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誰かのバッドエンド3
しおりを挟む戦い方を考え、PTを組むようにもなった。
ソロで最初から地道に行けるダンジョンとは違って、ここではそうしなければ難しいとほとんどのものが理解したからだ。
良夫も当然その中の1人で、そうして強くなっていった。
合計9人での固定PTのようなものも上手く作る事が出来た。3PT制で、毎回9人全員ではなく1PTは休息をとるような形で動いている。
PTというもの自体にシステムがあって、1PTの人数が最大3人までだからいつのまにかそれが基準になっていて、良夫たちも例外ではなかったという形であった。
PTシステムを利用しなければ3の倍数である必要はないし、システム自体を利用しなくともよいがそれはそれで不都合がある。PTスキルというものがあって、詳しく使っていけば情報の共有のしやすさだったり、回復や攻撃のターゲットの取りやすさだったりと恩恵が大きいのだ。他の難易度ならそこまで気にしなくともいいかもしれないが、ここではやりやすさが段違いなのだ。
死体が残る、という衝撃もある。
モンスターの死体を処理しなければアイテム、ポイント等が他の難易度のように死ねば勝手に死体が消えて変わりにポップしてくれないという事もPTを組む大きな理由の一つだった。
どうしても、スキルやアイテムで短縮しようが隙というものはできるものだからだ。
それを狙った害悪プレイヤーも現れた。
ハイエナとヘル内では呼ばれている。他の難易度では見られない有害認定行為である。
PKもいるわけだが、ハイエナを執拗に狙うPTもいる。
セットになればもう最悪といっていい。
良夫は、PKもハイエナも理解できなかった。
ここでもバッドエンドだ。
バッドエンドを好きで好きで仕方ない奴らであふれている。
そうしたくなる理由は理解したくもなかったし、悲しくもあった。
PTを組むようになって、知っているものが増えて。
ようやく余裕ができて少しは楽しい瞬間もでてくるようになっていた。それでも良夫は激情を感じることもなく、どこか薄い感情で海でも漂っているような感覚をよく覚えていた。
のめりこめないというか、どうしても薄っぺらく思えてしまうというか。全てがそういう風に。
真剣でないわけではない。ただ、最初の失態のトラウマなどもあるのか、突き動かされるような感覚が元の世界以上に良夫自身自覚できるくらいに――薄さというか、疲れにも似た諦めのようなものが大事な席に居座っているような感覚が離れない。
自分自身ですら、らしくないなどと考えてしまうくらい淡々と過ごしてきていた。
元々の、というかくる前の激情を覚えなくなってしまった良夫でも、きっと今ほどでない。そのままなら、まだ率先して無力感を覚えながら人助けのように進みが遅いモノを手伝うなど積極的に行っていただろう。
しかし、そんなことは微塵もしていない。
無意味だ、という思いがどうしても先に来てしまうのだ。
だから、しない。己が何をしようがしまいが、結果は何も影響しないのだと。
ただ、無惨な目にあいたくないからPTを組み、進まないのもどうにかなってしまいそうだから進んでいる。
なるべく、無関係を貫いておきたかった。PKも――それ以外の余計なものも。不快に思いながらも、関わりたくないと。
それでも、関わってきて理不尽を敷こうとしてくるから害悪行為と呼ばれるのだ。
ある日、PTメンバーが殺された。
ショックが強かったのか、脱退を申し出てその後はほとんど引きこもるようになってしまったのだ。
ポイント的には問題ない。最初のエリアなら、もう初っ端の無力さが嘘のようにソロでも倒していけるようになっている。
それは良夫だけでなくPTメンバー全員がそうだ。役割的なものはあるが、いわゆる回復役にいてもそれしかできないわけではない。逆にいえば、そこまで役割を突き詰めるまでお互いがお互いを信用していなかった結果でもある。
