな食感……甘く、しかしにおいから想像するほどくどくはない……むしろほっとするほど安らかに体に馴染む……春のせせらぎ、季節の抱擁……時折走るどこか名残惜しささえ感じるすっきりとした苦みが、全体を春を奏でる音楽を良くできた指揮者のようにまとめている……」
「チョコレートソムリエか何かかよ」

 油断。
 油断であった。

「上層にいけばいくほどうまい」
「マジかよ遠心分離機大魔神ぶっ殺してくる」

 チョコレートとウエハース。
 それはいくら見慣れていても――生きている。動いている敵存在がいるのに、どうしてそうしようなどと思ってしまったのか。
 それは慢心。それはお菓子だから食べられるに違いないという人間だけの常識。
 ノーマルだから大丈夫、という謎の根拠。
 だめかもしれないけど、というスリルを味わう気持ち。
 自分だけは大丈夫というありがちな傲慢。
 その集合体。

「あ?」

 その変化は唐突で、合わせたように同時期で、そして劇的だった。
 どろ、と。
 どろり、と。
 チョコレートが熱で溶かされるように、そのチョコレートを口にしていた人間の体が溶けた。

「いっ……!?」

 それは、窒息するのとはまた別の苦痛。遠心分離機大魔神と呼ばれる遠心分離機っぽい見た目のゴーレムのようなものに油断して打撲を受けるのともまた違う。
 溶ける痛み。
 溶鉱炉にでも手を突っ込んだような。
 息ながらにして溶けていく、痛み。燃えているわけでもないのに、どうしようもなく溶けていく。痛みを伴いながら、どんどんと溶けていく。
 溶けたそれは、人間ではありえない。
 断面。血はない。肉もない。
 それは全て、チョコレートでできていた。

「あ? ああああああああああああああああああああああああああ! 痛い! 痛い痛い痛い! いとぅあぁいぃ?」

 叫ぶ口さえどろりと溶けて落ちる。

「ひっ……! なんだそ、れ……?」

 そうなった人間を見て思わず引くように後ずさろうとした足元からぱき、という乾いた音。体勢を崩して倒れる。とっさに地面に差し出した手。さらに乾いた音。
 そう、その音はまるでウエハースを割った時のような。

「なんだこれ……なんだよこれ! なんだよ!」

 割れたのは手足。出来立ての焼き菓子のような香りが漂う。それは、ウエハースでできた敵を割って倒した時にも似ている。
 ウエハース。
 割れた手足は、見慣れたそれになっていた。人間の色に着色された、焼き菓子だ。
 そして、チョコレートが感じているらしい痛みはそんなウエハース化した人間にはないようだった。

 逆にそれが、恐ろしさを増す。
 痛くない。どこもかしこも。ぱきぱきと折れているのに。
 痛いどころか……感覚がなくなっていく。通常ある触覚から何もかもが。

 その日、調子に乗って口にした者たちは一斉にその代償を受けた。
 いいや――それ以外の者さえ巻き込んでしまったのだ。溶けたチョコレートたちは、その分量が人間から換算してもおかしなくらい多かった。そしてその場にいるチョコレートの全てもそれに合わせるように溶けだし混ざった――結果、ダンジョンでチョコレートの洪水が起きたのだ。
 そんな体験したことのない現象に、対応できる人間はいなかった。
 いたもの全ては飲み込まれてしまったのだ。そのダンジョン由来のものと――人間からできた、生命のチョコレートに。

 飲み込まれた者たちに、縋るようにあらゆる穴からチョコレートが自分勝手に侵入してくる。
 悲鳴が聞こえる。内側から響いてくる。

 助けてくれ助けてくれ。痛くて痛くて仕方ない。痛みが止まらない。助けてくれ助けてくれ。

 流されたウエハースが砕ける。それでも痛みは感じない。ただ意識も消え去らない。助けてくれ助けてくれ。叫ぶ声も軽くなったみたいに届かない。
 そうして侵入された人間もまたチョコレートの海としてその一部となっていく。

 地獄絵図とはこのことであった。

 そうして時間がたっていき、ざぁ……と、チョコレートの海が減っていく。
 地面はウエハース。それにしみ込むように引いていくのだ。連動して溶けていたチョコレートの建造物も何食わぬ顔をして元通り。
 よく見れば――チョコレートとウエハースの建造物、自然や生物が増えていることに気付けるだろう。
 ただそこから人間だけがマイナスされた光景。

 彼らは死んだだろうか。
 ではリスポーンするのだろうか。
 いいや、しない。

 死んだ、という判定されていないからだ。

 彼らはチョコレートとウエハースになってしまった。チョコレートが溶けたからチョコレートでなくなってしまうだろうか。そんなことはない。ウエハースが割れたからウエハースでなくなってしまうのか。そんなことはないのだ。
 ここにいた人間たちは、つまりそういうものになっただけだった。
 ただ、痛み苦しむだけの、知っているお菓子に似た生き物に。

 怪しいものは口にすべきではない、変化してしまう可能性があるから。

 そう何度も掲示板で言われていたはずだった。
 変化には戻れないようなものも多い。よく考える必要があるし、その変化は周りにとっても恐ろしい事を招く可能性がある。
 注意して見ているつもりだった。
 種族の変化は恐ろしい事を招くとあれほど言われていたのに。

 そもそも、動いている原材料に、動いているそのものさえ見ているのに。
 どうして、生きているそれを口に使用などと考えてしまったのだろうか――いいや、それはその通りだが、誘導されていた、ともとれる。
 どんなに似ていても、同じだとどうして思ってしまったのだろうか――そうだ、原材料モドキたちは何をしてきていただろうか。そう……窒息死させるというより、あれは……侵入しようという目的だったのではないか。
 チョコレートの海となったものたちが、すがるように他者に侵入したように。

 口にされるべく育った植物は、甘いにおいに味がする。
 動物に必要な機能があれば、そういう体になるだろう。

 慣れというものは恐ろしい。思い込みというものとセットになれば、時に救いようのない結末を招く。
 ここにいた者たちはどうなるのだろうか。
 答えられる口がある生物は、今ここにはいない。

 ただ、引きこもっていた人間は一部残っている、全てがそうなったわけではない。だから、なんとかする手段を思いつけばなんとかなるかもしれない。
 そんな細い希望だけが残っている。

 この光景を見ていないものにとって、そんな風になっているとは気づきようはないけれど。
 ただ、やけにプレイヤーの数が減ったな、などと思いながらウエハースを踏みしめ、チョコレートを砕いて歩くのだろう。
 何でできているのか、などとは思いもせず。

 チョコレートとウエハース。
 それは、余計なことさえしなければクリアするのは簡単なダンジョン。
 長居せずクリアしたなら、何も問題などない多くのダンジョンのその1つ。
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