293 / 296
誰かのバッドエンド1
しおりを挟むつまらないと思う。
世はバッドエンドにあふれている。そのことにだんだんと気付いてしまって、良夫とてもつまらないと思っている。
良夫はハッピーエンドが好きだ。
良夫は自分がそう頭の良いものでないことを理解している。
つまらないと思う。
世は悲しさにあふれている。そして、自分がその中でできることという範囲はとても狭いから意味がないなんて思ってしまうようになった自分に気付いて――とてもつまらないと思っている。
良夫はうるさい子供だった。落ち着きがなく、騒ぎまわるような。しかし、理不尽な害を許せぬ子供でもあった。感情的で、その感情に動かされる子供だった。
だが要領よく立ち回れるような頭はなく、いつのまにか不良のレッテルを貼られてしまっていて。
行動は阻害され。そうしたところで感謝どころか嫌悪や恐怖されるだけの事も増えて。
止めたと思った理不尽も一時しのぎでしかないという事も多々あり――
いいや、言い訳だ。それも自覚している。自覚しているから、なおさら。
バッドエンドが嫌いだからとか、ハッピーエンドがいいだとか思いながらも結局今の良夫という存在は中途半端なことしかできないでいるから、それを自覚しているから、嫌悪や恐怖をされてもそこにどこか引け目すら感じてしまうのだ。
「はぁ……」
良夫は誰でも助けられるようなヒーローになりたいわけではない。
力がないからどうとか、そういう事ではない。こうして感情を揺さぶられず淡々と息を吐き出すようになる前から、そうなりたいと思って行動してきたわけではない。
根元にあるのは、多分違うものだった。
良夫は一般中流家庭で育った。
特に家族仲は良すぎもせず、悪いわけでもない。
生活に困る所もない。友人もなんだかんだ多い。
そんな中で、良夫は疑問に思ってきた。だからそう行動していたにすぎない。
始まりは本だとかから得た、幸せな結末に対して現実のそれが気にくわなかっただけだろうが――
ハッピーエンドが好きなはずだ。
誰しも、望んで不幸になどなりたくないはずなのに。
どうして、他人にそれを及ぼして自分にそれが訪れると思うのだろうか。
そういう疑問があった。
ただ成長するたびに。
世の中、良夫が考えるよりバッドエンドが好きなものがいるという事にも気づいてしまった。そうとしか思えない結末が多すぎる。不幸に自ら進んでいくような。不幸を愛して抱擁したがっているような。
そしてそんなものよりへばりつくような記憶もあって。
だから、ある時よりだんだんと――薄くなってしまった。バッドエンドが嫌いだと言いながら。口だけになる事を誤魔化したくて、ただつまみ食いのように見かけた理不尽に介入したりして。
満足するほど熱くはなれず、けれど無感情というほどにもなれない中途半端な生き物。
幸せであってほしいと思う。それは本当だ。
自分の周りくらいは、せめて。
笑顔で会ってほしいと思う。
しかし、そうあることも押しつけでしかないのかとなにか頭にちらついて、それを無視できないから踏み出せもしない、その熱量がない――バッドエンドが溢れすぎてる。そんな思考の迷路に耽溺する毎日。
「このままなら、地球がそのうちバッドエンド思考になってそうなっちゃったり」
そんな馬鹿な妄想をして、笑う。
そんなことにでもなれば、どうしようもなくてももう一度くらい強く感情に満たされて動けるかも、なんて思った自分を同時に唾棄する。
「帰るかぁ……」
夕暮れ時の学校の部室、そこでだらだらとしていた良夫は思考を切り替えて帰ると決め、カバンをもって立ち上がろうとして――轟音。
悲鳴。人なのかどうか、くぐもったような笑い声。
「なんだ……!?」
隠れよう――様子を見よう――そんなことは思考の端をよぎることもなく飛び出す。
誰か襲われてでもいるのか、助けなければ。
冷めたような普段の感情も置き去りにして、良夫は悲鳴の元に一直線に行こうと飛び出して――吹き飛ばされた。
「ぅうわっ! ……がっ!」
地面に背を強かに打ち付け、瞬間呼吸が止まる。
それでもすぐに立ち上がる。
「なんだよ……これは……」
なんてことない一日。
そのはずだった。先ほどまでは、いつものようなどうしようもない悩みなんかに時間を費やしていられるほどだったはずだ。
そのはずなのに――目の前に広がるのは非日常。
自分を吹き飛ばした原因と思われるものを探すのは容易かった。