怪しすぎるからヘルでは利用するものは少ない――せめて条件を達成してクリアしなければより酷い何かがあるだろうと考えている――が、もう少し強くなれば出口まで行かなくとも選択でクリアもできるようになるだろう。もしかすると、脱退したメンバーはそうしたいのかもしれない。が、それすらも聞けてないくらい精神がやられている状態だった。
PTは、このきっかけによって割れた。
「報復すべきだ! 悪は報いを受けるべきだろう! 見逃すのは断じて正義ではない!」
やったのはPKである。その報復を、と――まるで今すぐそうしないPTメンバーを責めるように叫んでいる。
一番長く組んでいるチェスターがそうして叫ぶのを、どこか冷めた調子で良夫は聞いてしまっていた。
それは、やられたことに対してではない。やられた仲間がどうでもいいわけではなく――その逆。仲間としてみていた。友達だと考えている。もちろん、今も。
だからこそ――チェスターのそれが、良夫には酷くずれて聞こえたのだ。
言葉でなく、同時にそこに込められた感情におかしさを覚えたからでもある。
「正義だから……? そりゃ、おかしいんじゃねぇの」
「なんだと……?」
「仲間のためにってんなら、これはわかる。恨みもあるだろうし、そうしないと払えないなんつうか、人生の重り見てぇなやつがあるってのも。
なぁチェスター。てめぇのそれっつーのは、誰のための正義なんだ? なぁ、ここで正義っつーなら、俺らにとっての友情の正義っつーのは、やられたコンスタンがどうやったら復帰するかを話し合ってそうしてやることなんじゃあないのか?」
冷めた風にそういう良夫に、チェスターは理解できないという顔をしている。
ひっかかったのはそこだ。まず思いやるなら仲間ではないのか。殺された仲間より殺した相手に執着するのが正義とやらなのだろうかと。
言われたチェスターはといえば、むしろ興奮したように、意気地のないものに接するように見下しながら鼻を鳴らす。
「良夫、お前は怖いだけなんだろ? 悪は挫く、ヤツは正義の仲間らしく立ち直る。何が問題ある? なるべくしてそうなる。だってそれが正しいのだから」
その様は、良夫には仲間を理由に自らが報復したくて報復したくて仕方ないように映るのだ。
元々、チェスターはどこかモンスターに対していきすぎる面があるような気はしていた事もある。
なんというか、例え人じゃないにしてもやりすぎるというか。
暴力を余計に振るいたがる傾向にあるような。
そこまでやる必要はないだろう、と良夫が感情面で、他のメンバーが合理性が欠けるという指摘でそういった際に『どこが悪いのか、モンスターなのに』というような顔をして事がある。
だがそれはモンスターにしか発揮されないものだったし、モンスターたちの良夫達人間がついでで、邪魔だけどやらなきゃならないから仕方なくやっている、みたいなあり方にストレスがたまるのもわからないではなかったから仲間内では放置気味だった。
良夫は、どちらだろうかと考える。
理由が欲しいのだろうか。それとも理由に酔っているのだろうか、と。
しかし、今は明らかに暴力を振るう理由の方を求めているように見えた。
それは、つまり――人間に暴力を振るう機会を潰すなと、そう言っているように見えたという事だ。ギラギラとした目が、そうはっきりといっているように。
怒るより、引くより、酷く冷めていく感覚。良夫はそんなものに包まれてしまう。
あぁ、どうしてわかりやすくバッドエンドに進むのだろうか、という。いつも日常で感じ飽きていたようなそれと同じ。
明らかに悟られれば大義名分など成り立たないだろうに、せっかく見つけたそれを邪魔するな、わかりやすくそう言っているように聞こえるのが問題だと何故思わないのだろうか、と良夫は疑問に思う。
酷い曲解の可能性はあるが――そう思っているのは、どうやら良夫だけではない。ちらりと他の仲間に目を這わせれば、引いた顔をしていることから同じような発想をしていることが分かった。
