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誰かのバッドエンド2
しおりを挟む良夫がいつの間にかいたダンジョンと呼ばれるこの場所は、名前を『王たちの殺し合う最高の宴』というらしかった。そしてどういう指標なのかわからない難易度とやらがヘルという上から数えて二番目。
ファンタジーな世界へようこそ。というには順風満帆な出だしではない。
良夫は自分が漫画や小説のような主人公でないことをとうに悟っていたが、これはないだろうとも思う。
これがそういうものの主人公だったり、もしかしたら現実でもできるやつもいるんだろうとわかる。しかし、良夫はそうではない事を再び実感する羽目となった。
決して舐めていたわけではない。良夫基準では、ではあるが。
ただ、それだけ確認した後には『考えるより先に動かなければ』と部屋から出て――広場のようになっている中間地点らしき場所でうだうだとしているようにしか見えなかった同じく連れてこられたらしき人間たちをしり目にダンジョンに出たのだ。出てしまった。
そうしてまず感じたのは、風。草の臭い。
嗅ぎなれない鉄と生臭さが混じったような臭い。
おかしなことだと思った。ダンジョンというのは潜っていくものであり、外ではない。なのにどうして風があり、草があり――空が見えるのか。
騒音レベルの音の中で唖然として突っ立っていたのは、ある種の防衛本能だったかもしれない。
音の原因――目の前で行われているのは、単なる喧嘩等で行われる争いではなかったから。どこか本能に刻まれていたような、命を奪われそうになる恐怖から目をそらそうとしていたのかもしれない。
そう、目の前で争いが起きている。
勝手に争っているのだ。
ダンジョンといえば。
ゲーム等、創作でしかしらないわけだが、周りは遺跡じみて居たり洞窟だったり、罠があって、モンスターとかがいて、宝箱なんかもあって、とそういうイメ―ジ。
ここにあるのは草原っぽさがある風吹く場所で、起きているのは入ってきた人間放置の闘争劇。
しばらく見ていて生きていたのは、きっと運が良かったといっていい。
はっとした良夫は、どくどくと脈打つ心臓を抑えながら、よく部屋を探してもっと何かないか確認しなかったことを後悔していた。もっと情報を集めなかったことを後悔していた。『情けねぇ、動かねぇと意味がねぇ』と切り捨てず。『頭悪ぃから動くしかねぇ』と自分に言い訳をせず、仲間を集めるなどもするべきだったと。
それでも前に進もうとしたのは、意地からか、それとも下がる事すら思い浮かばず動転していただけなのか。
とにかく、心臓を抑えつつ良夫は進んだのだ。
どうやら少し強くなっているし、動揺もどういうわけか目の前の光景に対して立てないくらいではない。
しかし着の身着のまま、身を守るものは何一つもっていない。自殺行為、それでしかなかった。
主人公どころか、物語の序盤でその厳しさを示すために状況を甘く見ながら威張り散らした挙句無残に死ぬ脇役のようだ。
そんな思考が頭を巡ったが、それでも進んだ。
異形の者たちが打ち合っているのが見えてくる。
それはファンタジーであり、現実でもあった。
鉱物のようなものが生えているのか、それ自体でできているのかごつごつした体のゴーレムのようなものが、1つ目の巨人と呼ぶべき大きな人型の怪物に群がっている。鉱物のゴーレムは2mあるかないかほどで、巨人は5mを越えるくらいだろうか。
その隙をつくようにか、比べれば小人のような存在がまさにファンタジーを体現するように杖のようなものから火を隊を組んだようにならんで一斉発射している様も見える。
小さな――大きくとも良夫の背丈の半分ほどしかない――人型だが、人間の子供というには鎧等から覗く目や皮膚の質感当から難しい。子の中なら小人、とでも呼ぶべきだろうか。
人ではない。争っているすべては。
その姿に現実感は薄くなるだろう。
だが、やはり現実であった。
悲鳴、怒り、喜び、狂気。
血の臭い、土の臭い、草の臭い、焦げる臭い、そのほか知らない臭いがいくつも、いくつも。
肌で感じているそれを嘘だと思えない。
鼻で感じているそれを嘘とは思えない。
端を通る等はできない。何せ、端がどこだかわからないのだ。
通るならそっと通るしかない――通ろうとすることが間違い、という発想は抜けている。
ず、と足を進めたのはやはり何が原因だったのか。維持か、無意識か、非現実にひかれでもしてしまったのか。
それとも、主人公になれるとでもまだ思ってしまっていたのか。
良夫にはわからなかった。ただ、進んだ。進んで――目が、こちらを向いた。
あ。
と思った。
入ってしまったのだ、とわかる。
よくあるゲームみたいに。
