十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

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誰かのバッドエンド1

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 つまらないと思う。
 世はバッドエンドにあふれている。そのことにだんだんと気付いてしまって、良夫とてもつまらないと思っている。
 良夫はハッピーエンドが好きだ。
 良夫は自分がそう頭の良いものでないことを理解している。

 つまらないと思う。
 世は悲しさにあふれている。そして、自分がその中でできることという範囲はとても狭いから意味がないなんて思ってしまうようになった自分に気付いて――とてもつまらないと思っている。
 良夫はうるさい子供だった。落ち着きがなく、騒ぎまわるような。しかし、理不尽な害を許せぬ子供でもあった。感情的で、その感情に動かされる子供だった。
 だが要領よく立ち回れるような頭はなく、いつのまにか不良のレッテルを貼られてしまっていて。
 行動は阻害され。そうしたところで感謝どころか嫌悪や恐怖されるだけの事も増えて。
 止めたと思った理不尽も一時しのぎでしかないという事も多々あり――
 いいや、言い訳だ。それも自覚している。自覚しているから、なおさら。
 バッドエンドが嫌いだからとか、ハッピーエンドがいいだとか思いながらも結局今の良夫という存在は中途半端なことしかできないでいるから、それを自覚しているから、嫌悪や恐怖をされてもそこにどこか引け目すら感じてしまうのだ。

「はぁ……」

 良夫は誰でも助けられるようなヒーローになりたいわけではない。
 力がないからどうとか、そういう事ではない。こうして感情を揺さぶられず淡々と息を吐き出すようになる前から、そうなりたいと思って行動してきたわけではない。
 根元にあるのは、多分違うものだった。

 良夫は一般中流家庭で育った。
 特に家族仲は良すぎもせず、悪いわけでもない。
 生活に困る所もない。友人もなんだかんだ多い。
 そんな中で、良夫は疑問に思ってきた。だからそう行動していたにすぎない。
 始まりは本だとかから得た、幸せな結末に対して現実のそれが気にくわなかっただけだろうが――

 ハッピーエンドが好きなはずだ。
 誰しも、望んで不幸になどなりたくないはずなのに。
 どうして、他人にそれを及ぼして自分にそれが訪れると思うのだろうか。

 そういう疑問があった。
 ただ成長するたびに。
 世の中、良夫が考えるよりバッドエンドが好きなものがいるという事にも気づいてしまった。そうとしか思えない結末が多すぎる。不幸に自ら進んでいくような。不幸を愛して抱擁したがっているような。
 そしてそんなものよりへばりつくような記憶もあって。
 だから、ある時よりだんだんと――薄くなってしまった。バッドエンドが嫌いだと言いながら。口だけになる事を誤魔化したくて、ただつまみ食いのように見かけた理不尽に介入したりして。
 満足するほど熱くはなれず、けれど無感情というほどにもなれない中途半端な生き物。

 幸せであってほしいと思う。それは本当だ。
 自分の周りくらいは、せめて。
 笑顔で会ってほしいと思う。
 しかし、そうあることも押しつけでしかないのかとなにか頭にちらついて、それを無視できないから踏み出せもしない、その熱量がない――バッドエンドが溢れすぎてる。そんな思考の迷路に耽溺する毎日。

「このままなら、地球がそのうちバッドエンド思考になってそうなっちゃったり」

 そんな馬鹿な妄想をして、笑う。
 そんなことにでもなれば、どうしようもなくてももう一度くらい強く感情に満たされて動けるかも、なんて思った自分を同時に唾棄する。

「帰るかぁ……」

 夕暮れ時の学校の部室、そこでだらだらとしていた良夫は思考を切り替えて帰ると決め、カバンをもって立ち上がろうとして――轟音。
 悲鳴。人なのかどうか、くぐもったような笑い声。

「なんだ……!?」

 隠れよう――様子を見よう――そんなことは思考の端をよぎることもなく飛び出す。
 誰か襲われてでもいるのか、助けなければ。
 冷めたような普段の感情も置き去りにして、良夫は悲鳴の元に一直線に行こうと飛び出して――吹き飛ばされた。

「ぅうわっ! ……がっ!」

 地面に背を強かに打ち付け、瞬間呼吸が止まる。
 それでもすぐに立ち上がる。

「なんだよ……これは……」

 なんてことない一日。
 そのはずだった。先ほどまでは、いつものようなどうしようもない悩みなんかに時間を費やしていられるほどだったはずだ。
 そのはずなのに――目の前に広がるのは非日常。

 自分を吹き飛ばした原因と思われるものを探すのは容易かった。
 次々に空から何かがふってきているのだ。大きさにして、雹等とは比べ物にならない。自然現象とは思えない。
 それが着弾して、吹き飛ばされたのだろう。地面に埋まるように次々降ってきているそれは、良夫が見る限り肉の塊のように見える。
 急いで身を隠す。そうしなければ、今度は吹き飛ばされるだけでは済まないと思ったからだ。

「こんなのって……」

 携帯を取り出し、電話をかけようとする。
 が、繋がらない。パンクしているのか、それとも――わからないが、ともかく、繋がらない。
 それどころか、ネットにもアクセスできない状況らしかった。アプリでの交信も不可能。

「どうしたってんだよ!」

 理不尽に侵された苛立ちに叫ぶも、何の解決にもならない。
 その声は、ただ危険を呼ぶだけの行為だった。

「げげ」
「はぁ!?」

 変な声に振り返れば、そこにはふらふらと歩く男。
 その姿は血まみれで、首が大きく今にも決壊しそうなくらいに膨れ上がってパンパンになっている。赤子が入るくらいの大きさのこぶだ。

