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ファースト・シーズン

選ばれた艦長

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『サライニクス・テスタロッツァ』

「…ハイラム艦長、相対で第5戦闘距離の2倍まで60秒! 」

「よし、到達したらデコイ発射と同時にエンジン停止」

「了解」

『ディファイアント』

「アドル艦長、後60秒で第5戦闘距離の2倍です」

「分かった。到達したらエンジン停止して僅かに面舵」

「了解しました」

『サライニクス・テスタロッツァ』

「想定相対距離に到達! 」

「熱光学迷彩level 5! アンチ・センサー・ジェルlevel 3で展開! デコイ発射とエンジン停止を同時に! 3! 2! 1! GO! 」

『ディファイアント』

「艦長、第5戦闘距離の2倍です! 」

「熱光学迷彩level 5! アンチ・センサー・ジェルlevel 3で展開! エンジン停止! フロント・ミサイル全弾放出! アボジ・モーターで面舵2°! 」

 30秒後。

「…?…カリーナ、敵艦のパワーサインとその周辺を精密に観測して、データをラボに送ってくれ…パティ、そのデータを赤外線と磁気と質量分析に掛けてくれ…」

「デコイの懸念が? 」

 ハル・ハートリー参謀が訊く。

「…ああ、多分デコイだ…デコイの発射とエンジン停止を同時にやった…かなりの腕だな…だが、これで敵艦の針路は判った…エマ、方位430マーク27に観える岩塊の右側面に照準セット! 艦首右舷のロケット・アンカー2本を発射! 」

「了解! 」

『サライニクス・テスタロッツァ』

「…イリヤ、艦首アポジ・モーターを起動して、減速してくれ…あと5分であのデコイに食い付かないようなら、作戦を変更する…」

「了解」

『ディファイアント』

「…アリシア、1番菅から放出したデコイに敵艦のデコイに対するインターセプト・コースをプログラムしてくれ。そして、アンカーが岩塊に到達するのと同時に起動」

「了解」

 1分後。

「…プログラム完了! 」

「…アンカー到達10秒前! 」

「よし、到達と同時に起動! 」

「了解」

「アンカー到達しました! 」

「デコイ起動! アンカー・ワイヤー捲き上げ収納開始! 」

「パイロットチームで艦の姿勢制御を頼む! 艦体がデプリに接触したら、あの艦長に作戦がバレる! 」

「了解しました! 」

「艦長、精密分析の結果…デコイと仮定した場合、ポジティブ・ポイント9.7です! 」

「やはりな…作戦はこのまま続行! 」

『サライニクス・テスタロッツァ』

「…?…マージョリー、敵艦のパワーサインとその周辺を精密に観測して、データをラボに送ってくれ…アグネス、そのデータを赤外線と磁気と質量分析に掛けてくれ…」

「了解しました…」

「…デコイの可能性が? 」

 参謀のサリー・ランド女史が訊く。

「…デコイで間違いないだろうな…あの艦長は手強い…3.4手先を読まないと、勝てないだろう…だがこれがデコイなら、どの方位から来る? 」

『ディファイアント』

「艦長、新たなパワーサインの感知はありません! 」

「デコイだと想定しながらも、こちらが何処から攻撃して来るか判らないから動けない…私なら自分で撃ったデコイを自爆させて、センサー・スイープが撹乱されている間に、全力で艦首逆噴射を掛けて後進する…それで仕切り直せる…」

「針路大きく変針、加速中! 岩塊まで700! 」

「距離100でアンカー離脱して回収! 岩塊を廻り込んだら、アボジ・モーターで姿勢制御して艦首を、敵デコイの後方2000のポイントに向けてくれ! 」

「了解! 」

『サライニクス・テスタロッツァ』

「ハイラム艦長、精密分析の結果…デコイと仮定した場合、ポジティブ・ポイント9.6です! 」

「やはりそうか…ルイーズ、こちらのデコイを起爆させろ! イリヤ、起爆と同時に艦首全力逆噴射で全速後進! 」

「了解! 」

『ディファイアント』

「艦長、敵のデコイが自爆しました! 」

「よし! 放出ミサイル7基を起動! 取り敢えず直線コースセットで向かわせろ! 今なら気付かれない! エンジン始動! アンカー離脱、回収! こちらのデコイも自爆させろ! 両舷全速、30秒で岩塊を右側から回り込め! 全兵装発砲用意! ミサイル全弾装填! 」