アクションRPGのようなゲームだとかMMORPGだとかの類には、攻撃しないぎり安全なタイプの敵やそうでない敵が存在する。そうでない敵――それは例えばこちらが攻撃等しなくとも、プレイヤーを見れば襲ってくるというシステム。そういう有効範囲があるようなシステム。
つまりはこれも同じく――ここから入れば狙われますよ、という領域みたいなものがあって、そこに足を踏み入れてしまったのだ、と。
小人たちが見る。鬱陶しそうに。
巨人たちが見下ろす。鬱陶しそうに。
鉱石の怪物たちが見る。無機質に。
歓迎されていないどころの話ではなかった。怪物たちは、少なくともお互いはお互いを敵としてみていた、それはわかる。打倒すべきという意志の塊のようだった。そうしなければならないのだという力強ささえ伝わってきたものだ。
しかし、良夫を見る目にそれはない。
決まっているから仕方ない、とふてくされて宿題をする子供よりも無感情に思える目の群れ。
3者は争うのを止め、一斉に良夫に向かってきた。1つずつではない連携するように全員でだ。
逃げよう――それを行動に移す前に、向かってきていた数体の小人が走りながら次々火を砲弾のように放ってくる。
合わせるように、鉱物の怪物がその体についている石を飛ばしてきた。
そして、止めというように巨人がその手に持った大きな剣を横に構えながら踏み込んできている。
少々身体能力が上がっているらしいという事実と、それを自覚しているとはいえただの高校生が怪物にかなうだろうか。
例えばその辺の子供がいきなりヘビー級ボクサーの力でも手に入れたら群れを成したライオンに勝てるか? という問いと似ているかもしれない。
答えは『そんなの無理』だ。
もっと強力な武器――例えば銃を持ってさえ、素人であるならば――プロであってもあるいは、距離によって、動揺によって、種類によっては不可能だろう。能力差や体格の差、数的優位を覆すのはそれだけ難しい。
距離があれば、銃がもっと別の防御にも広範囲の攻撃や中距離以上の攻撃にも向いたような――戦車等ならまた話は全く変わるのだろう。
が、そうでないハンドガンのようなものを持ったなら、身体能力が世界新記録並みのスピードで走る事ができるアスリートだろうがその程度では野生動物に正面から挑むのは無謀だという事。
そしてそのもそもその力を使いこなせていなければそれはなおさらの話である。まれなほど運を持っていればチャンスはもしかするとでてくるかもしれない。
もっと仲間でもいて連携するなどできたら話は違う。
例えよりも、もっと優位な状況であるはずなのだ。何せファンタジーだ。
人間がクマ数体にナイフで挑むよりは余程可能性があるはずなのだ。
もっと使える力を精査して、魔法の力でも武器でも手に入れていたならば可能性はあったかもしれない――全て倒せなくとも、逃げるチャンスもあっただろう。
後悔したようにもっと調べて使い方を知って――無謀に近寄らず、どこで反応されるか詳しく調べて少ない数から複数で狙っていくなどすればチャンスは会ったろう。
それか、良夫自身が何度も考えたように――主人公のように何かしら特殊な力だとか、運だとか、そういうものがあったなら。その場で覚醒でもしたら。
良夫はなんとかできたかもしれなかった。
「あ、あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――――!!!!!!」
だが良夫はそうではなかった。
そうはならなかった。
良夫はただの高校生の少年でしかなく、奇跡は起きない。
助けてくれる人がくることもない。
奇跡的に回避できて逃げるチャンスもない。
無謀の対価。
皮膚が焦げた臭い。熱さ。息苦しさ。
炎に包まれたことと、叫んだせいで空気不足に陥り意識が遠のくもそれを許さぬと次々に石がその体に突き刺さっていく。
そして、倒れるその前にわき腹あたりに強い衝撃。
舞う。くるくると視界が舞う。
痛いは痛いが、限界を超えたかどこか他人めいたようにそれを感じだした良夫はそれを不思議に思っていた。
いつの間にか上半身のない見慣れているはずなのに見慣れないと感じる人の下半身が、答えだった。
巨人が大きな剣を振り切っているような姿も見える。
切れ味が悪かったせいなのか、お別れした下半身から命綱のように紐が舞っている。その紐はどうやらくるくる回る良夫自身に繋がっていたようだ。
紐が何か確認するでもなくただ景色を眺め、ショック症状によるものか良夫の視界は暗転した。
そして、初の死の苦しみを味わう羽目になる。
ダンジョン1日目、良夫が味わったファンタジー世界の体験とはそういったものであった。
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