次々に空から何かがふってきているのだ。大きさにして、雹等とは比べ物にならない。自然現象とは思えない。
それが着弾して、吹き飛ばされたのだろう。地面に埋まるように次々降ってきているそれは、良夫が見る限り肉の塊のように見える。
急いで身を隠す。そうしなければ、今度は吹き飛ばされるだけでは済まないと思ったからだ。
「こんなのって……」
携帯を取り出し、電話をかけようとする。
が、繋がらない。パンクしているのか、それとも――わからないが、ともかく、繋がらない。
それどころか、ネットにもアクセスできない状況らしかった。アプリでの交信も不可能。
「どうしたってんだよ!」
理不尽に侵された苛立ちに叫ぶも、何の解決にもならない。
その声は、ただ危険を呼ぶだけの行為だった。
「げげ」
「はぁ!?」
変な声に振り返れば、そこにはふらふらと歩く男。
その姿は血まみれで、首が大きく今にも決壊しそうなくらいに膨れ上がってパンパンになっている。赤子が入るくらいの大きさのこぶだ。
「ぐげ」
「なんだお前……よるなよ!」
異質なその存在に、意味がある行動なのかわからないまま臨戦態勢をとる。構わずというか、良夫の声に答えることはなく、ただ笑みすら浮かべながら近づいてくるこぶの男。
ある程度近づいてきたと思えば――唐突に、ぴきりとそのこぶが割れた。
びくりとして良夫は一歩下がる。
破裂はしなかったが、肉が割れたというのに出血する様子はなくただ粘液のようなものがだらだらと流れ出しているようだった。
「な、ん……」
割れた肉のその奥に、目が見えた。
どんな生物が該当するのかわからない、拳を二つ合わせた以上の、巨大な眼球。
目だけであるのに、微笑んでいる、と良夫はなぜか思った。
『幸せになりましょう幸せになりましょう幸せになりましょう幸せになりましょう』
「ぐっ……ぎぃぃぃ……!!!!!」
目を認識したと同時に、頭に声が響く。
それは脳に直接ヘドロを塗りたくるように押し付けられる声。脳みそが意思をもって抜け出そうと内側をノックしているような痛み、バリバリと頭皮が頭蓋骨からはがされるような痛み。
たまらずうずくまる。
なにより、痛くて苦しくてたまらないのにずっとそうしていたいような甘い果実が脳に生えている感覚を得る。ただ流されれば取り返しがつかなくなりそうで、良夫はぐっと苦しみ痛み甘美な幸せの濁流に流されないようにただぎゅっと頭を抱え込んで、小さく自分を1つの小さな塊のようにして耐える。
『幸せになりましょう幸せになりましょう幸せ』
今にも流されそうになりながら耐える良夫に構うことなく追い打ちのように響き渡る声に、やめてくれ――いいや、やめないでくれ――と叫ぶことすらできないと思えば――また近くで響く轟音。その衝撃でか、良夫は吹き飛ばされる。
ごろごろと頭を抑えながら良夫はただ転がるしかない。受け身等とる余裕などなく、細かい傷が増える。
不幸中の幸いか。距離が取れたからなのかどうか。
声はまだまだ聞こえし痛みもあるしなにより頭に違和感がまだあるものの、動けるくらいになっていた。
『になりましょう幸せに――』
じっとしている場合ではないと、近づこうとしている男から更に距離を取ろうとしたが――そのこぶの男からの声が消滅した。
物理的にこぶの男の上半身が消えたからだ。
「なんだよ、なんだよ! 次々にっ!」
代わりというわけでもないだろうが、いつの間にかこぶの男のそばに――何かがいた。良夫はそれを見た瞬間、『鬼』というものが思い浮かんだ。
それは赤い、筋骨隆々で巨体。大きな目に飛び出した牙、そしてその額に角が生えている。その姿はまさしく、鬼である。
白目で涎を垂らしているそれが一瞬ぶれたと思えば、残っていた下半身が――良夫には視認できなかったが恐らく蹴った、のだと思う――ばらばらになって散らばり飛んでいく。どんな力を加えれば人間の肉があのようになるのかと血の気が引く。
鬼がげらげらと笑った。
まさにそれは、怪物と呼ぶべき何か。空想にしかいてはいけないような存在。先ほどの異常より、わかりやすい暴力による命の危機という恐怖が良夫の身を包んだ。
その巨体は服の残骸らしき何かをまとっている――それはスーツらしきものに見える。怪物も会社にスーツを着て通うのだろうか、と勝手に良夫の脳が疑問を生み出すが笑えもしなかった。
「夢か? こりゃ、夢なのかよ……」