『サライニクス・テスタロッツァ』

「敵のデコイも自爆しました! 」

「マージョリー! アクティブ・パワー・センサー・スキャン発振! ルイーズ! 敵艦の位置を確認したら、フロント・ミサイル全弾に敵艦のパワーサインを入力して直ちに発射! 」

「了解! ピンガー・スキャン発振! …艦長! 敵艦を感知出来ません! 代わりに前方から対艦ミサイルが接近中! 距離1700! 本数7! 」

「この爆発の余波の中でパワーサインセットは不可能だ。だがまだ距離があるから、これからでも入力は出来る。メイン・エンジン始動! 右舷全速! 取舵40°! 15秒走ってエンジン停止! 」

「了解! 」

『ディファイアント』

「岩塊を廻り込んで反転完了! 」

「敵艦がエンジン始動! 」

「コースと速度を録れ! 放出ミサイル全弾起爆! 両舷全速発進! パワーサインに対してインターセプト・コース! 主砲臨界パワー120%! 発射出力100%! ハイパー・ヴァリアント、炸裂徹甲弾で発射用意! 」

『サライニクス・テスタロッツァ』

「敵のミサイルが全弾自爆しました! センサー・レンジが撹乱されます! 」

「エンジン全開! 両舷全速発進! 左舷全速! 面舵40°! 方位202マーク12に観える岩塊の右側に入れ! 」

「了解! 」

「分が悪いな…一旦離脱して仕切り直す! 」

「シールドは? 」

 ローズ・クラーク副長が訊く。

「直撃を喰らわない限りは張らん! パワーサインとシールドサインが合わされば、容易に狙撃される! 」

『ディファイアント』

「…エマ、レナに操縦を渡してくれ…エドナ、ここから届くのはハイパー・ヴァリアントだけだ…最大出力でパワーサインの中心を狙撃してくれ…照準とトリガーは任せる…レナ、姿勢制御とスピード・コントロールは任せる…やってくれ…」

「了解…」

「了解しました…」

「分かりました…」

「…ハイパー・ヴァリアント、臨界パワー150%! 発射出力130%! 炸裂徹甲弾3連射セット! 」

「…コース…速度…姿勢…固定…目標、艦首軸線に乗りました! 」

「…アイミング・コンセントレーション・レートをアップデート! 集約照準…セット! 3 ! 2 ! 固定! 発射!! 」

 『ディファイアント』のハイパー・ヴァリアントが3連射で炸裂徹甲弾を撃ち出したが、1発目は『サライニクス・テスタロッツァ』が盾にしようとした岩塊に当たり、2発目は右舷側に浅く当たって爆発し、3発目が後部6番主砲塔を破壊した。

『サライニクス・テスタロッツァ』

「…ウ?! やられたか!? シールドアップ・フルパワー!! 両舷全速! 最大加速で離脱する! ダメージ・リポート!? 」

「主砲6番砲塔が大破! 右舷側中部を小破! 損傷率は13%です…」

「…ハイパー・ヴァリアントだな? 」

「ええ…」

「…射程距離ギリギリだったのか? この距離で2発も当てられるとは…向こうの砲術長…物凄い腕だな…サリー、そう言えばデータリンクはどうだった? 」

「…ほんの3秒…でしたが、繋がりました…ダウンロードも、できています…!…しかし! これは!? 」

「どうした?! サリー・ランド参謀?! 」

「…艦名、『ディファイアント』…艦長、『アドル・エルク』…ハイラム艦長…彼も『選ばれた艦長』です…」

「…何? それじゃ向こうも乗員は、女性芸能人か? 」

「はい…医療部と厨房を除けば、ほぼそうでしょう…」

「しかし…これ程の広さで、これ程に早く出逢うとはな…」

『ディファイアント』

「3連射しましたが、当たったのは2発でした…艦尾上甲板と右舷に命中したようです…」

 と、カリーナ・ソリンスキー。

「その後、シールドアップして全速で離脱しました…エンジンにはダメージを与えられなかったようです…申し訳ありません…」

 と、エドナ・ラティス。

「いや、あの距離で2発もよく当ててくれた…本当によくやってくれたね、エドナ…大した腕だ…驚嘆するよ…」

「ありがとうございます…」

「でも、取り逃してしまいました…申し訳ありません…あの艦のパイロットも腕が好いですね…私程じゃありませんが…」

「いや、あの艦を相手にしてダメージを負わなかったと言うだけでも、奇跡的な事だよ…それどころか損傷まで与えたんだからな…エマも本当によくやってくれた…ありがとう…」