「よく言えるよ、そんな台詞……引くぜ、そういうの。チェスター、あんたとコンスタンとは友達なんだってアタシは思ってたよ。コンスタンのあの面見てなかったの? 見て、やるべきがそれって本気で言ってる?」
「あぁ? 友達だろ? だからかわりに仇うってやろうってんじゃないか。なぁ?」
「いや……僕にそんな同意を求めるなよ……大体、なんであの彼を見て、それでうってやるなんて上から目線なんだ気持ち悪いな。前々から思ってたが、ちょっと君は傲慢に過ぎるぞ。良夫と彼女が言ってる通り、僕は真っ先にやるべきはそれじゃあなくて、まず彼に話を聞いて、一人じゃないってことを伝えて、落ち着けるようにどうすればいいのかを一緒に考えるのが先だと思う」
ひびが入ってく。ちょっと考えさえすれば、入る必要のないひびが。
今まで言わなかった不満が噴出していく。
余計なことをしなけりゃ、内に収められる程度だったのに、と良夫は残念に思った。黙っているだけで――チェスターに賛同しているようなものも、そもそもどうでもいいという表情をしているものもいる。
許せる、許せないは置いといて、そういう趣味にしても、だ。頭が悪いと自認している良夫にばれるようなお粗末さでどうして、と思うのだ。やりようなんて、いくらでもあっただろうにと。
避けようがなく、これはもう1つのバッドエンドに完全に突入している。どうしてそれが己にとってもハッピーエンドに繋がらないとわからないのかがわからない。
「ちっ……誘ってやってるというのにこれだからサルは……」
「……なんだって?」
ぼそりとチェスターから漏れた明らかな見下しを越えた差別的発言に、黙っていたメンバーまでもがそれは聞き逃せないと武器を取って聞き返した。
空気が張り詰めていく。
「おいおい、今こっちで争ってどうするんだよ……やめようぜ。
もう、いいだろ。
わかったよチェスター……わかった。お前は勝手にしろよ、俺はもうお前とは組まねぇ。それだけわかってもらえりゃそれでいいよ……うんざりだ。うんざりした。わかりやすくいこう。付き合えないと思ったやつ、そうでない奴、別れて終わりだ。それでいいだろ?」
良夫は他を宥めつつチェスターにそう言い放つ。どうして言ったのか、良夫自身詳しく理由はわからない。仲間が争う姿を見たくなかったのか、ここでバッドエンドに直面することにうんざりしたか――単に付き合いきれずにてきとうに終わらせたかったのか。
チェスターは殺気だっている数のほうが多いとみてか、舌打ちをしながら立ち上がって去っていく。
他もついていったものがいたかどうかはわからないが、喋っていた2人と良夫以外は解散していった。
「あぁああああ! 頭にくるよ! ったくよ! なんだあいつ。あそこまでおかしいとは思わなかった」
チェスター含めもろもろが去った後に、座ったままがしがしと頭を掻きまわしながら感情をむき出しにする、そういう姿を少し羨ましいと思う。
それは、良夫が最初からどこかで諦めていた自分に気付いてしまうからだ。自分も子供のころはそうだったことを思い出してしまう。
仲間だと、友達だと、そうやって信頼や信用を少しでも向けていたからこそ生まれていた期待。それを裏切られたなら、勝手に期待していたとはいえ感情は湧いて同然なのだ。
ストレスや苛立ち、怒りはあったとしても――これだけ薄いのは、どこか自分が薄情であるような事実を突きつけられたようで。
バッドエンドが嫌いだ――なんて思いながら、結局自分も一直線にそこに向かっているのだと突き付けられたみたいで。
なにより、仲間と思っていた人間が復讐にかこつけて暴力を喜ぶようなそぶりを見せた事より、そんな自分に失望している方を己がよく見ているという現実に――ただ、また1つ『がっかり』を積み重ねた。
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