「ぐげ」
「なんだお前……よるなよ!」

 異質なその存在に、意味がある行動なのかわからないまま臨戦態勢をとる。構わずというか、良夫の声に答えることはなく、ただ笑みすら浮かべながら近づいてくるこぶの男。
 ある程度近づいてきたと思えば――唐突に、ぴきりとそのこぶが割れた。
 びくりとして良夫は一歩下がる。
 破裂はしなかったが、肉が割れたというのに出血する様子はなくただ粘液のようなものがだらだらと流れ出しているようだった。

「な、ん……」

 割れた肉のその奥に、目が見えた。
 どんな生物が該当するのかわからない、拳を二つ合わせた以上の、巨大な眼球。
 目だけであるのに、微笑んでいる、と良夫はなぜか思った。

『幸せになりましょう幸せになりましょう幸せになりましょう幸せになりましょう』
「ぐっ……ぎぃぃぃ……!!!!!」

 目を認識したと同時に、頭に声が響く。
 それは脳に直接ヘドロを塗りたくるように押し付けられる声。脳みそが意思をもって抜け出そうと内側をノックしているような痛み、バリバリと頭皮が頭蓋骨からはがされるような痛み。
 たまらずうずくまる。
 なにより、痛くて苦しくてたまらないのにずっとそうしていたいような甘い果実が脳に生えている感覚を得る。ただ流されれば取り返しがつかなくなりそうで、良夫はぐっと苦しみ痛み甘美な幸せの濁流に流されないようにただぎゅっと頭を抱え込んで、小さく自分を1つの小さな塊のようにして耐える。

『幸せになりましょう幸せになりましょう幸せ』

 今にも流されそうになりながら耐える良夫に構うことなく追い打ちのように響き渡る声に、やめてくれ――いいや、やめないでくれ――と叫ぶことすらできないと思えば――また近くで響く轟音。その衝撃でか、良夫は吹き飛ばされる。
 ごろごろと頭を抑えながら良夫はただ転がるしかない。受け身等とる余裕などなく、細かい傷が増える。
 不幸中の幸いか。距離が取れたからなのかどうか。
 声はまだまだ聞こえし痛みもあるしなにより頭に違和感がまだあるものの、動けるくらいになっていた。

『になりましょう幸せに――』

 じっとしている場合ではないと、近づこうとしている男から更に距離を取ろうとしたが――そのこぶの男からの声が消滅した。
 物理的にこぶの男の上半身が消えたからだ。

「なんだよ、なんだよ! 次々にっ!」

 代わりというわけでもないだろうが、いつの間にかこぶの男のそばに――何かがいた。良夫はそれを見た瞬間、『鬼』というものが思い浮かんだ。
 それは赤い、筋骨隆々で巨体。大きな目に飛び出した牙、そしてその額に角が生えている。その姿はまさしく、鬼である。
 白目で涎を垂らしているそれが一瞬ぶれたと思えば、残っていた下半身が――良夫には視認できなかったが恐らく蹴った、のだと思う――ばらばらになって散らばり飛んでいく。どんな力を加えれば人間の肉があのようになるのかと血の気が引く。
 鬼がげらげらと笑った。
 まさにそれは、怪物と呼ぶべき何か。空想にしかいてはいけないような存在。先ほどの異常より、わかりやすい暴力による命の危機という恐怖が良夫の身を包んだ。
 その巨体は服の残骸らしき何かをまとっている――それはスーツらしきものに見える。怪物も会社にスーツを着て通うのだろうか、と勝手に良夫の脳が疑問を生み出すが笑えもしなかった。

「夢か? こりゃ、夢なのかよ……」

 目の前の鬼がこちらをみて涎まみれの口で笑っているのが見えている。友好的とは思えない。良夫は殺し合いなどしたことがない。それでも、トラブルに顔を突っ込んできたせいか雰囲気は知っている。
 あれが、こちらを攻撃しようとしているという暴力の前触れのような空気だという事がわかるのだ。

 勝てない。
 勝ちようがない。
 勝つとか勝てないとか以前の問題だ。
 逃げようもない。
 逃れようがない。
 本能がいっている。良夫の勘もそういっている。
 足は震えている。
 体も震え出している。
 がたがたがたがた震えている。

 それでも、ただ膝を落として座り込み諦めたりはしていなかった。
 臨戦態勢をとる。
 涙が流れてきた。
 大層な覚悟等があるわけでない。ここにいるのは、治安が最近荒れだそうがその中でもまだまだ平和な部類である日本の、単なる己の生き方やありかたに悩んで1人で居残るような学生に過ぎないのだから。

「ちくしょう、死にたくねぇ! 死にたくねぇよ……!」

 鬼が視認できない暴力が嘘のように、もったいぶるようにゆっくり歩いてくるのが見える。
 一矢報いるとかなんとか、そんなことはどうでもいいくらい良夫はただ死にたくなかった。
 ただ逃げられないとわかるから、こうする以外の手段を知らなくて、それをしないこともできなくて、涙を流しながら意味のない構えをとるしかなかったのだ。

 鬼が見える。
 その巨体がわかるように飛び、見えるようにふってくる。
 近づく。近づく。

 悲鳴が聞こえる。
 遠くから――近くから。
 それは、良夫が出した声に他ならなかった。

「うあああああああああああああああああああああ!!!!!」

 最後に見たのは、鬼の笑い顔。




「おん?」

 良夫が目を覚ますと、そこは知らない場所だった。
 なんだか小汚い上に狭い、見たことのない場所だった。
 そこに寝ころんでいるようだった。良夫は、きったね、と思い立ちあがる。服装は学生服で、しかし周りを見てもカバン等は見当たらない。

「あれ? 俺って……確か部室にいたんじゃなかったっけ?」

 疑問。口に出してみるが、答える声はない。
 そして、声が響いた。

「なんだ? クリア? ゲームかなんかか? 夢……?」
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