「…ありがとうございます…」

「…そう言えば、副長…データリンクは繋がったのかな? 」

 そう私が訊くとシエナ・ミュラー副長は、自分のPADをメイン・コンピューターとリンクさせて、通信履歴をスクロールする…。

「…ああ、3秒間だけでしたがリンクしていました…ダウンロードも終わっています…それで…え? これは…まさか? 」

「どうしたのかな? シエナ副長? 」

「…アドル艦長…信じられませんが、あの艦を率いているのも、選ばれた艦長です…艦名は『サライニクス・テスタロッツァ』…艦長は『ハイラム・サングスター』…」

「…ハイラム…サングスター…って、あの? 」

「…はい…本人です…」

 そう言うシエナから、PADを受け取って観る…見紛う迄も無く本人だ…不思議な感慨を覚えた。

「…これ程に広いゲームフィールドの中で、これ程に早く他の選ばれた艦長に遭遇した…これは確実に、運営推進本部と配信番組制作会社によって仕組まれている…ならばその上でこちらを印象付ける為に…これも充分、アリだろう…」

 と、PADをシエナに返しながらそう言った。

「コンピューター、艦内オール・コネクト・コミュニケーション! 」

【コネクト】

「更にコミュニケーション・アレイを起動。アドル・エルクより発信で、ハイラム・サングスター艦長宛、軽巡宙艦『サライニクス・テスタロッツァ』に対して、通信回線の接続要請を平文で発信…」

【発信中】

『ツイン・コネクト・コミュニケーション』

【ハイラム・サングスター艦長、軽巡宙艦『ディファイアント』の『アドル・エルク艦長』より貴方宛に、通信回線の接続要請を受信中】

「コンピューター! 艦内オール・コネクト・コミュニケーション! 」

【コネクト】

「通信回線の接続要請を受諾」

【通信回線接続解放】

「…こちらは、『ディファイアント』艦長、アドル・エルクです。先ず、不躾な通信回線接続の要請にお応え頂き、感謝致します。そして、初めましてのご挨拶をハイラム・サングスター中佐に申し上げます。選ばれた艦長に出逢えたのですから、ここはご挨拶申し上げるべきと考えました。私は国際商事会社の一営業社員ですが、国民的英雄であるハイラム・サングスター中佐にお逢い出来て光栄です。今回の遭遇戦では私に分があったようですが、次回は熾烈な戦いになるであろうと心しております。健闘に期待させて頂きますのと同時に、再戦の日までご壮健であられますように。長いゲーム大会になると思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。どうぞ…」

「…アドル・エルク艦長…こちらは『サライニクス・テスタロッツァ』艦長、ハイラム・サングスターです。ご丁寧なご挨拶には痛み入ります。私からも初めましてのご挨拶を申し上げます。これ程に早く選ばれた艦長に出逢えたと言う事には、私も少なからず驚きましたがこれも運営推進本部と配信番組制作会社が仕組んだものと考えれば、腑に落ちると言うものです…話は変わりますがアドル・エルク艦長、私は現在休職中の身でもありますしここは階級名が必要な場所でもありませんので、中佐の呼称は必要ありません。艦長と呼称して頂ければそれで結構です。それではアドル・エルク艦長、これから宜しくお願い致します。再戦の日まで『ディファイアント』の健闘に期待します。そして貴方も健康であられますように。ハイラム・サングスターよりオーヴァー…」

「…了解致しました。ハイラム・サングスター艦長。ご丁寧にありがとうございました。改めまして、これから宜しくお願い致します。再戦の日まで、お元気にお過ごし下さい。『サライニクス・テスタロッツァ』の健闘に期待します。アドル・エルクより、以上…」

 回線の接続は解除された。

『サライニクス・テスタロッツァ』

 大きく息を吐いて、キャプテン・シートに座り直す。一服点けたい。

「艦長? 」

「…彼は好漢だな…サリー・ランド参謀、悪いがコーヒーを濃い目で頼む…エディス・マッコード保安部長、損傷箇所は閉鎖して自動修理・修復機能に委ねてくれ…もう後半日も無い…このまま凌いで帰港しよう…」

「了解しました、ハイラム艦長」

「…マージョリー、追撃の気配は無いな? 」

「ありません。現在相対距離、第5戦闘距離の22倍から更に開きます」

「セレーナ・サイラス機関部長、エンジンシステムのダブルチェックを頼む…大丈夫だとは思うが…」

「了解しました」

「ローズ副長、マーラ・ウッドリーカウンセラー…アドル・エルク艦長をどう観る? どう思う? 初戦は見事に完敗だったがな? 」

 問い掛けながら、サリー・ランド参謀からコーヒーを受け取った。

「…それ程でもないでしょう。艦長は彼を好漢と評されましたが、私もそう思います。ですが彼は抜け目の無い、油断のならない強者でもあります。今回彼の『ディファイアント』とこの早い段階で交戦できた事は、幸運であり僥倖でもありました。彼は複数の攻勢アプローチを絡めて同時に仕掛けられる人ですね。言い換えれば、彼程の強者はそれ程には居ないと思います。だから今回の経験は、今後の私達を更に強くするでしょう。次に『ディファイアント』と出逢ったら、確実に今日のお返しが出来るでしょう…」

「…そうだな…私もそう思うよ。ありがとう、マーラ…」

「…どう致しまして。ハイラム艦長なら、次回はきっと勝てますよ…」

「ありがとう、マーラ…ローズはどう思った? 」

「…うーん…アドル…エルク艦長…不思議と聴き憶えがあるような気がするんですが、思い出せません…まあ、いずれ思い出すでしょう…私の印象もマーラと同様で、アドル艦長は本当に好漢…好い人だと思います。ですが戦う相手としては非常にやり難く、恐ろしい敵手になります。今回交戦出来た事は、非常に好い経験になりました。この次に逢えたなら、必ずお返ししましょう(笑)」

「…そうだな、ローズ…次は必ずお返ししよう。悪いが私はちょっと自室で一服して来るから、暫くブリッジを頼む…皆本当に好くやってくれた…ありがとう…」

 コーヒーを飲み干してからそう言うと、ハイラム・サングスター艦長はシートから立ち上がった。

『ディファイアント』

 立ち上がってドリンク・ディスペンサーの元に行こうとしたら、ハル・ハートリーに左肩を右手で押さえられた。

「コーヒーですね? 私がご用意しますから、座っていて下さい。お疲れ様でした…」

「…ああ、悪いね…じゃあ、濃い目で頼む…」

 そう伝えてシートに戻り、座り直す。

「アドル艦長、やはり推進本部と制作会社が仕組んでいるのでしょうか? 」

 ハンナ・ウェアーは少し感情的になっているようだ。

「…それ以外には考えられないだろう? 仕組んでいないのだとしたら、あり得ないよ。偶然など無いからね…」

「…そうですね。しかしそれにしても、あのハイラム・サングスター中佐が応募されていたとは…! 」

 シエナ・ミュラー副長も意外さを隠せない。

「…うん。それがちょっと、彼のキャラクターから観てもそぐわない…もしかしたら、彼自身が応募したのではないのかも知れないな…が、まあ…例えそうであっても、こちらとはあまり関係無いがね。ああ、ありがとう…」

 そう応えて、ハルからコーヒーを受け取る。

「それで、サングスター中佐の印象は如何でしたか? 」

 ハル・ハートリーも興味深いようだ。

「…流石に3つのパイレーツ・シンジケートを徹底的に摘発して、壊滅にまで追い込んだ警備護衛艦隊副司令にして、国民的な英雄。現役の中佐にして、現職の巡洋駆逐艦艦長。声だけの対話だったけど、威厳? 迫力は充分に伝わったよ…映像回線まで繋がなくて良かった。完全に見劣りするからね。次に逢ったら、タダじゃ済まないな…でも一度は外でも逢ってみたいね。呑みながら話せば、好い友達になれるかも知れない…休職されているのか…それだけでも、このゲーム大会に賭ける気持ちが、ひとかどならないものだと言う事が分かる…選ばれた他の19人の中では、最も手強い人になるだろうな…」

「でも、負けませんよね?! 」

 エマ・ラトナー、エドナ・ラティス、レナ・ライス、ハンナ・ウェアー、エレーナ・キーンが私の顔を強く観る。

「そりゃ、負けるつもりは微塵も無いよ。例え相手が誰であろうとね。彼だって普通のメンタリティを持つ人間だ。揺さぶれば、突け込める隙は幾らでも生じるだろうし、最高のスタッフである君達もいる。絶対に負けないよ…」

 皆安堵したようで、それぞれ自分の席に着く。私はコーヒーを飲み干して、カップとソーサーを副長席のアーム・レストに置くと、立ち上がった。

「…シエナ、悪いけどこれを頼む…ちょっと自室で一服点けて来るから、戻るまでブリッジを頼むよ…それとデータリンクが繋がったおかげで、向こうのサブスタッフの名前まで判った…今週の金曜日までに彼女達のデータをダウンロードして検討しよう…向こうも同じ事をするだろうからね? それじゃ、戻るまで頼むよ? 」

 そう言い置いて、私はブリッジから退室した。
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