目の前の鬼がこちらをみて涎まみれの口で笑っているのが見えている。友好的とは思えない。良夫は殺し合いなどしたことがない。それでも、トラブルに顔を突っ込んできたせいか雰囲気は知っている。
あれが、こちらを攻撃しようとしているという暴力の前触れのような空気だという事がわかるのだ。
勝てない。
勝ちようがない。
勝つとか勝てないとか以前の問題だ。
逃げようもない。
逃れようがない。
本能がいっている。良夫の勘もそういっている。
足は震えている。
体も震え出している。
がたがたがたがた震えている。
それでも、ただ膝を落として座り込み諦めたりはしていなかった。
臨戦態勢をとる。
涙が流れてきた。
大層な覚悟等があるわけでない。ここにいるのは、治安が最近荒れだそうがその中でもまだまだ平和な部類である日本の、単なる己の生き方やありかたに悩んで1人で居残るような学生に過ぎないのだから。
「ちくしょう、死にたくねぇ! 死にたくねぇよ……!」
鬼が視認できない暴力が嘘のように、もったいぶるようにゆっくり歩いてくるのが見える。
一矢報いるとかなんとか、そんなことはどうでもいいくらい良夫はただ死にたくなかった。
ただ逃げられないとわかるから、こうする以外の手段を知らなくて、それをしないこともできなくて、涙を流しながら意味のない構えをとるしかなかったのだ。
鬼が見える。
その巨体がわかるように飛び、見えるようにふってくる。
近づく。近づく。
悲鳴が聞こえる。
遠くから――近くから。
それは、良夫が出した声に他ならなかった。
「うあああああああああああああああああああああ!!!!!」
最後に見たのは、鬼の笑い顔。
「おん?」
良夫が目を覚ますと、そこは知らない場所だった。
なんだか小汚い上に狭い、見たことのない場所だった。
そこに寝ころんでいるようだった。良夫は、きったね、と思い立ちあがる。服装は学生服で、しかし周りを見てもカバン等は見当たらない。
「あれ? 俺って……確か部室にいたんじゃなかったっけ?」
疑問。口に出してみるが、答える声はない。
そして、声が響いた。
「なんだ? クリア? ゲームかなんかか? 夢……?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
催眠術師は眠りたい ~洗脳されなかった俺は、クラスメイトを見捨ててまったりします~
山田 武
ファンタジー
テンプレのように異世界にクラスごと召喚された主人公──イム。
与えられた力は面倒臭がりな彼に合った能力──睡眠に関するもの……そして催眠魔法。
そんな力を使いこなし、のらりくらりと異世界を生きていく。
「──誰か、養ってくれない?」
この物語は催眠の力をR18指定……ではなく自身の自堕落ライフのために使う、一人の少年の引き籠もり譚。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
最初から最強ぼっちの俺は英雄になります
総長ヒューガ
ファンタジー
いつも通りに一人ぼっちでゲームをしていた、そして疲れて寝ていたら、人々の驚きの声が聞こえた、目を開けてみるとそこにはゲームの世界だった、これから待ち受ける敵にも勝たないといけない、予想外の敵にも勝たないといけないぼっちはゲーム内の英雄になれるのか!
クラス転移したからクラスの奴に復讐します
wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。
ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。
だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。
クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。
まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。
閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。
追伸、
雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。
気になった方は是非読んでみてください。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる